第7話
その日の夜の事だった。
俺は朝と同じ時のように、香音の家を訪れていた。これじゃ通い妻じゃなくて、通い夫のようなものだ。そんな言葉があるのかは知らないが。
今の時代、男の方が家事や料理をする場合もあるし、イクメンなんて言葉も生まれるようになった。だからありうる話なのかもしれない。
そして夕食の時の事だった。
「香音……お前、料理とかできるのか?」
「できるわけないじゃない。誰に対して物を言ってるのよ。こうちゃん」
「だよな……」
愚問とはこの事か。
「別に料理なんて作らなくていいじゃないの……今の時代、デリバリーがあるんだから」
ウーバーイーツ、なんていう言葉も今の世の中では流行っている。
家に居ながらも、それなりに手数料を上乗せさえすれば、有名店の料理を自宅にいながら楽しむ事ができるのだ。俺自身、利用した事はあまりないが、それでも一人暮らしで金に不自由していなかったら、利用したくもなるのかもしれない。
「けどいいのか? 料理しなくて」
「しなくてもいいよ……料理なんて面倒じゃないの。一生する気がないわ」
香音は断言する。
「だよな……」
そう言うと思ったよ。はぁ。
「……そういえば、朝ぶつかった子」
「こーちゃんが熱心にパンツを覗き込んでた子の事?」
「違う! 違わないけど!」
「あの子がどうしたの?」
「なんか、記憶にひっかかりを覚えるんだよな」
「ひっかかり? どんな?」
「何かを忘れている気がするんだ……」
昔の記憶を思い出していた。
――と、その時だった。
ピンポーン。
インターホンが鳴らされる。
「最近のデリバリーは来るのが早いのね」
香音は感心していた。
「そんなわけあるか。まだ注文してすらいないんだぞ」
いくら最近のデリバリーが優れていたとしても、俺達の思考を読み取って注文を届けてくれるような真似はできないはずだ。
「お客さんだ……」
ピンポーン! ピンポーン! ピンポーン!
連続で鳴らされる。うるさいな。何かのセールスか。しっかりと断ってやらないと。香音は常識がないわけだから、変なものを高額で売りつけられてしまいそうだ。
「うるさいなっ! もうっ! セールスならお断りだよ!」
ここは俺がガツンと言ってやらないとならないだろう。世話係をしている俺の出番だった。
「んっ!?」
「あのー……」
しかし、目の前にいたのは怪しいセールスマンではなかったのだ。ショートカットで活発そうな可憐な美少女であった。玄関先に突如として現れた謎の美少女。怪しい。怪しさ満点だ。
これはあれだ……。あれに違いない。
「新興宗教のお誘いですか? ……悪いですが、そういうのはお断りしています」
「ち、違う。違うって。私そういう、宗教の勧誘をしに来たんじゃない」
謎の美少女は頭を振る。
「そうですか……だったら、何をしに家に」
「私達、最近、この家の隣に引っ越してきて、それでご挨拶に」
「挨拶……」
「そうそう……それでこれ。つまらないものですが」
そう言って、彼女は俺に小包を渡してくる。恐らくはあれだろう。この重さからしてお菓子か何かだろう。
「これはどうも……わざわざご丁寧に」
「いえいえ……それじゃあ、もう夜なんで私はこれで失礼します」
そう言って、彼女はその場を去っていった。セールスマンかと思ったら、ただのお隣さんだったというわけだ。
「どうかしたの? ……こーちゃん」
「いや、何でもない。ただのお隣さんのご挨拶だ」
「ふーん……隣の空き家に誰か引っ越してきたんだ」
その時はまだ、俺は彼女の事を気にも留めていなかった。
――だが。俺はこの時、まだ知らなかった。彼女が何者なのかを。その時はまだ。
俺と彼女はずっと前、小さい頃に会っていたという事に。
その時の俺はまだ気づいていなかったのである。
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