第2話
登校時は、年長の僕と辰樹が下級生を連れて行く役目になっている。食器洗い当番は、早百合と僕と辰樹で、一週間ずつの交代だ。学校までの道のり、下級生たちはとても行儀よく並んで歩く。ほとんどしゃべらないし、列を乱すこともない。この時間には、ばらばらと同じ小学校に通う児童らが登校を始める。みんな底抜けた明るさで、元気よく駆けてゆく。僕はふと、沙智と学を見た。同年代の子たちは、友達同士つつき合い、楽しげな声を上げて走っている。『もみの木』でのしつけは厳しく、たとえ幼くとも、大きな声を上げてはしゃぐことは許されないのだ。僕らはまるで、葬式の行列のように陰気に歩いている。けれどシスターは、しつけの行き届いた子供たちだと、世間に思われていると勘違いをしている。
校門まで来ると、僕は役目を終え、下級生たちは校舎へと入っていった。
「それじゃ」
「おう」
僕と辰樹も教室へと向かった。今日もまた、学校での一日が始まる。とても憂鬱だ。クラスメイトは、僕らのような親なしを受け入れてはくれない。幼いころはそれでもよかった。友達になることは難しくはなかったのだが、最近では彼らの親が友達を選ぶようにと言っているらしいのだ。それで、それまで友達だった子も、僕と距離を置くようになった。ここでは僕は孤独だ。教室に入ると、自分の席に着き、始業のチャイムが鳴るまで小説を読むことにしている。こうしていれば、自分が孤独で淋しいとは感じない。教室は次第にざわざわとして、ほとんどの生徒が登校したようだ。本に目を落としているから、周りは見ていない。チャイムはまだ鳴っていないのに、急にシーンとした。担任が入ってきたのだろう。
「おはよう」
担任があいさつすると、日直当番が『起立』と号令した。みんなが一斉に立ち上がり、僕も本を閉じ、それに従った。『れい』という号令で、
「おはようございます」
と声をそろえてあいさつをする。『着席』と言われれば、みんなが一斉にイスをガタゴトさせて席に着く。これも毎朝の儀式だ。今日はなんだか担任の顔がこわばって見える。何か嫌なことが起こるに違いない。
「今日は、みんなに聞きたいことがある」
そう言って、僕らの顔を窺うように一巡した。
「昨日、榊原の財布がなくなった。教室を探したが、見つからなかった。この件について、誰か知っている者はいないか?」
急に教室がざわめいた。みんなが小声で、となり同士、前後の友人と言葉を交わしている。僕だけはじっと黙って黒板を見つめた。
「はい、先生」
手を挙げたのは、このクラスの学級委員を務めている斎藤頼子。
「斎藤、何か知っているのか?」
「そうじゃありません。学校の規律に、特別な場合を除いては現金を持ってくることを禁ずるとあります。榊原さんは財布を持ってくる特別な理由があったのですか?」
そう言われて、榊原さんはうつむいた。
「まあ、そのことは本人ともよく話したから。必要がないのに持ってきたことは反省しているんだ。それより、今、問題なのはそのことじゃない。財布の行方だ。疑うわけじゃないが、このクラスで財布がなくなっていることは事実だ」
そう言って、僕を見た。
「何が言いたいんですか? まさか、このクラスに財布を盗んだ犯人がいるとでも?」
すかさず、斎藤頼子が問いただした。
「だから、もしかしたら誰かが持っているかもしれないと……」
教師のくせに、彼女の強い態度にたじたじのようだ。
「俺らのクラスの中にそんなことをする奴がいるとしたら、一人しかいねーじゃん」
横峯渉はそう言って僕を見た。
「小遣いをもらえない奴がさ、人の財布を見たら欲しくなるんじゃねーの?」
クラスのみんなは、くすくす笑ったり、何かこそこそと話している。
「それって、僕のことだよね。君は間違っているよ。小遣いはもらっていないけれど、不自由はないよ。シスターは親切だし、必要なものは何でも買ってくれるもの」
僕の言葉は理解してもらえただろうか? ときどき聞こえていないんじゃないかと思うことがある。
「そうね、私も太郎君がそんなことするとは思わないわ。きっと、どこかにあるはずよ。誰かが取っただなんて決めつけるのはどうかしら?」
「ちぇっ」
学級委員の言葉には説得力もあり、横峯も黙るしかないようだ。
「財布の行方が問題なら、みんなで探せばいいよ」
僕の言葉には彼女以外、誰も反応しない。
「そうね、教室を探したとおっしゃいましたけど、案外、彼女の部屋にあったりするかもしれないですよ。灯台下暗しというじゃないですか」
担任も困ったようすで、
「まだ、確かめてはいないんだが、榊原は学校でなくしたと……」
またもやしどろもどろとなり、結局、斎藤さんの言うとおり、担任は榊原さんの家を訪問することとなった。僕のような親なしは、こういう時は真っ先に疑われる。もう慣れっこだ。
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