第5話
ガラガラガラ。
俺はクローゼットを開けた。そこには制服が何着か掛けられている。俺達が通っている蓬莱学園の女子制服である。
俺は躊躇いつつ、その女子制服をハンガーごと、一着取り出した。
「これでいいのか?」
俺は視線を反らしながら聞いた。とはいえ、どうするんだ、これから。制服を着せてやるのか。『ハイ、バンザーイ』とでも言いつつ、子供を着替えさせるようにして、着替えさせるのか。
どんなに生活能力が低くても、例え精神年齢が幼かったとしても今の香音の体は間違いなく、成人女性のものと寸分違わない。
とにかく、まずは服を脱がせなければ脱がせなければならない。
躊躇いつつも俺はパジャマのボタンを脱がせようとする。脱がせなければ制服に着替えさせる事ができない為だ。
「あ、安心してくれ。出来るだけ見ないようにするから」
俺は視線を反らしつつもパジャマのボタンに指をかける。その時、視線を反らしていた為だった。柔らかい感触が自分の手に走った。俺の腕が香音の胸に触れてしまったようだ。
「わ、悪い。わざとじゃないんだ……わざとじゃ」
想像していたよりも柔らかい、胸の感触に、俺は驚きを隠せなかった。何なんだ、この柔らかさは、ブラジャー越しの胸って、こんなに柔らかかったっけ。
――い、いや。こっ、これはまさか。嫌な予感がした。
「待って……」
「まさか、香音……お前」
「そう……そのまさかよ」
香音は告げる。衝撃ではあるが、予想通りの事実に。そうだ。世の中には寝る時にブラジャーを身に着けない女子がいる、らしい。それなりの割合で。どれだけの割合かはわからないか。
「私、寝る時はブラジャーを付けないのよ」
やっぱりか……あの柔らかい感触はノーブラの感触だったのか。道理で柔らかいと思った。
「それどころか私、寝る時は下も身に着けないの」
なんでだ。なんで下も身に着けないんだ。ノーパン健康法ってやつか。そんな健康法があった気がする。その健康効果の程は俺の知識外ではあるが。
「そういうわけで、下着も用意してちょうだい」
「下着……どこにあるんだ?」
「そんなもの私が知るわけないじゃない」
自信満々に断言される。なぜだ……なぜ、そんな事も知らない奴に、そんな馬鹿にされたような口調で断言されなければならない。俺が悪いのか?
「ちゃんと可愛い下着にしてね。私、今日は青色の気分なの」
細かい注文までされる。俺はクローゼットを漁る。
幼馴染とはいえ、女子の部屋で衣服を物色していると変態的な気分になるな……。ましてや下着を探していると、余計に変態的で犯罪的な気分になる。
俺はクローゼットの中にあるタンスの引き出しを漁った。
あった。ここに下着があるんだ。そして俺は下着を手にとっては、色や柄を確認する。パンツやブラジャーの物色をする。
その行為は実に変態的で犯罪的であった。自分がまるで、下着泥棒になっているかのような、背徳的な気分になる。
俺は下着を手に取り、変態的な気分を味わいつつも、何とか、香音のリクエスト通りの青色の下着を探し当てる。
「ほら……探してきたぞ、香音。はぁ……はぁ……はぁ」
「私の下着を手に持って、息を切らしていると無性に変態っぽい。というか、ただの変態みたいね」
「お前がやらせたんだろうが!」
俺は叫んだ。命令を忠実にこなしているだけだ。それなのに、変態扱いをされるなんて、あまりに理不尽ではないか。なんて俺は可哀想な奴なんだ。
「まあいいわ……」
香音は話を続ける。ある程度予想の出来ていた事ではあるが、香音はとんでもない事を要求し始める。
「それじゃあ、着替えさせて」
下着を着替えさせる。というよりは正確に言うのなら、下着を履かせる、という行為にはなるだろう。
下着を履かせる行為など、どう足掻いたところで、ついつい、裸が目に入ってしまう事だろう。
香音の体はもはや立派に大人の体になっていた。もう昔のように、平たい胸板ではないんだ。
「いやいや、それはまずいだろ……」
「何が? お母さんはいつも履かせてくれるよ。これからは、こうちゃんが私の代わりをしてくれるんでしょう?」
「それは――そうだが。まずいだろ……それは流石に色々と」
そもそもの話。現状が既にまずい状況なのであるが、それでも流石に超えてはならないラインというものがある。香音の下着を履かせるという行為は明らかにそのラインを超えてしまっているように感じた。
「いや、それは流石にまずいだろ……何とか自分で履いてくれ」
「えー……めんどくさいー。うー……」
渋々、といった様子で香音は下着を着替え始める。俺は後ろを向いた。
しゅるしゅると、布が擦れるような音が背後から聞こえてきた。
「……なんで後ろ向いているの?」
「決まってるだろ! 見れるわけないだろ……俺達はもう高校生なんだよ。立派な大人になった年齢なんだ」
社会的な立場や、精神的な年齢などはともかく。高校生ともなれば発育し、大人の体と大して変わりはなくなっている。
「ふーん……そんな事気にしてるの。私達、幼馴染なのに」
幼馴染という言葉だけで何でも正当化されてたまるか。というか、親兄弟にすら普通、年齢がある程度行ったら、素肌を晒すのを躊躇うのが普通じゃないか。
まあ、色々とズレているんだろう。香音は。俺達、凡人では到達できないような高見にいる天才だ。天才にはその分、俺達の持っている常識なんてものは通用しないんだろう。
「こうちゃん……」
「なんだ?」
「ブラのホックが止められないから止めてよ」
俺は男なのでよくわからないが、女性用のブラジャーを止めるのはそこそこ大変らしい。とはいえ、慣れていたら簡単なんだろうが。香音はこれが始めたの行いのようなのだ。俺は時計を見る。やばい。時間がどんどんと迫ってきた。こうしているうちにも時間は過ぎていくのだ。
このままでは遅刻してしまう。
俺は振り返る。
「うっ……」
そこには下着も満足に身につけられていない、あられもない姿の香音がいた。
「どうしたの? こうちゃん」
「なんでもない……」
色々と言いたい事はあった。恥ずかしくないのか、とか、そういう事を。
だけどそんな事を言った所で無駄だ。そもそも恥ずかしいと感じているなら幼馴染とはいえ、異性である俺にわざわざ着替えを手伝わせたりしないだろう。慌てふためくだけ、時間の無駄だ。朝の貴重な時間はこうしている間にも流れていくのだ。
俺は香音の着替えを手伝った。制服を着せる。終わった。とりあえずはこれで、俺の精神の平静は保たれたというわけだ。
はぁ……。俺は安堵の溜息を吐く。これでやっと俺の穏やかな日常が戻ってくる。
ぐぅ……。腹の音が聞こえた。俺の腹の音ではない。香音のものだ。
「こうちゃん、お腹減った」
「我慢しろ……時間がない」
「我慢できない……」
色々とごたごたでもう、時間がなくなったのだ。とても悠長に朝食を取っているような時間はない。
仕方がない。俺はあんぱんを手渡す。こういった時間がない時の為、携帯食料を持ってきたのだ。準備に余念はなかった。ごたごたで時間がなくなるのは想定済みでもあった。
「これ食べていくぞ」
「えー……これだけ」
「贅沢言うな。何も食べれないよりはいいだろ」
「けど、パン食べて登校するとかなんか漫画みたいで」
漫画でよくあるシーンだった。食パンを食べつつ、転校生とぶつかるシーン。よくある展開だ。だけどそんな事早々起こるはずもない。俺達には無関係な事だ。
「時間がないんだ。急ぐぞ。このままじゃ遅刻だ」
「うん」
こうして俺達は学校へ向かって走っていくのであった。
しかし、この時、俺は思わぬ再会を果たす事になるとはこの時思ってもいなかったのである。
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