第11話

 王はその場から立ち去った。セシルも王について行った。ソンシはもう闘技場から姿を消している。ヤマトがなぜ突然そんなことを言ったのか、今は誰にも分からなかった。ヤマトを部屋まで案内するのは、さっきの者よりさらに一回り身体の大きな男だった。王は彼を警戒しているのだろう。ヤマトにあてがわられた部屋は、石の壁と床、ひんやりとした空気、まるで牢獄のようだった。部屋に入ると、ドアが閉められ、ガチャリと鍵のかかる音がした。彼は閉じ込められたのだ。しかし、ヤマトは気にする様子もなく、簡素なベッドに腰かけ、持ってきた仕事道具を取り出した。小さな窓からは、ほんのわずかな光が差し込んでいた。もうすでに、ひは西に傾いているようだ。カチャ、カチャと音がして、彼は道具の手入れでもしているらしい。

 窓から差し込む日の傾きが、時間の経つのを示している。ヤマトは無言のままじっと道具の手入れを続けていた。すると、廊下から数人の足音が聞こえてきた。ヤマトの部屋の前でその音は止まり、鍵がガチャリと外された。ドアがゆっくりと開かれ、そこに立っていたのは、あの身体の大きな男と、セシルだった。


「ヤマトよ、王から食事の招待だ。ついてこい」

 セシルはやけに固い表情だった。昼間の一件のせいだろう。黙って歩くセシルと大男の後ろを、ヤマトも黙ってついて行く。大きな扉の前まで来ると、やはりそこにも二人の男が立っていた。従者たちは互いにアイコンタクトをしているらしく、うなずきあっている。扉が開かれ、セシルは中へと入った。ヤマトもそれに続いた。中はキラキラした大きなシャンデリアがいくつもぶら下がり、部屋の真ん中には長いテーブルが一つ置かれている。その端にやっぱり立派なイスがあり、そこに王が腰かけていた。もちろんあの影のような男は無言のまま、いつものように斜め後ろに立っている。王のそばに見たことのない少年が一人席に着いていた。ここからでは遠くて顔ははっきり見えない。分かるのは輝く金色の髪だけだ。


「やあ、来たね。さあ、席に着きなさい」

 王にそう言われ、王と反対側に用意されたイスのところへ行った。ヤマトとセシルは向かい合うように席が置かれている。二人が席に着く前に、王は座ったまま、

「これがわしのせがれだ」

と言って、少年を紹介した。

「僕はヤマトと申します」

 ヤマトはその少年に深くお辞儀をした。少年は何もしゃべらなかった。

「この子は人と接するのが苦手でね。名はケシュラ・シュ・シュリ。わしの後継者だ」

「一目見て分かりました。王によく似ておられます」

「そうか」

 王は一言そう言うと、手を二度叩いた。

「儀礼的なことはそのくらいでいいだろう。今は食事を楽しもうではないか」

 部屋のサイドにあるいくつかのドアから、給仕の者がそれぞれ料理を運んできた。長いテーブルに次々と並べられるそれらの数々。たった四人の食事にしては多すぎる。


「さあ、存分に食せ」

 そう言うと、王は目の前に置かれたワインを一口飲み、料理に手をつけた。それを確認してから、王子ケシュラ・シュ・シュリも食べ始めた。私語など一切なく、ただ、黙々と食べる。それは太郎の世界の『もみの木』での食事風景と似ていた。

 そろそろ、満腹になったのか、王がまた手を叩いた。今度は三回。すると、給仕の者たちがまた現れ、テーブルに載ったすべての食事を運び去った。その人たちと入れ替わるように、四人の給仕が盆を持って入ってきた。ヤマトとセシルのところへ運ばれたものはガラスの器に盛られたジェラートだ。王と王子には何が運ばれたのかよく見えないが、フルーツが盛られているようだ。デザートが済むと、王が立ち上がり、

「味はいかがだったかな?」

 とヤマト、セシルに向かって感想を求めた。

「はい。よいお味でした」

 セシルがそう答えた。王はヤマトを見つめて、感想が述べられるのを待った。

「とてもおいしかったです。しかし、たくさん作りすぎではありませんか? 僕のいる長屋に住まう者たちは、食べ物を買うお金も十分に稼げません。彼らも国民です。王の助けが必要です」


 王は急に機嫌を損ねたように、眉を上げて、

「そのようなことを述べよとは言っておらん。不愉快だ」

 そう言って、怒って部屋を出て行った。それをじっと見つめていた王子が、ヤマトの方を見てかすかに笑った。

「ヤマト、面白いやつ。話には聞いていたが、なるほど、長い黒髪に黒曜石のように輝く黒い瞳。この国では珍しい容姿だな。しかし、王を怒らせるとは、たいした奴だ。それとも、ただの阿呆なのか?」

 王子もそれだけ言うと、部屋をあとにした。


「ヤマト、ついてまいれ」

 セシルはヤマトを外へと連れ出した。日は落ち、月明かりがセシルの厳しい表情を照らし出していた。そこにはあの大男も、陰のような男もいない。二人きりだということをセシルは確認するようにあたりを窺った。


「よく聞け。ここはお前の知っているところとはだいぶ勝手が違う。思ったことを口にすることは、ときに命の危険にもつながるのだ。王の機嫌を損ねるような発言は控えるべきだ」

「ご忠告ありがとうございます。しかし、僕はどこにいようと僕なのですから。正しいことをしているだけです」

「もちろん、お前が正しいことは、誰の目にも明らかなこと。だが、お前は自分のことをもっとよく考えるべきではないのか?」

「あなたもそんなことを言うのですね」

 暗がりの中でヤマトは遠くを見つめているようだ。

「ヤマト、昼間のことだが……」

「はい」

「なぜあのようなことを言ったのだ」

「それは、今は言うべきではないということでしょうか?」

 セシルはヤマトが何を言いたいのか分かりかねた様子でいる。

「それとも、ソンシ殿が闇の者であることにお気づきになられなかったと?」

「そのことは事実なのか?」

「ええ。間違いありません。僕を信じることができなければ、無理してそれを受け入れる必要はありませんよ。いずれ分かる時が来ます」

「お前は一体何者なんだ? なぜ、そう断言できるのだ」

「僕はただの鍛冶屋ですよ」

 ヤマトがそう言ったとき、外廊下の柱の陰で何かが動くのを見た。ヤマトとセシルはそれに気づいた様子はない。

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