第53話
ハロルドにソンシを託した太郎たちは、再び東へ向かって歩き出した。森を抜けると、遠く彼方まで道は続いていた。ひたすら歩き続けると、日は傾き、空は茜色に染まり始めていた。皆疲れ果ててはいるが、誰も足を止めなかった。
「もう少しで街に着く」
ゴドーはみんなを励ました。
ほどなくして街に着いた。そこは職人の街アーチと言った。
「日が落ちる前に着いて良かったね」
「ああ。だが、ここに宿屋はない」
ゴドーが言うと、
「それじゃ、どこへ泊るんだよ」
シュリが不満そうに言った。
「広場で寝るさ」
「うそだろ?」
シュリはがっくりとうなだれた。
広場に行くと、旅芸人が仮設ステージの上で、剣の舞を披露していて、客の賑やかな歓声が上がっていた。
「おおっ、すごいな。私たちも見に行こう」
ジュペがシュリの手を引き、ステージの方へと駆け寄った。
「僕たちも行こう」
微笑みながら、ユーリは僕の手を引いて走った。剣の舞を見せていたのは、褐色の肌の若い女性だった。しなやかな動きに、見事な剣さばきだった。
次は、軽やかで透き通った、天女のような衣装を身にまとった少女が出てきた。
長い袖を華麗に振り、幻想的で美しい舞だった。
「今日の興行はこれにて終了となります。楽しんでいただけましたなら、どうかお気持ちをこちらへお願い致します」
小男がそう言って、客たちから報酬をもらっていた。ジュペとシュリは、剣の舞も天女の舞もいたく気に入ったようだ。客がみんな帰っていったのを見て、
「楽しませてもらった」
ジュペはそう言って紙幣を気持ち多めに渡した。それを見た小男は驚いて、
「これは多すぎます」
と言って、返そうとした。
「いや、そんなことはない。他の客が少ししか払えなかった分を私が払うのだ。君たちが芸を磨いてきた努力に対しての妥当な対価だ」
「わたしからも受け取ってくれ」
シュリも金貨を三枚渡した。
「困ります」
小男はそう言って、金貨も返そうとした。
芸人たちが何事かと、集まって来た。
「どうしたのだ?」
剣の舞の女性が言った。
「この方々が、高額な報酬を下さるというので、困っているのです」
「いただきなさい。その方々のお気持ちでしょう。申し遅れましたが、わたくしはソルシアと申します。そこの者はロイズ、こちらの方はエラ。あなた方は?」
「こちらこそ、ご挨拶が遅れ、失礼なことをしました。私はジュペ、彼はシュリ、あそこにいる者も旅の仲間です」
「では皆様、どうぞこちらへ。今日は私たちの大切なお客様としてお迎えいたします」
ソルシアはそう言って、自分たちのテントへ案内した。
「この度は、高額な報酬を頂きまして、ありがとうございます。私は座長のジェイコブと申します。旅のお方、この街には宿屋はございませんので、よろしければ、我々のテントでお休みになってください。お食事はお済でしょうか? 我々はこれからですが」
「ありがとうございます。助かります。僕たちも食事はこれからです」
僕が答えると、
「それなら、皆さんの分もご用意いたします」
ジェイコブがそう言って、僕らの食事も用意した。
「あなた方の旅の目的をお聞きしても良いでしょうか?」
ソルシアは、聞いて良いものかと、遠慮がちに言った。
僕はゴドーを見た。彼は何も言わなかったが、うなずいて見せた。話しても良いと言う事だろう。
「はい。僕たちは闇を追いかけて、東へ向かって旅をしています」
「やはりそうでしたか。光の勇者様たちなのですね。ロイズが一目で気が付いたようです」
ロイズと呼ばれた小男は、お辞儀をして、
「仮の姿では失礼ですね」
そう言って、瞬時に美しい青年に姿を変えた。僕らは驚いたが、ゴドーは気付いていたようだ。
「そちらの魔術師は、最初から私の事は気付いていた。お互いに正体は隠せなかったようですね」
ゴドーはフンッと鼻を鳴らした。
「あなた方も、特別な事情をお抱えのようですね?」
僕がつい、興味本位で口にしてしまった言葉だった。
「光の子には隠し通せませんね」
とロイズが言った。
「我々は、ある王国の生き残りです。国の名前は明かせませんが……」
ジェイコブが語り始めた。
とある王国は侵略戦争に敗れ、王族が処刑された。まだ幼かった王女が一人、家臣たちの手によって守られ、脱出することが出来た。しかし、彼らは身分を隠しながら、逃げ続けなければならなかった。そのため、旅芸人として放浪している。魔術師のロイズ、王の側近であったジェイコブ、王女の護衛のソルシア。王族の生き残り、エラ。それは愛称で、エレノアという。
僕はどう、言葉をかければいいのか分からなかった。
「大変な目に遭いましたね。国を捨て、身分を捨てて生きるのは、辛い事でしょう。これからも流浪を続けるのでしょうか?」
ジュペが聞いた。
「我らが平和に暮らせる安寧の地があれば良いのですが……」
そうジェイコブは答えたが、希望を持っているようには見えなかった。
「貴方のその楽器は?」
エレノアはユーリの楽器に興味を抱いた。
「これはポポロンです。愛の木になる愛の実から作られています」
優しい笑顔でユーリが言うと、
「その音色を聞いてみたい」
とエレノアが言った。
「では、愛の唄を唄いましょう」
ユーリはポポロンを弾きながら、透き通る美しい声で唄った。
皆、それに聞き惚れて、うっとりしていた。一滴の涙がエレノアの頬を伝った。これまで、どれだけ過酷な状況を切り抜けてきたか。辛かったのだろう。悲しかったのだろう。家族の命を奪われるなど、僕が想像できないほど壮絶な状況に、よく耐えてここまで来た。
「太郎も泣いているの?」
ユーリは唄い終わり、僕の顔を見て言った。
「泣いていることに、気が付かなかったよ」
僕は人前で涙を流す事に、もう恥じらいはなかった。
「ユーリの唄が素敵だったからね。それと、エレノア、よく頑張ったね。ジェイコブ、ロイズ、ソルシア、あなた方が王女をここまで守り抜いた事はとても立派です。この先はボルディアの領土です。安心して進んでください。人から温情をかけてもらうことは恥ではありません。王国パスナは魔術師の多くいる国です。あなた方の正体はすぐに知られますが、国王は情のあるお方です。光の勇者である僕たちに、あなた方が温情をかけて下さった。今度はあなた方が温情を受ける番です。もう、逃げも隠れもする必要はありません」
僕は自信をもって、こんな言葉を彼らにかけた。
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