第3話

 校舎裏の事だった。真田先輩はその場所に待ち構えていた。真田先輩はこの場所に香音を呼びつけているようだ。


流石に、運動部に所属しているだけあって、引き締まった体付きなどない。

ネックレスを身に着け、その上に香水をつけているのか、風に乗って良い香りが漂ってきた。

若干チャラそうではあるが、見方を変えればおしゃれでもあるし。


陽気そうでもある。顔立ちも整っているし、これで学業成績まで優秀だったとするならば、女子に人気なのも納得がいった。


欠点要素が殆どなく、加点要素しかないのだ。流石は学園内でも完璧な美少女として持て囃されている香音に告白するだけの理由があった。


 それだけ自分に自信を持っているのだろう。自分であるならば芳月香音に釣り合うという自負があるのだ。


 俺達は物陰からその様子を除いていた。


(覗き見なんて趣味が悪いんじゃないか?)


 俺は隣にいる寺山に小声で囁く。


(そういうお前だって……やっていることは同じじゃないか。気になるんだろ?)


 言い返される。まあな……気にするなっていうのも無理な話だった。


俺と香音は幼馴染として一緒にいた時間が長かったんだ。その結果がどのようになれ、仮に香音が受け入れたとしても祝福する以外の選択肢は俺の中にはないんだが。それでも気にならないわけがなかった。


だけど、正式に男と付き合うとなると、そいつの手前、俺が香音の世話係なんて受け持つわけにもいかないから、詩音さんの依頼はキャンセルする以外にならなくなるだろう。


(来たぞ……芳月さんだ)


 俺達は押し黙る。気づかれないように。現れたのは美しくも可憐な少女だった。完璧な美少女だと学園で噂されているだけの理由がある。


雪のように白い肌に凹凸のある体つき。モデルも顔負けだ。実際に、街でモデルの勧誘を受けた事すらある。


その上に学業成績も優秀な上に、美術部としての画才にも長けている。表面上のスペックからすれば、完璧と呼ぶ事に対して、何の抵抗もなかった。


二年生の男子で一番人気なのが真田先輩だとするならば、香音は一年生の女子で一番人気だ。いや、それどころか学園でも一番と言っても過言ではないかもしれない。


「……何の用ですか? 真田先輩」


「芳月君……君の事は噂でよく耳にしていたよ。廊下ですれ違う事は何度もあったけど、こうやってじっくり話すのは初めてだね」


「はぁ……それで一体、お話とは何なんでしょうか?」


 香音は首を傾げる。


「芳月さん……君に聞きたい事がある。噂だと特別相手はいないと聞いていたが……君に特別な異性はいるか?」


「特別な異性?」


「付き合っている男……恋人はいないのか、と聞いているんだよ」


「いませんが……それで、そんな事を真田先輩は聞きたくて私をこんなところに呼び出したんですか?」


「勿論、本題はそこじゃない。確認だよ。勿論、もし君に付き合っている男がいたとしても僕には関係なかったけどね」


「なにを……言ってるんですか?」


 真田先輩はジリジリと香音に歩み寄る。ドン。後ろに壁があった為、香音はぶつかってしまう。


「芳月君……僕と付き合ってはくれないか?」

「付き合うって、どうしてですか?」

「ただ、君の美しさに惚れたとか、そういうわけではないんだ。物事にはつり合いというものがある。天秤のつり合いだよ。ただの一時的な衝動で君に言い寄っているわけではないんだよ……。僕と君は釣り合っているとは思わないかい? 少なくとも、周りの人達はそう思っているよ。僕と君が付き合えば、間違いなく学園内のベストカップルとして皆から祝福される事だろう」


 ドン! 真田先輩は香音に対して『壁ドン』した。


(見て見ろ! あれが伝説の『壁ドン』だ!)


 寺山が騒ぎ出す。やめろよ……バレたらどうするんだよ。人の恋路を覗き見するのなんて趣味が悪い行い。


(なんだよ……それ)

(少女漫画の世界から抜け出てきたよな、イケメンにしか許されない、恋の超高等テクニックだ。流石は真田先輩だ。『壁ドン』をリアルで使うなんて、余程自分に酔ってないとできない芸当)


「芳月さん、君は噂通りの完璧に美しい女性だ。美しいだけではない。君が文武両方の才に恵まれている事もわかっている。君のような完璧な女性に釣り合うのは、やはり、僕のような完璧な男だと思わないかい? はっきり言おう。芳月さん、君に釣り合う男は僕しかない。特定の相手がいないのなら、いや、いたとしても、こう提案しただろう。試しに僕と付き合ってみないか?」


「…………」


「勿論、僕の事が気に入らなければすぐにでも関係は解消していい。試しに付き合ってみて、それで他に気になる男ができたのなら、そっちに行けばいい。当然のように僕もそうならないように、全力を尽くすつもりさ。さあ、芳月君」


 煌びやかな笑顔を浮かべ、真田先輩は香音に対して手を差し伸べた。


「僕の手を取るんだ。断言しよう。完璧な君に釣り合うのは完璧な僕しかいない……。僕と付き合う事を決して、後悔されるつもりはないよ」


 ――しかしだ。香音は真田先輩の手を取らなかった。答えずに先輩から離れる。そして、歩いていった。


「待て! 待つんだ! 芳月君!」


 真田先輩は香音を呼び止めた。


「どうしたんだ! どうして僕の手を取らない! 君に釣り合うのは僕しかいないはずなのに!」


「真田先輩……あなたは私の事を勘違いしています」


「勘違い!? 何を勘違いしているんだ! 完璧な君に釣り合うのは僕しかいないはずなのに!」


「……私は、あなたが思っているような完璧な人間なんかじゃありません」


 香音はそう告げ、その場を去った。真田先輩はその場に取り残されていた。物陰で覗いていた俺達も取り残される。


「……行くか」


 寺山はそう告げる。


「人の恋路を覗き見なんて趣味が悪いしな」


「……いや、全てを見終わった後に言っても意味ないだろう」


 俺達はその場を去った。


 内心、俺は安心していた。香音が真田先輩の告白を受けたらどうしようかとも思った。別に俺があいつに恋情を抱いているわけじゃない。ただ、今までのような幼馴染としての関係が崩れてしまうのが怖かったんだ。


 そして、その日のうちに香音の母である詩音さんは海外へと出かける事になる。


こうして、翌日の朝。俺の運命が大きく変わる日がやってくる。


 その日から俺は香音の世話係をする事になる。

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