28話 花火大会③

時間になってもビニールシートの元へ戻ってこなかった彰と八重樫。


彼らに一体何があったのか。


・・・

・・・


花火が打ち上がる19:00に近づいたころ、二人はビニールシートで場所取りしたスペースへ戻ろうとしていた。


「焼きそばも、わたがしも、久しぶりに食べたけどおいしかったわね!」

「はい!僕も学生時代ぶりに食べましたけど、屋台のものはやっぱいいっすね!」

「金魚ほんとにもらっていいの?」

「はい。僕は飼えないんで(笑)。」

「やった!」


仲睦まじい様子で歩いていた彰と八重樫。

河川敷に着いた時に比べるとあたりは人で埋め尽くされていき、河川敷が窮屈になっていく。


すると、八重樫は彰の手を急に握った。

彰は咄嗟のことになにが起こったのか理解が追いついていなかった。

隣を見ると、恥ずかしそうにこちらを見つめる八重樫がいた。

そして、八重樫はぼそっと、彰にささやいた。


「こうしてないと、はぐれちゃいそうだから... だめ...?」

「ぼ、僕はいいんですけど...」

「ならこうしてて。」

「は、はい。」


今回ばかりは急だったので、八重樫よりも彰の方が明らかにテンパっていた。

二人は手を繋いだままシートのある場所へと戻っていく。


その道中だった。

人混みで、八重樫が後ろから押されて転んでしまった。

八重樫はその場に倒れ込んでしまう。


「いてて~...」


彼女の手を握っていた彰がすかさず振り返った。


「す、すいません。僕が早く歩きすぎたせいで... 大丈夫ですか...?」

「大丈夫だわ... 少し後ろとぶつかってこけただけだわ。」


彼女はそう言ってすぐに立ち上がろうとするも、こけたときに捻挫をしてしまい、とても一人で立ち上がれる状況ではなかった。


「八重樫さん、一旦人混みから外れましょう。肩貸しますんで。」

「ありがとう、山城君。」


彰は八重樫に肩を貸し、二人は一度、人混みから抜け出した。


彰は、行列のできている河川敷を右にずれたところに小さな神社があることに気づき、八重樫をそこに運んだ。

そして、八重樫を神社の階段に座らせた。


彰が八重樫の足を見ると、彼女の足首が腫れ上がっているのが一目でわかった。


「全然大丈夫じゃないっすよこれ...」

「ごめんなさい...」

「いや、八重樫さんは悪くないですよ。」

「私のこと気にしないで、あの二人のところに先に戻っててもいいわよ。」

「けが人おいてなんていけませんよ。」

「でも、二人に悪いでしょ?」

「本田ならコミュ力高いんでなんとかしてくれますから大丈夫ッすよ!」

「八重樫さん、今から軽く治療するんでちょっと足首見せてください。」

「わかったわ。」


そう言って、彰はいきなり八重樫の足首に両手を添え、小声でぼそぼそとつぶやき始める。


「我が祈り、女神の波動となりて汝の傷を癒さん...」


彰は異世界で習った回復魔法の詠唱を始めたのだ。


当然、なにが始まったのかわからない八重樫は最初は、きょとんとした表情を浮かべていた。


しかし、勘の良い八重樫は、状況を飲み込んだ。


この詠唱は、現在制作しているゲームのシナリオの中の回復魔法を繰り出すときに使われるものであると。

そして、彰が異世界に行っていたことを唯一知る八重樫は、彰がこの魔法を向こうで実際に使っていたんじゃないかと予想した。


長めの詠唱が終わったと思った瞬間、彰は大きな声で、

「ヒーリング!!」

と叫んだ。


神社には他の人もいたため、かなり冷たい視線が一斉に彰と八重樫に向けられた。


同時に、花火が打ち上がり、その視線からはすぐに解放された。


八重樫は恥ずかしさのあまり、


「あんたバカじゃないの?今絶対ヤバい人だと思われたじゃない!!」

と怒りだす。


回復魔法を使って本気で八重樫のけがを治したと思っていた彰は、八重樫がなぜ怒っているのか理解できなかったが、すぐに状況を飲み込んだ。


またやってしまった。

そう、ここは異世界ではない。

魔法を詠唱してもけがも治らなければ、周囲からは変人扱いされるだけなのだ。


ここまで来たら開き直るしかない、と思った彰は八重樫に対し、


「これこそ、最新版のいたいのいたいのとんでけ~です。けがが治るおまじないです!」

と、胸を張って言ってみたが、頭をど突かれた。


「まさかあんたこの前のライトニング・セイバーと一緒で、本気で回復魔法使おうとしてたの?」

「え~っと...違いますね。」

「絶対にそうじゃない(笑)」


八重樫は彰が本気で回復魔法を使おうとしたことを盛大に笑った。


「とりあえず、花火はここで見ましょうか?」

「そうね、二人には申し訳ないけどここで見ることにしましょ。」


こうして、二人はビニールシートに戻ることなく、近くの神社で打ち上げられる花火を見た。


・・・

・・・

・・・




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