第42話

 僕は眠っていた。太郎の身体の中なのか、ヤマトの身体の中なのか分からなかった。僕の世界でも、ヤマトの世界でも僕は内側でしか見ることが出来なかった。なぜだろうか? 僕は消滅してしまったのか? まあ、それでもかまわない。ヤマトと僕は二人で一人。結局どちらかが消える運命だったんだ。ならば、僕が消えるのは自然なことだ。こうして、内側から二つの世界が見られるのならそれでいい。ヤマトと一緒に冒険して、困難を乗り越えて、仲間と友情を深めて……。いや、違う。本当はそうじゃない。求めていることはそれじゃない。僕はまだ生きたかったんだ。内側にいたら僕は死んだも同然だ。今まで自分の命なんてどうでもよかった。死んでもよかった。それが自分の本心だと思っていた。でも今気づいた。僕は生きたいんだと。なぜだろう? 涙が出てくる。おかしいな。僕は内側にいるんだ。物理的に涙なんて出るはずがない。顔を拭うと涙で手が濡れた。

「起きているのか?」

 ジュペの声だ。僕に話しかけているのか?

「ああ」

「眠れないのか?」

「いや、長く寝ていた」

「太郎か?」

「うん」

「話したいことがあるなら聞くぞ」

「いや……」

「そうか」

 会話はなんだかぎこちなく、僕がそうさせているのは分かっていた。彼は僕が泣いていることに気付いて、気遣っているのだろう。ジュペは僕が話さないからか、それ以上は何も聞かなかった。僕はどうしたらいいのだろうか? 怖かったんだと思う。自分が消えることが。でも、ヤマトが消えれば、彼らが悲しむのではないかと思うと、それも嫌だった。なんでこんな理不尽なことが起こるのだろう? 僕は異世界で冒険することに憧れを抱いていた。戦う術を身につけ、何事にも動じない強い精神力を持って……。そうだ、僕には欠けていた。戦いは何のためか? この世界を救うのは何のためか? 愛する者を守るためだった。僕は誰のために戦っているのか? シュリとジュペは家族のため。ゴドーはサーヤのため。ユーリは全ての人々の幸せのため。愛のために戦っているんだ。僕には何もなかった。この世界が闇に覆われようと、ここに僕の愛する者はいない。僕の世界でも……。愛って何だ? 違う。知っているんだ。僕は愛を知っているけど、それを避けてきたんだ。怖かったんだ。誰からも愛されない自分が。僕は間違っていた。愛されていないんじゃなかった。愛されていることを知ろうとしなかっただけだったんだ。僕は確かに母から愛をもらっていた。愛されていた。辰輝も早百合も、僕を大切に思ってくれている。これも愛だ。辰輝が言っていた。キーワードは『愛』だと。愛を望む想いから闇が生まれる。新しい仲間のユーリ。彼は愛について語った。語り部の氏族は平和で愛に満たされて、皆健やかに暮らしている。愛に臆病な僕でも、彼らのように愛に満たされて生きることは出来るのだろうか? 僕の世界にいる、二つの世界をつなぐ者の心の闇はどうすれば無くなるだろうだろうか? これ以上こちらの世界への闇の浸食は防がなければならない。向こうの世界にいるヤマトがうまくやってくれるだろうか? 辰輝がついている。彼なら何か上策を思いつくに違いない。愛を知らないヤマトが向こうの世界へ行ったのは愛を知るためなのか? 辰輝はヤマトに愛を教えてあげられるだろうか? そもそも辰輝は愛を知っているのか? 辰輝の家庭環境は詳しくは知らないが、幼い頃に父が他界し、母は子育てに疲れ、両親に辰輝を預け失踪した。その後、祖父母に育てられたが、次々他界し、親戚が辰輝を施設に預けに来たとのことだった。祖父母から愛され大切に育てられてきたことは間違いない。だからこそ彼は、あんなに明るくポジティブなんだろう。それを微塵も疑ったことはなかったが、愛を知れば、闇も生まれる。彼に憂いはないのだろうか? 光の子ヤマトが、感情を持たない理由は、愛の裏には闇が潜んでいるから。しかし、ヤマトは感情を取り戻しつつある。こちらの世界の伝説では、闇を討つというのは、光の勇者の剣で闇を斬ることだ。でも、人の負の感情から生まれた闇が、そんな一太刀で消えるものなのだろうか? いや、伝説の通りに従うのが正しいのならば、それを疑っては上手くいかない。ヤマトなら迷わない。疑わない。信じた事に真っ直ぐだろう。こちらの世界にいるのが僕でいいのか? ヤマトはなんと言っていた? 東へ向かう。そこに闇の帝王がいる。闇は勇者の剣で斬る。彼の言ったことを信じて、僕はただ、突き進めばいい。そうだよなヤマト。

「考え事をしていたんだ。ヤマトと違って僕は、考えないと不安で先に進めないんだ。でも、今考えがまとまったよ。こちらの世界で僕がやるべきことは最初から決まっていたんだ。ヤマトが成し遂げようとしていることを成す。それが正しいんだという結論に至った」

「そうだな。それが正しいと私も思う」

 自分の考えが肯定されたことはとても嬉しかったし、自信につながった。


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