――養成所に入所してから約一年経った二〇一四年一月の或る日、千生いつきは、事務所から契約の更新を拒まれた。中学生の身にして、馘首されたのである。

 原因に全く心当たりがないというものでもなかった。人見知りで笑顔もぎこちなく、当意即妙に気の利いたことも言えない点は、レッスンでもオーディションでも、幾度も指摘されていた。また、眼力めぢからの強さが、逆に千生の枷となってしまったのは皮肉なことだった。自信なく微笑むと逆に口元が妙な具合に結ばれて、何を考えているのか分からないような表情になりがちだった。むろん千生の意図したものではなかったが、どうも周囲を威圧し、無用に警戒させてしまうのであった。

 自分は芸能界に向いていない、と千生が思うことは毎日だった。克服しようと努力は続けていたが、なんと言ってもまだ、中学生である。自分を客観視する能力は人並み以上にあったが、どこをどうすればよいかという具体的な方法までは、なかなか辿り着かず、分かったとしても実践することはまた別であった。試行錯誤が続き、早々に結果が出る訳ではない。そして、事務所は待ってはくれなかったのだろう。或は、親切にも嵩むレッスン料の心配をしてくれたのかもしれない。

 その日のうちに両親に報告は出来ず、翌日は普通に登校した。

 地面が一面霜で覆われる、寒い日であった。

 「おはよう」といつものように挨拶して教室に入ると、その日は漂う空気が違っていた。千生の顔を見て声を立てずに嗤う者、わざと顔を伏せている者。その理由は瞬時にして理解できた。

 結露で白くなった教室のガラス窓全面に、千生に関する悪口雑言がご丁寧に下手な似顔のイラスト入りで書かれていた。

 まるで、白い絵や文字で飾られたクリスマスのショーウィンドウのようだった。

 千生はそれらから目を背けることなく、内容を読みとった。中傷の内容は事実無根の、恐ろしく幼稚なものから、容姿に関すること、性格に関することまで様々だったが、どうやら趣旨は、千生の芸能活動が気に入らないということのようだった。どうも最初で最後の仕事となった、顔写真入りの舞台告知のポスターが目立ったらしい。千生は顔を強張らせ、黙って自席につくと、不意におかしくなって笑い始めた。

 ――そんなことしなくてもね、私は事務所から辞めろって言われたのよ。あんたたちって、ほんとに莫迦ばかみたい。

 教室のほぼ全員が参加した落書きだったが、あとで判明したところでは、やはり真に千生に遺恨を持った首謀者はほんの数名で、あとは大した考えもなく付和雷同して面白半分に落書きするか、首謀者たちの威を恐れて嫌々窓ガラスに指を付けた者が多数だった。努力する者の足を、何も知らず、己はその努力もせずに引っ張ろうとする愚者はどこにでもいるものである。

 クラス中を加害者にする落書き事件に至るまでには、思い返してみれば伏線ともいえる小事件がいくつも、ない訳ではなかった。陰口、無視、仲間外し…。千生はむろん、それらの行為を疎ましくは思っていたが、さして重大事には思っていなかった。芸能界で成功できるか否か、その目標に対して毎日、同級生の知らぬところで戦っていたのだ。同級生からの妨害など些事に過ぎなかった。そして些事だと思って相手にしなかったのが、更に怒りを増幅させたのであった。

 確かに、千生ほどチャンスにも容姿にも恵まれていない者にとっては、毎日授業が終わると誰ともつるまずに、すぐに消えてしまい、遠く都心で芸能界の仕事をしている者の存在は異端であって、疎ましいものだったし、点火された嫉妬の炎も激しく燃え上がった。芸能活動と言えば聞えはよいが、実際はレッスンとオーディションの日々だった。それが芸能活動と呼ばれるのならば、なんと不毛なものなのだろう。しかし、そんなことは一方的に僻みを持つ連中の知った話ではなかった。とにかく、千生がその点に関して些か不注意だった点は否めない。オーディションに合格し、養成所に所属するようになってから、迂闊にも、小学生時代には慎重だった周囲に合わせる努力を怠っていた面はあった。一言でいえば、「根回し」を忘れていたのだ。

 千生は元々打たれ強い性格で、その性格はこの一年間で更に強くなっていたが、契約更新拒否の翌日にほぼ全クラスからいじめをうけるというダブルパンチは、さすがに堪えた。

 もう、芸能界への夢は捨てようと、この時、千生は本気で決意した。二度と、挑戦することはあるまいと思った。高校受験を頑張って、志望校に進学して、更にいい大学に行って、自分の別の夢を叶えるのだと決めた。

 千生は少し前の或る夜、リビングで明里あさと菜摘なつみと話しているのを耳にした。

 「うちの事務所にも弁理士がいると、もっと仕事の幅が広がって、大きく出来るんだけどな」と明里は言っていた。

 「必要なの? 弁理士なんて」また共同経営者の同僚に焚きつけられたんじゃないかと、菜摘はあまり真剣に受け取らなかった。

 「少しはよそと違ったこともやらないと、生き残るのは難しいよ」

 両親の会話に出てきた「弁理士」という言葉に、菜摘と違って千生は真剣に反応した。小学校の時に買ってもらったラップトップで調べてみると、資格を取るのはなかなか難易度が高そうだったが、アイドルを諦める代償にするにはふさわしいと思った。自分がその資格を手にすれば、これまでいろいろ負担をかけてきた両親に恩返しできるのではないかと考えた。資格習得に学歴は特に必要ないが、姉と同じ大学に入って、弁理士資格を取ることが、アイドルを諦め、堅気の人間として自分が生きるためには必要なことだと心に決めた。

 ――娘の挫折は、明里にとって当然胸の痛むことではあったが、同時に、多少胸をなでおろしたのも事実である。リスクのない世界など、この世にはない。しかも現在の日本では尚更である。しかし、芸能界というものはやはり、明里に理解の及ばない業界であった。アイドルを諦めて堅気の道に進むということは、明里にとって、よりリスクの少ない世界への、千生の帰還であった。


 しかし千生の挫折は尚も終らなかった。

 養成所を退所ということになり、高校受験のために進学塾に通って、些かの遅れを取り戻し、受験体制も整えはした。そして姉の緑里みどりと同じ、私立大学の付属高校を受験したのであるが、合格することが叶わなかった。芸能活動から受験勉強に、計画以上にはうまくシフトすることが出来なかったのだろう。第二志望だった都立高校には合格したので、そこに進学することになったが、新たな決意の出鼻を挫かれたのは、千生には痛かった。

 「ねえ、菜摘、偏差値60の都立高校っていうのは、そんなに失望するようなものなのかな…」

 「千生のこと?」

 明里は頷いて、「第一志望の高校に合格できなかったショックは分るよ。緑里は合格しているから尚更だろう。…だけどね、そんなにガッカリされると、同じ偏差値60の高瀬たかせ髙に通っていた僕たちはどうなるんだと思うんだよね…」

 もう四半世紀以上前に明里や菜摘が通っていたのは、偏差値60でも、肥後県内では三番手、県の郡部では最も名門と言われた県立高校だった。二人は三年間、放課後にその高校の図書館で共に勉強し、塾にも行かず、大学受験を成功させた。生まれ育った肥後は忌嫌い、憎んでいても、母校に対しては妙なプライドを持っているのであった。

 「あのね、明里、東京は私立高と公立高の関係が地方とは違うのよ。私も感覚的にピンと来てる訳じゃないんだけど、東京生まれの千生や緑里には、そういうものなのよ」

 「親子の埋められない深い溝って奴か…」

 「何を言ってるんだか」

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