第55話
サーヤの闇が消えた。クリスタの街は元に戻っただろうか?
「行くぞ」
感慨にふけっていた僕を急かすように、ゴドーが言った。森を抜けると、次の街に着いた。そこはとても華やかだった。街の入り口には門があり、中へ入るとまるで遊園地のようだった。おとぎの国のような可愛らしい建物が並んでいて、真正面の広場にはメリーゴーランドや観覧車などの遊具があった。
「太郎、あれに乗ろうよ」
ユーリが僕の手を引き、メリーゴーランドめがけて走った。シュリとジュペは観覧車に向かった。それを見てゴドーはフンッと鼻を鳴らし口元を緩ませた。
学校の遠足で遊園地に行ったことを思い出した。班ごとで行動していたが、乗り物に乗るときは、僕は常に一人だった。楽しいと思った事はなかった。けれど、今はユーリとメリーゴーランドに乗って、彼の笑顔が僕に向けられて、とても嬉しかったし、楽しいと感じる。
日が暮れる前に宿屋を見つけ、ゆっくりと休んだ。束の間の休息だった。太郎は自分がまだ子供であることを実感した。本当はもっと幼いままでも良かったんだ。常に大人の顔色を窺い、子供らしさをなくし、大人のような態度で人と接してきた。それはとても辛い事だったと今さらながら思う。
「太郎?」
隣のベッドで休んでいたユーリが、僕に話しかけてきた。
「何?」
「君は君らしさをまだ知らないんだね」
「どういう意味?」
「君は優しくて、思いやりがあって、人を愛することが出来る。それを今まで知ろうとはしなかった。自分を認めて、自分を愛するのは大事な事なんだよ。感情を抑える必要もない。もっと自分の気持ちに素直でいい」
「ありがとう。おやすみなさい」
僕には感情を露わにすることは難しかった。今までそうしてこなかったから。自分の感情を人に見せる事は醜いと思っていた。だから、誰とも心を通わせない。それじゃだめなんだね。ユーリの言葉は優しかったけれど、僕にはきつい試練だった。
夜が明けて、僕らはまた東へ向かって歩き出した。
僕は怪しい気配を感じた。それは空間の歪みだった。
「止まれ」
ゴドーも気付いたようだ。
「あれはなんだ?」
ジュペも空間の歪みを目視した。それは陽炎のように揺れていた。
「近寄るな」
ゴドーは警告した。その歪みは不安定で、ゆらゆらとして消えた。そして、また別の場所に現れた。
「あれは闇。異空間へと繋がっている」
僕には分かった。そして、あのキャラバンの人々が消えた原因がこれだと知った。
「僕は行きます。あの空間には人々が囚われています」
「ならば、俺も行こう」
ゴドーが同行を決めた。
「ユーリ、シュリ、ジュペはここに残って、待っていてほしい。必ず戻って来るよ」
「分かった」
ジュペがそう言うのを背中で聞いて、僕は歪みの中へ入り、それにゴドーも続いた。
そこは何もない空間だった。暗闇ではないが仄暗い。人々が折り重なるようにして、眠っているようだった。そこに、一人の少年がいた。
「君は誰?」
『分からない』
「ここで何をしているの?」
『分からない』
「この闇は君の闇だね」
『分からない』
「君は辰輝だね」
『分からない』
僕は確信した。これは辰輝の闇だった。まさか、彼に闇があるだなんて知らなかった。けれど、人は誰でも負の感情を持っている。それは悪い事じゃない。ヤマトはそう言った。辰輝に闇がある事も普通なのだ。けれど、僕はこれまで気が付かなかった。彼の事を知っているようで、知らなかったんだと痛感した。僕は彼と心を通わせることが出来ていなかったんだ。
「ごめんね、辰輝。僕は今まで、君の事を分かっていた気になっていたんだ。君は強い、そしてポジティブで、前向きで、僕は羨ましかったんだ。眩しかった。けれど、辰輝の話しをちゃんと聞いたことがなかった。向き合ったことがなかった。君が苦しんだり悩んだりしたことに、僕は気付けなかったんだ。本当にごめんね」
僕は辰輝を抱きしめた。涙が頬を伝って零れ落ちていった。その時、光を遮断していたカーテンが引き開けられるように、仄暗い闇が引いて行った。
「太郎!」
シュリ達が太郎に駆け寄った。異空間は無くなり、その中で囚われていた人たちも消えていた。
「あの人たちは元に戻っただろうか?」
「ああ、元の場所に戻ったさ」
異空間で何を見たか、何が起こっていたのかを太郎は説明した。
「そうだったのか。キャラバンの人たちが皆無事でよかった」
「ああ、本当に良かった」
シュリとジュペは胸をなでおろした。親切にしてもらったキャラバンの人々の身が心配だったのだ。
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