第54話
夜が明けて、僕らはエレノアたちに別れを告げ、旅を続けた。
職人の街アーチを出ると、農耕地帯が広がっていた。そこを数時間で通り過ぎたところで、道は森へと続いていた。
「少し休もうか」
ジュペが言った。僕らは食事をとり休息した。その時、森の中から誰かの泣く声が聞こえてきた。子供のようだ。
「誰かいるの?」
僕はその声の方へ向かおうとすると、
「一人で行くな」
ゴドーはそう言って、僕の腕を掴んだ。声のする方へみんなで行くと、池のほとりで、身体の透き通った小さな少女がしゃがんでいた。
「あれは……」
ゴドーは彼女の正体に気が付いたようだった。
「俺が行く」
そう言って、ゴドーは少女に近寄った。
「どうして泣いているのだ?」
「怖いの」
少女はゴドーに顔を向けて言った。
「何を怖がっているのだ?」
「風になった私」
「もう怖がる必要はない」
「私が悪いことをしたの」
「誰もお前を責めたりはしない」
「私がいけないの」
「そんなことはない」
「どうしたらいいの?」
「もう何もしなくていい」
そう言って、ゴドーは少女を優しく抱擁した。少女は泣くことを止めて、安心したように小さく微笑み、身体は光の粒になって空へと舞い散った。
「サーヤさんですね」
「ああ」
「早百合でもある」
「そうだ」
僕の言葉にゴドーはそう返事をした。彼女は救われたのだろうか?
ヤマトは学校から帰ると、辰輝と共に、早百合の様子を見に行った。
早百合は相変わらず、遠い目をしていた。
「早百合、もう心配は要らない。あなたの脅威は去ったのです。これからは安心して暮らせる。今は心を安らかに保ち、穏やかな日々をゆっくり過ごすといい」
「そうだぞ。ここには俺も太郎もいる。俺たちがお前を守るから、何も怖いものはないさ。こいつ、結構戦えるしな。お前を泣かせる奴なんで、太郎がぶっ飛ばすぜ」
ヤマトたちの言葉に、早百合は反応を示さなかった。彼女の心はここには無いようだ。
「早百合、しばらくここにいていいかな? 時間が許す限り、僕らは君のそばにいるよ」
ヤマトたちは、夕食の時間まで、早百合のそばにいた。何を話すでもなく、ただ他愛のない話しをした。
「そろそろ夕食の時間だ。早百合も食堂へ行こう」
早百合は再びここへ戻ってからは、自室で食事をとっていた。いつも食堂に誘うが、無反応だった。でも、今日は違った。
「ええ」
そう言って、早百合がヤマトたちと共に、食堂へ向かった。給仕のおばさんとシスターがそれを見て微笑んだ。嬉しそうだけど、大げさにしないよう配慮しているようだった。
「さあ、みなさん。席に着いて、お祈りをしましょう」
いつもの儀式の後、食事が厳かに始まった。
早百合は食後、部屋へ戻った。ヤマトと辰輝は片付けに追われた。
「早百合がみんなとご飯が食べられるようになって良かったよ。少し安心した」
給仕のおばさんはそう言って喜んだ。
「そうですね」
片づけを終えると、また、早百合の部屋を訪れた。
「早百合、あなたの心はどこへ行っているのですか? あるべきところへ帰らなければならない。向こうの世界から帰ってくるといい。もう逃げなくても大丈夫ですから」
ヤマトはそっと早百合の肩に手を置いた。早百合を挟んで座った辰輝も、反対の早百合の肩にそっと手を置いた。
「俺たちを頼ってくれよ。淋しいじゃないか。こっちへ戻って来いよ」
早百合の虚ろな目に光が戻った。
「ああ、また夢を見ていたわ。向こうの世界の夢。私は悲しみの闇を生んでしまったのに、太郎たちは私を助けようとしてくれていた。最後に私は魔術師の優しさに触れて、光の粒となって空へと舞ったわ。私の闇は消えたのよ。だから、夢から覚めても、私の闇は消えているのかも……」
「それは違う。闇を生むのも人の
「ありがとう、太郎。気持ちが楽になったわ。辰輝もそばにいてくれてありがとう」
早百合は笑顔を見せた。
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