第13話
セシルは上手くかわされていた。質問に答えるヤマトは、肝心なところに謎を残す。それには少し歯がゆさを感じているに違いない。しかし、いずれ分かると言うヤマトの言葉に彼は軽くうなずいた。今ここでは話せない理由があるのだろう。そう考えているのかもしれない。ヤマトは一体何を考えているのか? そして、何を抱えているのか。それもきっと、いずれ分かることなのだろう。
先ほど動いた影はもういなかった。この二人の会話を聞いていたに違いない。ヤマトは立ち上がると、
「もう遅い時間です。僕は部屋で休みますよ。明日はきっと忙しくなりますから。あなたも休んだ方がいいでしょう。もう闇は動いています」
と言った。セシルはその意味も分からず眉をひそめた。ヤマトはあの牢獄のような部屋に戻り、ベッドに身体を横たえた。部屋には照明はない。ろうそくの一本さえなかった。小さな窓からは月明かりがほんの少しだけ差し込んでいた。ヤマトは天井をじっと見つめて何かに神経を向けているようだ。ドアの外では、ガチャリと鍵のかか音がした。
「闇は動いた。覚醒の時も迫る」
彼はそう謎めいた独り言をつぶやいて目を閉じた。
一瞬のうちに朝が来たような感じがした。しかし、朝にしては妙だった。小さな窓からは赤い光が差し込んでいる。ヤマトはすでに起きていて、窓から見える空を見つめていた。そのとき、ガチャリとドアの鍵が開けられ、そこにセシルとあの大きな男が立っていた。男はしゃべることはなかった。
「外の様子は気がついたか?」
「ええ」
「ついてこい」
ヤマトは黙ってついて行った。表には城の者が出て来ていた。これほどたくさんの人たちが、この城にはいたのかと思うほどだ。
「見よ、御光が赤く染まっておる。あれが何だかお前には分かるのか?」
御光と呼ばれたものは東、日の出る方角にある山に建つ二本のV字型の柱に、大きな水晶のようなものが挟まるようにあって、そこに太陽の光が当たっている。その光が屈折して、この国全体を照らしているのだ。外はもう血のように赤い光に包まれている。
「来る時が来たということです。王からのお話しがあることでしょう。あの方はもうご存じなのですから」
ヤマトの言葉をセシルは無言で聞いていた。やはり、ヤマトはこれから起きることを知っているようだ。
「皆の者。我らの御光を見たであろう。『光の国に赤き光が満つる時、闇の力が復活し、この世は闇に包まれる』この予言はもはや、現実のものとなった。皆の知ってのとおり、我が国ケシュラは光の国と言われ、唯一、闇と戦う力を持つ。伝説の物語は、今始まったのである」
頭上から王の威厳のある声が響いた。城に仕える者たちの、低いどよめきが漏れ聞こえる。それは不安、恐れ、そして絶望という波が押し寄せるような感じだ。
「お前が知っていることとは、このことなのだな?」
「はい。しかし、まだその続きがありますよ。それは僕個人と、王子に関係しています」
セシルは眉を寄せて、
「お前の話すことは謎だらけだな」
と言った。ヤマトはなぜ、もったいぶるような話し方をするのだろうか?
「それは僕が知っていることを、僕の口から告げる権限がないからです」
彼はそうきっぱりと言った。淀みなく話すヤマトには、戸惑うことも、ためらうことないのだろう。
「わたしはお前のことがよく分からん」
セシルはそう言って、城内に戻っていった。ヤマトの横に立っている大男は、手に持っている長槍の柄で彼をつつき、セシルの後について行くように指示した。
セシルは王の間に呼び出され、そこへヤマトも同伴した。王は大きなイスにどっしりと座り、その横の一回り小さいイスには、王子のケシュラ・シュ・シュリが座っていた。二人の後ろには立派な壁掛けが飾られている。
「セシルよ、この事態は理解しておるな?」
「はい」
「ここに掛けられた壁掛けに描かれている物語は、誰もが知っていることだ。今さら説明もないだろう。しかし、補足することはある。これは光と闇の戦いを表したもの。ここに描かれた光の子、それはケシュラ・コウ・ヤマト。お前のことだな?」
王はヤマトに向かって言った。
「そうです」
その答えに、セシルは驚きの表情で彼を見つめた。
「そして、闇と戦う王家の者は、我が息子、シュリである。ヤマトよ、そうなのだな?」
「間違いありません」
これには涼しい顔をしていた王子本人もびっくりしたという感じで。イスから立ち上がりそうになった。
「父上、それは誠なのでしょうか?」
「光の子、ヤマトが間違いないと言っているのだ」
と言う王の一言で、ケシュラ・シュ・シュリは黙るしかなくなった。
「しかし、これはわたしにも理解しがたい。ヤマトが光の子……。本当にこの物語は現実のものとなるのでしょうか?」
何がなにやらさっぱり分からないというふうにセシルが言った。
「お前もくどい。わしを誰だと思っておる。光の国ケシュラの王、ケシュラ・シュ・バルトなのだぞ。王家に伝わるこの壁掛け、ただの壁掛けではないのだ。ヤマトよ、前に」
王に呼ばれ、ヤマトは前に進み出た。
「これを持て」
王の剣を受け取ったヤマトは、それを鞘から抜き取った。王はイスから下りると、後ろの壁掛けを外し、ヤマトへ手渡した。
「それに剣を刺してみよ」
ヤマトはそれに従った。剣は何の抵抗もなく壁掛けを貫いた。
「父上、なんてことをさせるのですか? それは王家に伝わる家宝ではありませんか」
王子はあわてて、ヤマトに近寄り、剣を取り上げた。そして、穴の開いたであろうと思われる壁掛けを、穴が開くほど見つめた。なぜなら、そこには穴など見つからなかったからだ。
「どういうことでしょう? 確かに剣はこれを貫いた」
王子は自分の目が信じられないというように、壁掛けを何度も表裏を返して見た。
「言ったであろう。それは、ただの壁掛けではない」
王は満足そうにそう言った。ヤマトも軽くうなずき、驚いた様子はない。この秘密を彼は知っていたということなのだろうか?
「闇は動き始めています」
「うむ。お前には、シュリの剣を作ってもらいたいと思っていたのだが、その時間はあるだろうか?」
「一日時間を下さい。王の剣ほど立派なものは作れませんが、王子にふさわしい物をお作りいたします。それと、ソンシ殿のことが気がかりです。闇の力は強くなってきています。彼は自分の知らないうちに、闇の洗礼を受けてしまっているようです。いつ覚醒してもおかしくありません。気を付けてください」
ヤマトは剣を鞘に納め、跪いてそれを王に差し出した。
「分かった。お前の言葉を疑って悪かった」
「いえ、真実は常に一つですから」
彼はきっと、自信たっぷりの表情をしているに違いない。相変わらず、彼の顔だけがこちらを向かない。
「では、話しはこれぐらいにして、さっそく仕事にかかってくれ」
「はい」
ヤマトは短い返事をして下がった。大男がまだ、彼について行く。そして、初めて一言だけ言った。
「仕事場はこっちだ」
先を行くヤマトの背中に向かって言った。
「そうですか」
ヤマトは大男のあとをついて行った。その仕事場は、ヤマトの家よりも広く、立派な窯があった。そこにはすでに火が赤々と燃えあがっている。そして、剣のもととなる鋼に道具までそろっていた。
「ありがとう。立派な道具があるけど、僕は自分の物しか使わない。部屋まで取りに行ってもいいですか?」
「勝手にしろ。俺はお前の監視役を解かれた。お前はもう、城内を自由に歩ける」
「そうですか。よかった、ではそうさせていただきますよ」
ヤマトはこの迷路のような城内を、迷うことなくあの牢獄のような部屋へとたどり着いた。そして、革製の道具袋を持って、また仕事場へと戻った。仕事場のとなりに続きの部屋があり、そこにはベッドが置かれていた。先ほどの部屋とはだいぶ違って、ふかふかな布団と、大きな窓もあり、部屋の中は十分な日の光が差し込んでいる。もうすでに、あの赤い光はなくなっていた。外は何事もなかったように、青い空が広がっている。ヤマトはさっそく鋼を火の中に入れた。赤く燃え立つ窯に火の粉が舞う。ヤマトは着ていた服を上半身だけ脱いだ。これまで分からなかったが、彼は鍛えられた鋼のような筋肉の鎧を身に着けていた。これが彼のあの剣さばきを生み出していたのだ。赤い炎に照らし出された身体が何とも逞しい。まだ少年であることさえ忘れてしまいそうなくらい。
「そこで立っていないで、中に入ってこられたらいいでしょう。僕は仕事中、気が散ることはありませんから」
ヤマトが独り言のようにそう言った。
「お前は後ろにも目が付いているのか?」
そう言って部屋に入ってきたのは、ケシュラ・シュ・シュリだった。
「いえ、ただ精神が集中しているときほど、人の気配は感じるのです」
ヤマトは仕事の手を休めずに、王子の顔も見ないでそう言った。
「不思議な奴だな。わたしがここにいては仕事のじゃまにならないか?」
「その逆です。シュ・シュリ様がおられた方が仕事ははかどります。あなたのイメージが剣を作る時には大切なのですから」
王子は部屋に置かれたたった一つのイスに腰かけた。
「それなら、お前に話しかけてもいいのか?」
「ええ、もちろん」
そう言って、彼は鞴を足で踏み、大きな炎を巻き上がらせ、火の粉が窯から吹き出した。
「おい、大丈夫なのか?」
「何がですか? 炎の熱さには慣れました。鍛冶屋ですから」
「そうか。お前は剣の腕も立つと聞いたが……」
「どなたからお聞きになられたのでしょう? お見せするほどではありません」
「父はお前がセシルを負かし、ソンシに勝ったと聞いた」
「あれはただの遊戯。本当の戦いではありませんから」
そういえば、あのときのヤマトは戦いのさなかだというのにおしゃべりをしていた。彼にとっては、本当に遊戯だったのだろう。
「あの二人を相手にして……。お前はどれほど強いというのだ?」
王子はあっけにとられたようだ。ヤマトに興味が沸くのも分かる。彼は謎に満ちていた。
「光の子であるお前は、やはり特別な能力を持っているのだな」
「それはどうでしょうか? 僕はまだ何もしていません」
ヤマトは赤く焼かれた鋼を叩き始めた。部屋中にカンカンと高い音が響く。王子はそれをしばらく黙って聞いていた。ヤマトの身体は汗で光り、トンカチを振るたびに盛り上がった筋肉が動く。音が止み、鋼はまた、火の中に入れられた。
「シュ・シュリ様、僕があなたの剣を作ることを承諾したのはなぜかご存じですか? この剣は人を斬るためのものではありません。戦う相手は闇です」
「闇……。壁掛けの物語は本当にこれから起きるのか?」
「もう起こっていますよ」
ヤマトは鋼を火から出して、再び叩き始めた。王子はそれを見つめていた。そして、音が鳴り止む前に部屋を出て行った。何か思いつめたような顔をして……。
叩かれるたびに鋼は薄く伸びて、だんだん形ができてきた。火に入れては叩く、何度もその作業が繰り返される。彼の体力、精神力、そして集中力は並大抵のものではなかった。朝からの作業が昼を過ぎても止むことがない。給仕の者が昼食を小さなテーブルの上に置いて、彼には声を掛けられずに出て行った。彼を見ていると、邪魔をしてはいけないと思ってしまう。トンカチのリズミカルな音は、日が傾いても乱れることはなく、カンカンと響いた。そんな彼の様子を気にかけたのか、王子がドアを軽くノックして返事を待たずにそっと入ってきた。
「お前、朝から一度も休んでいないのではないか?」
「ええ、今日中にこれを仕上げるつもりですから。休むひまはありません」
「しかし、それではお前の身体がもたないじゃないか」
「シュ・シュリ様がお気になさることではありません。それに、僕は自分の体調管理はできます。もう最後の仕上げに取り掛かるところですよ。あなたがここにいてくだされば、きっといいものになります。ここで座ってご覧になられたらいががですか?」
王子は軽くうなずくと、イスに腰かけ、彼の作業を見守った。
「お前、歳はいくつなのだ?」
「今年、十二になります」
「そうか、まだ子供だというのに……」
何を思ったのか分からないが、感慨にふけっているようだ。鋼はもう叩かれることはない。すでに剣の形となり、刃を入れる作業が行われた。
「ほう、よく斬れそうだな」
「まだですよ。刃入れは最も重要です。あなたがこれで何を斬るのかよく考えてください。そして、強く念じて下さい。この世に平穏な日々をもたらすのはあなたなのですから。この剣はそのために重要な役割を果たします。僕の精魂を込め、あなたの命を吹き込みます。剣はあなたの一部となる。そして、その剣だけが闇を切り裂くことができるのです」
「おい、そんなにわたしを追い詰めないでくれよ。一人で何ができるというのだ?」
刃入れの音は、シュッシュッと小気味よく続いている。
「あなたには僕がいますよ。一人ではありません」
「ヤマト……。わたしはお前のような者に出会ったことがない。何と言ったらいいか分からないが、身分の違うお前を、わたしは心の底から信頼できる気がする。会ったばかりだというのに。本当に不思議な奴だな」
「僕もあなたを信じています。この世を救ってくれることを」
「わたしには荷が重すぎる」
「大丈夫です。その荷は一人で背負うものではありませんから」
王子はふっと笑った。ヤマトの言うことは、いつでも正しかった。そして力強い。
「さあ、クライマックスですよ。あなたの命が剣へと吹き込まれます。ここへ来てください」
そう言われ、王子はヤマトのとなりへ並んだ。刃入れは終わったようで、辺りはシーンとした静寂に包まれた。ヤマトは王子の手を取り、出来上がったばかりの剣に触れさせた。すると、王子の身体から白く輝くオーラのようなものがふわりと出た。それが剣に吸い込まれていく。
「これで、あとは柄をつけるだけですよ。王が用意したものの中から選んでください」
宝石がうるさいくらい豪華に飾られた物が、ずらりと並んでいる。その中から王子が選んだものは、宝石が一つ埋め込まれているだけの一番シンプルなものだった。ヤマトはそれを受け取ると、剣をそれへ差し込んだ。コンコンと台の上で押し込んで、しっかりとはまったか具合を確かめた。
「これでいいでしょう。完璧な仕上がりです。あとはあなたがこれを自分の物にしてくさい。分かりますよね? 魂の込められたものですから、ただ使うだけではいけません。これはあなたに共鳴します」
それを手にした王子は、美しく磨き上げられた剣を見つめた。ヤマトの言うとおり、完璧で素晴らしい出来だった。王子はヤマトから少し離れ、部屋の真ん中で剣を軽く振った。鋭い切っ先は、まるで空気までも切り裂いたかのように思われた。
「ああ、感じる。これは生きている。意志を持っているようだ」
「ええ、その通りです。シュ・シュリ様、僕は少し休みたいのですが、よろしいでしょうか?」
ヤマトにしては、少し力のない声だった。
「そうだったな。疲れただろう。汗を流すなら風呂へ案内するぞ」
王子がそう言って、ヤマトの肩に手を置いたとき、彼はバタリと倒れた。
「おい、しっかりしろ!」
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