第41話
僕はベッドの上で目覚めた。
「太郎の部屋……」
ゆっくりと身体を起こすと、机の上の時計に目をやった。今日は学校がある日だったかな? 昨夜、僕に何が起こったのか? 気を失うと同時に、僕は向こうの世界に行っていた。
コンコンッとドアをノックする音がして、辰輝が入ってきた。
「どうだ? 調子は」
「ええ、良好です」
「それならいいが、これから朝食の時間だ」
「分かった」
布団を畳み食堂へ向かった。シスターは何も言わなかった。僕が早百合の部屋で気を失った事を知らないのだろう。ならば、辰輝が僕を部屋まで運んだのだろうか?
学校では小さな騒動が起こっていた。あの薄ノロの担任が出勤していたが、どうも様子がおかしいようで、服装も髪も乱れたまま、職員室で意味の分からない言動を起こしている。
「あいつ、太郎のクラスの担任だろ?」
「はい」
「なんかやばい奴」
「闇が見えます。向こうの世界で完全に闇と化したソンシとあの担任教師が、二つの世界をつなぐ者です」
「マジか」
僕は辰輝に、自分の教室へ行くよう促した。職員室では騒動を収めようと、男性教師が暴れる男を羽交い絞めにし、落ち着くようになだめているが、男には声が届いていないようだ。おそらく、向こうの世界にいるのだろう。
『今の僕に何ができるだろうか? 太郎、君ならどうする?』
太郎からの返事はなかった。こちらの世界では、子供の力は弱い。大人は子供の言葉に聞く耳を持たない。けれど僕は決心した。
「夢から覚めて下さい。こちらの世界に戻ってきて下さい。貴方の闇は深い。ですが、この闇を生み出したのも貴方です。我を忘れて闇に呑まれてはいけません。貴方の志を思い出してください。このままでは貴方は」
僕の声が届いたのか、男は顔をこちらへ向けた。その瞳には光がなく、闇のような黒さで、何も意思が読み取れず虚無だった。僕には何もできないことを認めるしかなく、虚しさと悔しさが込み上げてきた。
男は精神科の病院へ入院したと後から聞かされた。
「ヤマト、これからどうする?」
『もみの木』に帰り、太郎の部屋で辰輝とこれからの事を考えた。二つの世界をつなぐ者を見つけることが出来ても、僕には何も出来なかった。辰輝は良き友で良き協力者ではあるが、この問題解決には彼の力は無力だと思っていた。だが、その考えを改めるべきではないか? 向こうの世界では闇を討つために旅をして試練を乗り越え、仲間を見つけて彼らは成長していく。こちらの世界の僕はそれに代わる何かを成し遂げなければならない。それが一体何かをまだ知る事すら出来ていない。辰輝は僕に意見を求めるが、彼にも考えがあるはず。
「分からない。君の意見を聞かせて下さい」
「お前にも分からないことがあるんだな。お前がこちらの世界に来た理由は一つ。闇を生み出す者を探し出し、向こうの世界への影響を止める事だ。俺らは三人見つけた。お前は闇が生まれるわけを考えたことはあるか? シスターは太郎を生んだ。何を苦しんでいるか分かるか? 彼女は望まぬ子を産んだんだ。けれど、我が子を愛おしんでいる。愛だよ。しかし、彼女の心を支配したのは、愛ではなく自分への戒めだった。早百合は心と身体を穢された。母親の愛は男へ注がれ、男に穢される早百合を母の愛は救ってはくれなかった。愛を信じることが出来なくなった。担任教師は自尊心を傷つけられ、怒りで我を忘れた。こいつの事はよく知らないが、愛が足りないのかもしれない。三人ともにキーワードは『愛』なんじゃないか?」
「愛……。僕はどうやら、その愛というのを知る必要がありそうです」
辰輝は彼なりに、愛という言葉の意味を教えてくれた。理解はできたが、人はその愛のために生きている。愛を最も大切にしている。それがなければ人は生きられないもの。聞けば聞くど、深くもあり、壮大でもあり、言葉では形容しがたいものだった。誰もがそれを平等に得られるものならば、きっと皆に憂いはなく、平和な世界が保たれるはずなのに、この世界は混沌としている。心に闇が生まれる。人とは不可思議な生き物だ。辰輝は部屋へ戻り、独りになった僕はこれ以上愛について考えることは難しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます