第10話

 セシルはヤマトが王と対等に言葉を交わしていることが信じられないというような表情で見つめていた。そのとき、土を踏む音が聞こえてきた。先ほどの入り口とは反対の方に、同じ入り口があり、その暗がりの中を誰かが歩いて来る。そこから姿を現したのはソンシだった。

「おお、来たか。ヤマト、お前の相手はこのソンシだ」

 ヤマトはソンシの方を見て、

「またお会いしましたね」 

と声をかけた。もちろん、ソンシはそれには反応を示さなかった。

「準備はいいかな?」

 王はそう言って、二人を交互に見つめ、そしてうなづいた。

「よし、それでは始め!」

 その号令に、ソンシが動いた。剣を真上から振り下ろした。ヤマトがそれを横に飛んでよけた。それを読んでいたのだろう、ソンシはヤマトのよけた方から今度は真横に斬り込んだ。よけなければ身体は真っ二つになるだろう。しかし、ヤマトは驚くほどの跳躍力でそれを飛び越えた。それぞれが大きな動きで、ダイナミックに戦う姿は大いに見どころがあった。王も満足そうにそれを眺めている。その戦いは、ソンシが攻撃して、ヤマトがそれを受ける。その逆はなかった。周りの者には、ソンシの執拗な攻撃に、ヤマトがまったく手が出せないように見えているだろう。剣と剣がぶつかり合うキンッという高い音が響く。


「ソンシ殿、これでは決着がつきそうにありませんね」

 気の抜けないこの戦いで、ヤマトはソンシに話しかけた。返事はもちろんない。

「僕はあなたを傷つけるつもりはありません」

 ヤマトの声は、上で観戦している王の耳にも届いたらしい。

「ヤマトよ、これは真剣勝負だ。しゃべることは禁ずる!」

 ヤマトはそれまで小さく剣を打ち返していたが、次の瞬間、ソンシの剣を強くはじき返した。二、三歩ソンシは後ずさりして、すかさず剣を構えた。しかし、ヤマトは何を思ったのか、その場で、王に向かって片膝をつき、

「申し訳ありません」

 と頭を深々と下げた。戦いのさなか、こんな無礼な態度に、たとえソンシでも怒りを覚えたに違いない。背中から攻撃することは、師匠であるセシルに禁じられているはずなのに、ヤマトの背中を斬りつけようと剣を振り上げた。そして、勢いよくそれが振り下ろされるとき、ヤマトはその姿勢から、くるりと振り返り、剣でソンシの剣をなぎ払った。不意を突かれたのだろう。しっかりと握られていたはずの剣が、簡単に飛ばされてしまった。


「勝負ありましたね。少々ずるいことをしてしまいましたが、剣士たるもの、油断は禁物ですよ」

 王の表情は冴えなかった。

「これで、ご満足いただけたでしょうか? ルールはなかったので、これもまたルール違反にはならないでしょう?」

 してやられたという感じで、

「そうだな。お前の勝ちだ」

 そう言うと、王は城内へ向かった。

「お待ちください。一つ、申し上げなければならないことがございます!」

 ヤマトは去って行こうとした王の背中に向かって叫んだ。

「なんだ?」

「ソンシ殿のことですが、彼には闇の者の血が流れております」

 王はその言葉に振り返り、

「それは誠か?」

 とソンシに向かって問いただした。ソンシは王に顔を向けて初めて声を出した。

「そのようなことはございません。私は人の子です。西の国に生まれ、父も母も人でございます」

「うむ。ヤマトよ、お前はなぜそのようなことを申すのだ?」

「それが事実だからです。しかし、今はその証拠をお見せできません。いずれ、何が真実か分かる時が来るでしょう」

「そうか、わかった。夕食の時間まで、お前は部屋で過ごすがいい。案内の者について行け」

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