2杯目 ゆるく時間をかけながら

 投手はボールを投げる人。打者はボールを打つ人。ざっくりとした認識の下、野球を応援し始めた。


 相手チームの選手を三人アウトにできれば相手の攻撃は終了。守備交代できる。そんな必要最低限のルールが分かれば、十分楽しめる。


 テレビやラジオの中継では、実況と解説がポイントを示してくれる。初心者でも、試合の流れが分かりやすいのだ。細かいルールは、試合を見続けることで自然と覚えていく。


 それでも、脳内がはてなマークで溢れていた時期はあった。


「打者がバットを寝かせているんだけど、あの構えは何?」

「一塁にいた走者がアウトになったよ。どうして?」

「一アウト三塁の状況で、走者がホームに帰ってきたんだけど。外野フライってアウトじゃないの?」


 目に映るプレー全てが興味を惹きつけた。「あれは何? どういう仕組みで進んでいるの?」と乳児さながらの反応になる。だからこそ、分からなかったものを理解したときの喜びは大きい。


 得点圏に走者を進めるためにバントという作戦があること。

 塁から離れている状態でタッチされるとアウトになること。

 一定の条件を満たせば、塁上の走者が進塁できるタッチアップというルールがあること。


 プレーの背景を知れば、少しずつ野球の面白さに気付く。


 ホームランで大量得点を狙う必要はない。盗塁やバントで得点圏へ進ませて、ヒット一本でホームに帰す。それも立派な作戦だ。

 

 投手の状態が良すぎて互いに点が入らないとき、いかにして出塁させるのか。得点がたくさん入る試合の方が盛り上がるのだけれど、手に汗握る緊張した展開にも面白さはある。それゆえ、長く保たれていた均衡を破る打点は、喉から込み上げる爽快感あるいは崩れ落ちる絶望をもたらす。


「うわあああああっ! ホームラン打たれたああああ……っと思ったらファウルか。内野席に入って良かった」


 心臓が飛び出るかと思ったよ。危ない危ない。


 安堵の息をついた私に、母はリモコンを手に取った。


「どう見ても、ヒット性のスイングじゃなかったでしょ。静かに見ないんだったら、テレビ切るからね」

「そんなご無体な!」


 私は平伏して、母の心変わりを待った。なお、このやりとりは五年経った現在も続いている。テレビ画面に向かって叫ぶ回数は激減したが、未だにホームランと見間違えるファウルや外野フライは多い。ピンチのときの打球音は心臓に悪い。それでも、ゆるく楽しく応援できている。


 思い返すのは、体育のソフトボール。ヒットを打った後の行動が分からずに一塁へ猛ダッシュしてみた頃よりは成長したはずだ。当時の私は、次の打者が三振してくれて安心していたっけ。遠い目。


 そんな人でも試合の流れが掴めるようになるのだから、時間をかけて学ぶメリットはあるのだろうと思う。

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