第15話
目が覚めたのは朝だった。僕は寝ていたのか? 部屋を見回すとそこはヤマトの部屋だった。これは夢なのだ。ヤマトは大きなベッドで寝かされていた。剣を作るということは、体力と精神力と生命力をフルに使うのだろう。あんなに逞しい彼が、ぐったりと横たわったままでいるなんて。
「ヤマト、目は覚めたか?」
部屋に入ってきたのは王子だった。
「はい。僕は眠ってしまっていたようですね。すみませんでした」
「何を言っている。お前に休めと言ったのはわたしだ。腹が空いたであろう。今、食事を運ばせた」
「シュ・シュリ様。僕に気を遣わないで下さい。あなたはこの国を継がれるお方」
ヤマトがそう言うと、王子は少し機嫌を損ねたのか、怒ったような顔で、
「シュ・シュリ様と呼ぶのはやめろ。シュリでいい。お前も知っているだろう。『シュ』というのは主、つまり王という意味だ。わたしはお前の友なのだ。そうだろう?」
「僕がシュ・シュリ様の友? 僕は身分の低い者です。あなたのように高貴なお方の友にしていただく資格がありません」
「友になるのに資格など必要ではない。知っているか? お前の父はわたしの父、ケシュラの王の友なのだ。父はお前に話さなかったのか? ケシュラ・コウ・ハヤテが他国の密偵の手にかかって命を落としたとき、父がどれほど悲しんだか。そして、どれほど怒り、自分を責めただろう。幼かったわたしの目に、父のその姿が鮮明に焼きついた。友を想う父の心が見えたのだ」
ヤマトはそれを黙って聞いていた。部屋の外では、給仕の者が、いつ料理を運び込んだらいいかタイミングを見計らっているようだ。
「ああ、そうだった。食事を運べ。冷めてしまう」
ヤマトの前にテーブルが置かれ、料理が並べられた。
「しっかり食べるのだ。このあと、お前には剣の練習に付き合ってもらうのだから」
「剣? 僕にはできません。セシル様に手ほどきをお願いしたらいいですよ」
「もちろん、セシルとソンシも呼んである。食事が済んだら、闘技場に来い。分かったな」
王子の一方的な言い方にヤマトはただうなずくしかないようだ。静かに食事を済ませると、給仕の者は素早く片付けて部屋から出て行った。ヤマトは一人になり、何やら考えているようだ。
「本当に父が王の友だったとは……」
意外な事実を、まだ信じられずに戸惑っているのだろう。彼は立ち上がり、闘技場へと向かった。そこにはすでにセシル、ソンシ、それと王子とケシュラ王がいた。王子はセシルと剣の打ち合いをしていた。ソンシはをれを無表情で見ている。王はあの立派なイスに座らず、下におりて王子らを近くで見ていた。
「遅れて申し訳ございません」
ヤマトがそう言うと、一同がこちらを向いた。
「ヤマト、見事な剣だ。さすがハヤテの子。身体はもうよいのか?」
「はい、ご心配には及びません」
「そうか、では、さっそくシュリの相手をしてやってくれ」
王がそう言うと、セシルが自分の剣をヤマトに持たせた。
「王子のお相手を」
これは命令で断ることは出来ないと目で訴えている。
「分かりました。では、こちらからまいります」
ヤマトは王子に向かって剣を振り下ろした。王子はそれを剣で払い、ヤマトに向かって剣をつ突いた。ヤマトはそれをかわして跳躍した。それは信じられないほどのジャンプ力で、王子の頭上を飛び越えた。
「王子様。こっちですよ」
驚きのあまり、王子は後ろに立ったヤマトを振り返ることもできなかった。やっと、彼は振り向き、剣を構えた。
「本当の戦いでは負けていましたよ。常に敵に後ろを取られないようにしなければなりません。予想外な行動に目を奪われていては、そのたびに命を失います」
王が手を叩き、この手合わせは終わった。
「ヤマトよ、見事だ。シュリよ、この者はお前と運命を共にする。彼を信ずることが大切だ。お前は独りよがりで、忠告にも耳を貸さない時がある。だが、ヤマトならお前のよき友となろう」
王はヤマトが王子の友になることを公認したようだ。
「はい、父上。ヤマト、友になるということは身分を超えるということなのだ」
その言葉に王も満足げにうなずいた。
「はい、シュ・シュリ様」
王子は少し不機嫌そうにヤマトを見たが、何も言わなかった。ヤマトも相変わらず、シュ・シュリ様と呼んでいる。
「ヤマト、少し話がある。後でわしのところへ来い。セシルも一緒に」
王はそう言って闘技場をあとにした。
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