第40話
「俺の話しなんざ、聞いたところで、つまらないものさ」
ゴドーはそんな前置きをしたあと、語り始めた。
ここに初めてきたのは三十年も前の事だ。俺はまだ、ケツの青い若者だった。レスタを出て間もない頃で、世間をまだ知らなかった。
俺は魔術を覚え、一人前になったつもりで粋がっていた。そんな俺を信用する王国など、どこにもなく、経験不足で、何の手柄もない青二才の魔術師なんて、使い物にならないんだ。だが、その頃の俺は、自分の強さを信じていただけに、俺を認めようとしない者たちを、ただただ憎んだ。強い俺を恐れているのかと、自惚れてもいたんだ。出会う者すべてを魔術で制圧し、脅かしていくうちに、己の力量を過信していた。俺に敵う者などいないと。
どこかの国王に仕える事もなく、多くの街や国を訪れては、名をあげる事を繰り返してきた。そんな俺を恐れる者はいても、讃える者などいなかった。その頃の俺は、称賛の声よりも、脅え慄く人々を見る方が気持ち良かった。
ゴドーはそこまで言うと、言葉を止めた。ロンダはゴドーに、見守るような優しい眼差しを向けた。
「あの頃のあんたは、触る者を切り裂きそうな眼をしていたよ。それだけに、あたしの気を強く引き付けたんだ」
ゴドーはフンッと鼻を鳴らし、語り続けた。
この街を訪れた時、ロンダもまだ幼さを残していたが、過酷な状況の中を必死で生きている様は、鬼気迫るものがあった。しかし、こんな街で少女が一人で生き抜いていく事は難しい。いつ殺されてもおかしくない危うさがあった。歳の頃も俺と変わらないこの気丈な少女を、俺は放っては居られない想いに駆られた。この街を仕切っている男は、治安の改善もせず、強盗、強姦、殺人が横行していた。胸くそ悪いこの街に俺は憤慨し、ひと暴れしてやった。ボスだった男は、俺の絶大な魔力に恐れ慄き、この街から逃げて行った。
魔術師の俺は、ここでもただただ恐れられるだけだったが、ロンダだけは違った。
「あんた、若いのにすごく強いね。魔術師は王族の守護につくと聞くけど、あんたはそんなタイプじゃなさそうだね」
ロンダのキラキラとした羨望の眼差しは、俺には眩し過ぎて、まともに見るのは気恥ずかしかった。
「くだらねぇ。俺に興味を持つな」
ついそんな言葉で突き放してしまったが、ロンダは気を悪くするどころか、
「意外と初心なんだね」
と笑った。俺に向けられた微笑みは、これが初めてだった。
ロンダは、街の状況を事細かに話してくれた。女は嬲り者にされ、子を産み、子が女であれば、少女でもまた同様に。
「あんな連中、あたしは赦せない。いつか天罰が下ると思っていたよ。この街を救ってくれる誰かが現れると。それがあんただったんだ」
今度は、目を真っ赤にして、涙を溜めながら俺の腕にしがみついた。
「それはお前の思い違いだ」
そう言いながらも嬉しかった。初めて誰かに頼られる歯痒さと、僅かな高揚感が生まれた。俺の魔術でこの少女を救うことが出来るのなら、もっと役に立ちたいとさえ思えてきた。
俺はこの街に留まり、その行く末を見届ける事にした。新たなボスが街を仕切るようになり、それなりの規律ができた。新たなボスの名はジェイといった。流れ者だが、情のある男で、多くの支持者によってボスとなった。街のならず者達も、権力者がいなくなることに不安を覚えたのだろう。だが、環境は全く変わらなかった。哀れな少女がまた他所から連れて来られ、ボスの店に収容された。身体で金を稼がされる。
「ねえ、ゴドー。あの子、あたしと同じ年の頃だよ。可哀想だ。あんたの力でなんとかしてよ」
いつものように、ロンダは俺にせがむ。魔術師の俺を、ジェイは煙たがってはいるが、恐れているようでもない。ただ俺に興味を持ち、頼みを聞いてくれる。それだけの事だった。
「あたしも一緒に行くからさ。今すぐにたすけてあげよう」
「分かった」
二人でジェイの店に入ろうとすると、強面の従業員が俺の腕をつかんだ。
「また、お前か。商売の邪魔だ、うせろ!」
突き飛ばされた俺は、地面に転がった。
「あんた、何するのさ!」
小柄なロンダが男に掴みかかったが、いとも簡単に払いのけられ、俺の隣に転がった。小さな騒動を聞きつけたジェイが、店の奥から出てきて、
「どうしたんだ? 何の騒ぎだ。店の前で騒動を起こすなよ」
と、従業員の男をたしなめた。その時すでに、身体の土を払い落しながら俺とロンダは立ち上がっていたが、ジェイには状況が理解できたようだ。
「お前たち、俺に用があるんだろう? 中に入れよ」
ジェイは、強面の従業員の肩に手を置き、ご苦労さんと静かに声をかけた。これがジェイの心遣いだ。心根のいいこの男が、なぜこんな商売をしているのか不可解だった。大人ってのは理解し難い。
ジェイは、俺たちをいつものように奥の部屋に案内し、ドアの外に一人男を配備し、
「誰も通すなよ」
と声をかけドアを閉めた。
「ジェイもまだ現役らしいな」
「ええ、もちろんよ。会いたい?」
フンッ、ゴドーは鼻で笑って答えた。答えはどちらか分からない。
「ジェイもあんたのことは気にかけているよ。元気でいることだけは伝えておくよ。それより、あんたの今度の旅の目的に、あたしは興味があるんだけどね」
「そうだったな。事の始まりは、クリスタの街が闇に襲われた事からだ」
悲しみの闇に襲われたクリスタの住民は、氷のように冷たい水晶のオブジェと化した。仄かに恋心を抱いていた女までも。俺がその闇を追いかけると、三人の少年に出会った。それが、ケシュラ・シュ・シュリとケシュラ・コウ・ヤマト、ソルジ・ア・ジュペ。名前からして、光の勇者一行であると察しがつき、この出会いが俺の運命だと悟った。
「やっぱりね。あんたは救世主だったんだ。この街を救い、今度はこの世界を救うんだね」
フンッとゴドーは鼻で笑い、
「勘違いするなよ。俺は光の勇者のお供に過ぎねぇ」
脇役さと、微かな声で呟いた。
「その続きは、僕が話しましょう」
「光の国で生まれた僕の父は、王家の刀を作る鍛冶屋だった。その技術は高く評価され、国外へもその名を知られていたという。故に、父の身が危険に晒されないよう、街外れででひっそりと家業を営んでいた。しかしある日、他国の密偵により、父は命を奪われ、僕は覚醒した。光の子である僕には、全てを知ることが出来た。この時代の王子であるシュリが光の勇者である事も、闇が動き始めた瞬間も。
闇と戦うため、旅をしています。旅の目的は、闇に敵うだけの力を身に着ける事と、仲間を見つける事です。ゴドーが強い魔力を持ち、多くの経験を積んできたのは、光の勇者と共に、闇と戦うためだったのです。仲間はこれで全員ではありません。先を急ぐのも、仲間を早く見つけるためなのです」
僕はゴドーを一瞥し、
「彼は貴女が思うように、救世主の一人です」
とロンダに告げた。ロンダは少女のように目を輝かせ、涙が沸き上がり、滴が一筋頬を伝った。伝説が現実となり、ゴドーが救世主である事をどう感じたのか分からない。喜びの涙か、悲しみに涙か。
光の勇者一行が闇を討つ、それは彼ら全員が命を失うかもしれない。彼女はそう思ったのかもしれない。
「分かった。あんた達に、十分な食料と、装備を持たせるよ。それから、あたしの権限が及ぶところは全て、通行を許可させるよ。一筆書いて来るから待っていて。それより、あんたたち、お腹すいていない?」
ロンダが鉄扉を開いた時、一発の銃声が鳴った。その直後、怒声と爆音。一体何が起こったのだろうか?
「あたしの店を壊すんじゃないよ」
鉄扉の向こう側は、瓦礫で埋め尽くされていた。ロンダはハイヒールのショートブーツで瓦礫を踏みながら表へ出た。僕らも続いて出て行こうとしたら、
「客は出てくるんじゃないよ。ここはあたしの島だ。けりをつけてくるから、大人しく待ってな」
屈強な大男と対峙していたのは、柔和な表情をした華奢な少年だった。
「一体何事さ! くだらない事であたしの店を壊したんなら、ただじゃおかないよ」
ロンダがそう言った時、小さなざわめきが起こり、人垣に道が出来た。向こうからやって来たのは、白いスーツを格好よく着こなす、長身の男だった。白スーツの男は、高級そうな葉巻を咥え、いかにもあちら側の人間と伺える。
「すまないねぇ。こいつは少々気が荒い。誰にも怪我はなかったか?」
白スーツが大男の肩を軽く叩いて、落ち着けとささやくような声で言った。
「誰も怪我はしちゃいないが、店はこの有様さ。危ない奴を野放しにしたのは、あんたの責任だよ」
「だから、謝ったじゃないか。店はすぐにでも直すから、怒りは納めてくれよロンダ」
事が収まったところで、人垣は興味を失せたように消えてなくなった。残ったのは白スーツ、大男、少年とロンダだけ。
「それで、何が原因だったんだ?」
白スーツに問われた大男は、身体に似合わず小さな声で、
「この野郎がふざけた事を言いやがって」
と少年をちらりと見た。全員の視線が少年に注がれた。
「あんた、語り部だね」
少年は変わった弦楽器を肩にかけていた。
「はい」
透き通った心地の良いその声に、引き寄せられるかのように、僕らも表へと足を進めていた。近くで見る少年はより一層綺麗な顔立ちをしている。
「はじめまして。僕の名はユーリ。貴女は母によく似ています」
ロンダのこめかみに血管が浮き上がり、顔は紅潮し、瞳が潤み始めた。
「あんた、リンダの子なんだね。他人の空似かと思ったが、その目は確かにあの子と同じ」
「貴女に出会える事が出来て、僕はとても嬉しいです」
「とても重要な出会いのようだな。俺の店で話さないか? 騒動の理由なんて、今さらどうでもいいだろう」
僕たちは、白スーツについて行った。大男はいつの間にか姿を消し、ロンダの店では、数人の男たちが片付けを始めている。白スーツの名はジェイといった。
僕たちはジェイの店の奥の部屋へ通され、ユーリが語り始めた。
文字が生まれる前の時代から、人々は物事を伝える手段として、絵で表す事と共に、人の言葉で語り継ぐ方法を用いていた。文字が生まれてからも、語り部としてきた氏族があった。ロンダもその氏族であったが、人さらいに遭い、消息不明となっていた。為す術もなく、旅に出る語り部が、いつか出会う事に託していた。ユーリはロンダの双子の妹の子であり、ここで光りの勇者一行と出会った事で、自分もまた、仲間である事を悟った。語り部は『愛を唄う者』とも呼ばれていて、愛を基本とした語りを伝承してきたという。楽器は愛の木になる、愛の実ポポロンを用いている。
『愛を唄う者』は、世界を旅しながら、人は愛から生まれ、愛に生きることを伝え歩く。ポポロンを弾きながら唄うその声は、聴いた者の心に沁みるほど柔らかく心地よく、涙が流れ落ちるという。
「里の者たちは皆元気?」
「はい。じじ様もばば様も、母もとても健やかに暮らしています。里は常に愛と平和で満たされています」
語り部の氏族は集落を形成し、愛の木を守り、伝統を後世に伝承し、男子は十二歳で元服を迎え、語り部として旅に出る。そのまま集落へ戻らず命尽きる者もいたが、戻った者は、嫁をめとり、子を生し、後世へ受け継ぐ。愛と平和の氏族のロンダが人さらいに遭う事など、当時は考えられないほどの事件であった。その後は、近くのケイリーという国の王がこれに怒り、嘆き、語り部の集落の警備を開始したという。ケイリーは風吹く国と言われ、豊かな山に囲まれ、その間を風が吹き抜けるため、常に風が吹く。カラフルな風車が多く設置され、美しく華やかで豊かな国だという。
「皆が元気なら、あたしもうれしい」
「貴女を探してここへ来たのです。導かれたのでしょう。僕は光の勇者の共として、彼らと旅を続けなければならない。貴女を連れて里へ帰ることは出来ません。貴女が無事にここで暮らしているのなら、里へ帰るのは容易な事。なぜ貴女は帰らないのでしょう?」
「ユーリ、あたしはあんたの知らない世界を生き抜いてきたんだ。あんたが生まれるずっと前からね。今じゃ、あたしの居場所はここなんだよ。帰る場所も生きる場所も、死ぬ場所もここなんだ」
それを聞いたユーリはうなずき、
「分かりました。いつか僕が里に帰った時、貴女が無事でいる事を伝えましょう」
夜も深くなり、ロンダに部屋を借り、一行は身体を休めた。
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