第16話
「何の話だろう?」
王子は自分が呼ばれなかったことを疑問に思ったようだ。
「まだ、練習は終わっていません。ソンシ、お前が王子のお相手をしろ」
セシルの言葉に、ソンシは黙って従った。剣を構え、真正面から斬り込む。王子は剣でそれを弾いた。キンッという高い音が響いた。同じように何度も剣と剣がぶつかり合う。見ていて面白くなかった。単調で、意外性もなく、本当の戦いで通用するとは思えない。
「やめい。ソンシ、次は横からも斬り込め」
また、単調な攻めと防御が繰りかえされた。これは剣を使う者の基本動作。王子の腕はまだ実践で通用しないだろう。
「ヤマト、わたしは少し後で行く。お前は先に行って、王と話をしていてくれ」
ヤマトはうなずくと、王の間に向かった。
王は一人で待っていた。もちろん、傍らには影のような男がひっそりと立っている。
「ヤマトよ、お前に聞きたいことがある」
ヤマトは王の前に跪き顔を上げた。
「はい」
「ソンシのことだが、あやつが闇の者というのは本当なのだな?」
「はい。ですが、まだ彼の意志がの強さが勝っていて、覚醒はしていません。彼を救ってやらなければなりなせん」
王は黙ったまま考えているようだ。ヤマトにしか分からないことばかりで、容易に理解し難い。部屋の扉が開けられ、セシルが入ってきた。
「もう話は終わってしまいましたか?」
「いや、まだだ」
セシルは王の前へ来ると、そこへ跪いた。
「そんな儀礼的なことはよい。それより、ソンシのことだが、あやつはやはり闇の者。目を離すでないぞ」
セシルはちらりとヤマトを見ると、
「わたしには信じられない。あいつを十年みてきたのだ。闇と関係があるとは思わない」
そう言った。
「セシル様、残念ながら、ソンシ殿はどこかで、闇の洗礼を受けています。王にも話したことですが……」
そのとき、乱暴に扉が開かれ、ヤマトの言葉が遮られた。そこに現れたのは、今噂していたソンシだった。
「ソンシ、無礼ではないか。ここは王の間だぞ。お前の来るところではない」
「セシル様、お待ちください。彼に近づいては危険です」
ソンシは黒い靄のようなものを身体に巻き付かせていた。それは部屋中を縦横無尽に飛び回り、ヤマト、セシルの身体にも巻き付いてきた。まるでそれは黒い蛇のようだ。ヤマトは王を振り返り、
「ご無事でしょうか?」
と尋ねた。見ると、黒い霧は王を避けている。王の後ろで、いつも影のように立っている男が、今は前に出て、両手を広げ邪悪なるものから王を守っている。彼の能力の一部が、明らかになった。それは目に見えない結界を張ること。結界は自分と王を包み込み、邪悪な黒い霧を寄せ付けない。
「ああ、わしは大丈夫だ」
ヤマトはそれを見て安心したのだろう。ソンシに向かって歩き出した。
「ヤマト、こいつはわたしがけりをつけよう」
「いけません。彼は闇に支配されているだけです。彼の魂はまだ中にあります。きっと救う手立てはあるはずです」
セシルは剣を抜き、ソンシに向けていた。ヤマトはその剣に触れ、収めるようにと言った。
「しかし、こうなってからでは遅いのではないか? 王の命を狙っておるのだ。こいつはなかなか手ごわいぞ」
「ええ、今の彼は完全に闇にコントロールされています。心に迷いも揺らぎもなく、ただ目の前の者を倒す強敵です。僕も彼を傷つけずに抑える自信はありません」
そう言って、何やら、精神集中の作業に入ったようだ。じっとして動かない。彼の身体からは白い靄のようなものが立ち昇り、それは強く光を放ち始めた。
「開眼!」
彼が一言そう言うと、彼の前方から強い光が放たれ、身体から出た光は膨らみ、それは部屋中だけでなく城全体を包んだのではないかというほどだった。
「おお」
王とセシルは感嘆の声を上げた。しかし、闇に支配されたソンシの声は違った。地の底から響くようなゴーゴーという低いしゃがれた声で、わけの分からぬことを叫んで部屋中を飛び回った。それはもう人ではない。黒い風となって暴れた。そして、最後に窓を破って外へ飛び出したのだ。ヤマトから発せられた光は彼の身体の中に戻るように消えていった。しばらく口を開く者はなかった。ようやく、王がヤマトに向かって言った。
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