第8話

「ふぁぁ……」


 それは朝の事だった。俺は香音を起こし、食卓で食事を取る事になる。登校する際は、色々と噂にならないように、別々に登校するが。


 香音も幾ばくかの成長を見せ、多少、起床までの時間を短縮する事ができた。だからこうして、朝、優雅——とまでは言えないが、一応は朝食を取れるくらいの時間は捻出できるようになった。


「どうしたの? ……こーちゃん。眠そうだけど。あまり眠れてないの?」

「ああ……色々な。心臓に悪い事が多くて。精神的に良くないみたいだ」


 幼馴染とはいえ、こうして可憐な美少女と一つ屋根の下で生活していると……色々と心身の負担になってくる。


全く……誰のせいだと思っているんだよ。俺は深く溜息を吐いた。


しかし、昨日のお隣さん。挨拶に来てくれたお隣さん、なんか気がかりなんだよな。確かに可愛かった。香音に負けず劣らずの美少女だ。


だが、引っかかるのはその部分ではない。もっと別の部分だ。もしかしたら俺はまた、何か重要な事を忘れているのかもしれない。


「やばっ! 時間だっ!」


物想いに耽っている時間はなかった。朝の時間は貴重なものだった。ただでさえ、香音の世話をする事で、時間は減っていくのだ。瞬く間に登校しなければならない時間になってきた。このまま行けば遅刻だ。悠長に構えている時間などないのだ。


俺と香音は登校する事になる。勿論、俺が香音の世話係をしている事を周囲に気づかれてはならない。時間をずらして、別々に登校する事になる。


だが、ここで一つ、大きな問題が起こる事になる。その問題とは、昨日、顔を合わせたあの少女の事だった。隣に引っ越してきたという、快活な印象を受けるショートヘアーの少女。


あの少女と学校で再び顔を合わせる事になるのだ。その時の俺はこんな事になるなんて、思ってもみなかったのだ。


まさか、あの女の子がうちの学園の転校生だったなんて。その時の俺は思ってもみなかったのだ。



「はぁ……はぁ……はぁ」


 色々とあって、時間ギリギリになってしまう。香音の世話係を買って出てからというもの、いつもこうだ。時間にも精神にもあまり余裕がない。


「内田……どうしたんだ? 最近、随分と慌ただしいじゃないか。いつもはもっと登校に余裕があったのに。最近は余裕がない。何かあったんじゃないか?」


 寺山が聞いてくる。まずい。口の軽い寺山に香音の世話係をしている事を悟られると、何かと面倒だ。きっと学校内でよくない噂が立つ事になるだろう。


 この年齢の男女なんて色恋沙汰に結び付けられるに決まっている。きっと学校内一不釣り合いなカップルだとか、なんだとか言われて、囃し立てられるに違いない。


「何でもないよ……最近、夜よく眠れなくて、それで朝起きれなくなってるだけさ」


「本当か?」


「本当だよ……」


 嘘は必要だ。世の中真実だけでは成り立たない。優しい嘘。必要な嘘というものがある。相手に好意を持っているからこそ吐く嘘だってあるはずだ。嘘の全てが悪いわけではないと俺は思う。


「それより、知っているか?」


「何がだ?」


「隣のクラスに転校生が来たんだってよ……それが凄い美少女でさ」


「へー……美少女で転校生ね」


「あれは俺のチェックリストでも要チェックの人物だな」


「名前はなんて言うんだ?」


「御坂三咲って言うらしいぜ」


「へー……そうなんだ」


 転校生か。俺の頭の中で、一致が取れた。そうか、あの時俺にぶつかってきたのは転校生の女の子だったのか。そして、香音の家の隣に引っ越してきたのも彼女だ。見覚えがあると思ったのはそうか。朝ぶつかったからか……。


 だけど本当にそれだけか? 何か、重要な事を俺は忘れているんじゃないか。そんな気がしていた。


 考え事をしているうちに時間は過ぎ、昼休みになる。


「やばっ……自分の飯の事を忘れた」


 香音の事にかかりっきりだった為、俺は自分の食事の事を完全に失念していた。母から貰った弁当は仕方なしに香音に献上していたのだ。


「自分の飯? なんだよそれ……家族の飯でも作ってるのか?」


「い、いやっ! そういうわけじゃないけど」


 俺は仕方なしに、購買にパンを買いに向かう。しかし、そこで俺は出会ってしまう。その話題になっていた転校生。


 御坂三咲に。


 


 

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