第21話
薄暗い部屋の中、二人の少年がベッドで寝ている。シュリは本当に寝ているらしいが、ヤマトはまだ起きているようだ。わずかな物音に反応して、身体を起こした。音は外で聞こえた。バサバサッと音がした。おそらく鳥が寝ぼけたのだろう。ヤマトは警戒して、そっと窓の外を見た。黒い人影が見える。こんな時間に外を出歩く用事なんて、そうそうない。彼はセシルからもらった剣を掴むと、シュリの傍らに立ち、
「シュリ、起きてください」
王子に小声で呼びかけた。
「なんだ。もう出発か?」
王子は意外に寝起きがよかった。どれほど寝たか分からないが。
「いえ、違います。表に何やら怪しい者が」
王子はそれを聞いて、そっと窓から見下ろし、ヤマトにうなずいた。
「確かに怪しい。しかし、あれが闇の者と関係があるのか?」
影は二つ。おそらく男だろう。宿の主が出て来て何やら話をしているようだが、ここからでは聞き取れない。主は男から何かを受け取り、二人を招き入れた。
「ここから出たほうがよさそうです。荷物をまとめて、壁掛けを床に敷いて下さい」
「これをどうするのだ?」
「二人なら乗れます。さあ、シュリもこれに乗って、早く」
そう言われて、シュリは荷物を持って、壁掛けの上に乗った。
「少し揺れますから、座ったほうがよいでしょう。あなたはこの壁掛けを自由に操ることが出来ます。さあ、これに飛ぶよう命じてください」
ヤマトの言っていることを半信半疑で、
「壁掛けよ、飛ぶのだ」
と王子が言うと、壁掛けは音もなく二人を乗せたまま浮かび上がった。そのとき階段を上がる音がした。そして、バタンッと扉が開けられた。
「外へ!」
王子が叫ぶと、壁掛けはスイーッと窓から外へ飛び出した。それはぐんぐん高く上がり、スピードが増していく。
「シュリ、東の方へ向かってください。それと、空を飛ぶのは緊急事態のときだけです。夜が明けぬうちは闇の力が強いのです。すぐに見つかってしまうでしょう。どこかで下りて夜が明けるまで身を隠さなくては」
「分かった」
眼下はほとんど灯りはなく。闇ばかりが広がっていた。東の空から太陽が生まれる気配がする。日の出はもうすぐだ。そう思ったとき、彼らの後ろからものすごい勢いで風がぶつかってきた。まるで意思があるかのように、何度も彼らを襲った。二人は壁掛けに必死につかまり、風に翻弄されながら落ちていく。そこはどうやら森の中らしい。ヤマトはバサバサと枝を折りながら最後には地面に身体を打ち付けた。王子は壁掛けに包まれて静かに地上へと降り立った。壁掛けは新しい主人を守っている。
「こいつは本当に魔法の壁掛けだ」
王子は壁掛けのすばらしさに感動したらしい。
「しっ、闇はまだここにある。僕から離れないで下さい」
二人は闇に囲まれている。それはただの木の陰か、それとも邪悪な何かなのだろうか? 東の空が白んでくると、闇が少しずつ押しやられ、二人を日の光が照らし始めた。
「どうやら窮地を脱したようです」
「あの風が闇の正体なのか?」
「いえ、あれは闇の一部、あなたを襲うのは闇の本能。早くしなければ、闇はもっと力をつけます。先を急ぎましょう」
ヤマトはそう言って、また歩き始めた。二人が森を歩き始めて数時間が経った。日は高く昇り、森は溢れんばかりの命の輝きを見せていた。そこにはもう闇の恐怖など微塵も感じられない。
「シュリ、日が高くなっても、闇はうごめいています。どこに危険が潜んでいるか分かりません。用心してください」
「ああ」
王子はそう返事をしたものの、周りに気を配る様子もなく、拾った小枝を振り回し、草をたたいて歩いている。二人旅に飽きてしまったようだ。森の中には道はなく、ヤマトが進む方向になにがあるのかも分からない。しかし、ヤマト本人は、この先に目的の場所があることを知っているというふうだった。
「なあ、森はどこまで続くのだ? この先には町はあるのか?」
王子はそう言って、ヤマトのあとをダラダラとついて歩く。
「ええ、たぶんこの森を抜ければ、どこかの国が見えてくるでしょう」
ヤマトのあいまいな言い方は気になった。彼は何でも知っているそんな気がしていたからだ。
「お前はその国を知っているのか?」
シュリがヤマトの背に向かって言うと、
「ここへ来るのは初めてです。僕はこの旅で初めてケシュラを出たのですから」
と答えた。
「ではなぜ、この先にどこかの国があると言ったのだ?」
王子は無責任なヤマトの答えに、苛立ちを隠さずにいる。
「僕には人の放つ光が見えるからです。人と僕との間に障害物があろうとも、どれくらいの距離があろうとも光は見えるのです」
「お前は不思議な奴だな」
それで合点が言ったというふうに王子はうなずいた。たとえ後ろに目がついていなくても、その存在に気付くのも当然のことだったのだ。
それからだんだんと、木がまばらになり森は終わった。そこからは、誰の目でも確認できるほど立派な国が見えた。だだっ広い平原の中で外壁にぐるりと囲まれた要塞のような国だった。
「あれは何という国だ?」
「僕には分かりません。しかし、中に入らなければ、食料も手に入りません。行きましょう」
王子はこの威圧的で頑丈な外壁に、なんだか不安を感じているようだ。ヤマトはそんなこともお構いなく、大きな通門に立つ大男に話しかけた。
「僕たちは旅の者です。食料が必要なので、入国の許可を頂きたい」
大男はフンッと鼻を鳴らし、ヤマトをぎろりと睨んで、
「入国許可証は持っているか?」
がらがら声でそう言った。
「いえ、持っていません」
「ならば、ここを通すわけにはいかぬ。さあ、じゃまだ、あっちへ行け」
ヤマトはそれでも食い下がった。
「食料だけ手に入れたら、すぐに出ていきますから、どうか、中に入れてください」
大男はそれを無視して、他の旅人を中に入れた。彼らは許可証を持っているようだ。二人が許可証を持たないことを聞きつけた警備兵が、剣を手に近づいてきた。
「怪しいやつらだ。子供だからといって容赦はしない。ここからおとなしく立ち去らなければ処刑だ。さあ、どうする?」
ヤマトの剣をもってすれば、彼らなど一太刀で倒せるだろう。しかし、事を荒げることは出来ない。
「分かりました。では、国王に知らせていただきたいことがございます。これは極秘ですから、ここの兵を指揮する長を呼んでいただきたい」
警備兵は、この妙に丁寧な話し方をする少年に高貴なものを感じたのだろう。急いで長を呼びに行った。まもなく、立派な武具を身に着けた身体の大きな男が現れた。
「貴様か、この俺を呼びつけたのは。下らんことだったら承知せんぞ。お前の首などいつでも簡単に飛ぶということを覚えておけ」
「それはどうでしょう? 僕と勝負することがあれば、あなたの首が飛んでしまうかもしれません」
「なんだと!」
男は怒り、剣を抜き振り下ろした。それをヤマトは軽くかわし、跳躍した。そして、男の頭上を飛び越え、剣の先を男の背中につけた。
「僕を見くびりすぎましたね。さあ、剣をしまってください。ここは何という国でしょう?」
長は参ったと言って剣をしまい、ヤマトに向き直った。
「ついて参れ、ここでは話ができない」
「はい」
ヤマトと王子は男について歩いた。通門から少し離れた警備兵の宿舎があるらしい。彼らはそこへ案内された。
「座れ、お前たちはただの旅人ではないな」
「はい。僕はケシュラ・コウ・ヤマト。そして、この方はケシュラ・シュ・シュリ様」
ヤマトは名乗り、シュリの名も告げた。
「ほう、光の国ケシュラの者か。こちらにおられるのは王族の方というわけだな」
ケシュラの者はこうして名乗るだけで、素性が分かるらしい。
「はい」
「分かったぞ、お前たち、いや、あなた方は光の伝説の勇者。光の子と光の国の王子」
「ええ。しかし、このことはくれぐれも他言なさらないで下さい。この国の王に伝えねばならないことがございます。どうかお目通り願いたく存じます」
「よし、分かった。今すぐにでも城へ使いを出そう。返事を待たずに我々も城へ向かおう。たとえ国王でも、謁見を拒むことは出来ない。この世界の救世主が会いたいというのだからな」
さっそく、使いの者は手紙を持って城へ向かって走った。警備兵の長の名前はキジといった。国の名は、要塞の国ドクーグ。彼らは最強の軍隊を持つ。それは他国を攻めるためではなく、自国の守護のためだという。この物々しい警備は、国民の平和を保つために必要だったのだ。ヤマトとシュリはキジに連れられ城へ向かった。それには護衛兵が十人ばかりついてきた。ヤマトはもちろん断ったのだが、キジはどうしてもと言って聞かなかった。国民はこれをなんと思っただろう。足を止めこの隊列を見送った。
城へ到着すると、大門が開かれ中へと招かれた。キジの使いがすでに勇者の訪問を伝えていたのだろう。そのまま謁見の間に通された。いくつもの部屋の前を素通りし、階段をいくつも上った先にその部屋はあった。
二つの大きなドアが開かれ、真正面の大きなイスに王が座していた。
「勇者よ、よう参られた。もっと近くへ寄るがいい。キジ、聞いておるぞ、お前のことを。その小さき者に負かされたと」
そう言って、王はからからと笑った。とても親しみやすい柔和な表情だった。
「はい。私の力の遠く及ばぬほど剣に長けていて、見も軽く素早いので……」
もう面目丸つぶれなキジは消え入りそうな情けない声でそう言った。
「当り前だ。お前ごときが光の子に勝るわけがなかかろう。しかし、これは教訓だと思うがよい。この世の中には、強い者はいくらでもおる。この国を守るお前たちは、強くなくてはならない。これからも鍛錬を怠ることなく励むがよい。キジよ、もう下がれ。勇者たちと大切な話しがあるのでな」
「はっ」
キジは敬礼して、部屋を出て行った。
「さて、本題に入ろうかな。部屋を変える、ついて参れ」
王はそう言って謁見の間から、さらに奥の部屋へと入った。びっしりと本の詰まった棚が壁を覆っていた。よほどの読書家なのだろう。そしてそこは、窓が一つあるだけのとても狭い部屋だった。窓側にイスと机があり、王はそのイスに腰かけた。
「わしはここが一番落ち着くのだ。この本の匂いも心が和む。ところでお前たち、名はなんと申す?」
「はい。僕はケシュラ・コウ・ヤマトと申します」
「わたしはケシュラ・シュ・シュリ」
「ほう、バルトの息子か。大きくなったな」
「あなたは父をご存じなのですか?」
「もちろんだとも。わが国とケシュラは友好関係にあるのだからな。バルトもわしと同じように争いを好まない。国民を大切にする、気持ちのいいやつだ」
要塞の国の王がこれほど平和を愛するとは意外だった。
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