第六話「花筵 ーはなむしろー」 (前編) ②
「えっと……確か、陰と陽の気の
「えぇ。だから余分な方の気を処分するの。放っておくと、あっという間に
(要は、巫女がダムの役割を果たすってことか)
余分な方を切り捨てるという言い方をしているからだろうか。巫女というには、なんだか
「そのために、巫女は視察の道中で舞の練習をするのよ。同時に、新米の子には気の見方も会得してもらうことになるわ」
「というわけで、舞と気の見方は花鶯が教えるからよろしく!」
虹姫の妙にノリの良い指名に、当の本人が「はっ?」と声を上げた。
「いきなり何言ってんのよ。それはいつもあんたが教えてるじゃない。大体、私は一言も聞いてないんだけど」
「今決めたからね」
「あんたって人は……」
花鶯姫が溜め息をつき、
「別に急な話ではないさ。総合的に考えて、基礎を教えるなら花鶯が一番だと、私は前々から思ってたからね」
「何それ、お世辞?
「私は持ってる力が強いだけだ。巫女としての実力は、あんたの方がずっとある」
「…………」
花鶯姫が
ちょっと席が離れている僕から見ても、顔が赤い。すごい単純な人だ。
(嬉しいんだろうなぁ……)
「……まぁ、いいけど」
嬉しくても、絶対に口には出さないらしい。そういう意地っ張りなところも、どこかきいちゃんに似ている。
不意に、花鶯姫と目が合った。
なぜか、
(あ、じっと見つめ過ぎたか……?)
怖くないとはいえ、指導を受ける身としては、先生に気分を害されるのは困る。不良ではないことを率直に伝えるべく、僕は頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします!」
「こちらこそ。やるからには、きっちり覚えてもらうからね」
「はい!」
普通に会話してくれた。どうやら、気分を害したわけではないようだ。
「もっとも、馬車の中で踊るわけにはいかないから、駅で練習することになるわ」
「駅?」
黄林姫の口から、ものすごく
(まさか、この世界に電車が……?)
「そう。馬に尺と書いて『
「うまや……『駅家』。あぁ、なるほど」
電線もないこの世界に、電車なんてあるはずがなかった。そもそも、最初に二か月の馬車旅だって言っていたし。
「それって、
「お? よく知ってんな」
「本でかじった程度ですけどね」
桜さんに勧められた本の中には、交通制度に関するものもあった。
古代日本にも似たような交通制度があったそうだけど、使うのは国の重役や官吏といった一握りだったらしく、それはこの世界でも変わらない。
違う点があるとすれば、日本では『
この世界では、文献などで『花』や『桜』といえば巫女を指すらしく、巫女が通る道という意味合いで『桜道』と名付けられたという。
元々は『王』が通る道ということで『
桜が信仰の対象として大切にされているという話を、桜さんから聞いたことがある。地図上で、五国が桜の形で描かれているのが分かりやすい例だけど、『花』や『桜』が巫女を指すのも、それと同様なのかもしれない。
ちなみに、『花』や『桜』は、女の子の名前としても人気がある字らしい。桜さんや花鶯姫が良い例だろう。
「言っておくが、厳しいぞ。なんたって自分の国に入るまでに、気の見方も舞も習得しないといけないからな」
「う……」
「厳しいのは本当だけど、心配はいらないわよ。月国は一番最後だから時間はあるし、初めてなのは
「え?」
驚いて
「彼女もね、巫女になりたてのほやほやなの。あなたにとっては同期になるわね」
(そうだったんだ……)
「あの」
「ひゃい!?」
話しかけると蛍姫が肩をびくつかせて顔を上げた。流れ的におかしくないはずだが、すごいあたふたしている。
「これからよろしくお願いします」
同等の立場ではあるけど、この世界の人間としては、僕よりずっと先輩だ。
だから、そんな
だけど、蛍姫はなおさら驚いた様子だった。「うぇっ?」と上擦った声を上げ、さらに顔を真っ赤にしている。耳まで真っ赤だ。
(あれ……むしろ逆効果だった?)
選択を間違えただろうかと後悔しかけたその時、意外にも蛍姫の方が「あの」と声を上げた。消え入りそうなくらいに小さな声だけど。
「……こちらこそ、よろしくお願いします」
蛍姫が姿勢を正し、振り絞るような声を出しながら、深くお辞儀をした。僕も慌てて「よろしくお願いします!」と同じようにお辞儀をする。
なぜか、黄林姫が小さく笑った。虹姫も、にやにやと笑っている。
「お見合いみたいね」
「「えっ?」」
「息も合ってるな。もう結婚しちゃうか?」
「「えぇ!?」」
「また馬鹿なことを言って……変な気でも起こしたらどうすんのよ」
花鶯姫に
そして、二人して悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「大歓迎だね」
「可愛いじゃない」
「駄目に決まってるでしょう!!」
(多分、怒ると逆効果だと思います……)
僕らを冷やかすためではなく、むしろ花鶯姫を怒らせるためにやっているような気がする。いじられキャラというやつなのかもしれない。
『――すんな――ソ野郎!』
『――い待てって!!』
部屋の外から、ただ事では済まなさそうな足音が聞こえてきた。
そしてどういうわけか、その騒がしい足音と声がだんだんと近づいてくる。
「あらあら」
「……虹、こっちに来たら
「別に放っておけばいいだろ。
「よくないよ。鹿男が疲れて寝過ごしたら、俺も寝坊するから」
「あなたも大概ですね。この機に、自分で起きたらどうですか?」
「無理」
「あ、あの……」
「あんたが
「えー、花鶯冷たーい」
巫女たちが通常運転を発揮している間に、部屋の前まで来てしまったらしい。
「まったく、朝っぱらから世話の焼ける……鹿男、開けていいぞー」
虹姫は面倒くさくて仕方ないと言わんばかりにぼやくと、なんともやる気のない声を襖の向こうへと投げかけた。
「でもこいつ、めちゃめちゃ暴れますよ?」
「問題ないよ。いざとなったら私が押さえる」
「では……」
見るからに不機嫌そうな彩雲君が、ずかずかと部屋に入ってきた。その後ろで別の少年が「あ、おい!」と追いかける形で入ってくる。
どうやら、彼が『しかお』らしい。『鹿男』と書くのだろうか。
「おい!! 肉よこせ!!」
開口一番にすごい台詞が飛んできた。
そしてなぜか、虹姫は愉快そうに笑っている。
「おっかしいなー、肉じゃがなんだから入ってるはずだけど?」
「あんなん肉に入んねーよ!! もっとガッツリしたやつ出せ!!」
(ひき肉も立派な肉だよ……)
ちなみに僕の家の肉じゃがはひき肉だ。僕はそれで慣れているのもあって、むしろひき肉で良かったと思っている。ひき肉は美味しいよ。
「生憎、お前の求める類の肉は
「ウソつけ!! どーせ隠してんだろ!!」
「ふふふ……」
(なんでそこで意味深に笑うんですか!?)
「やっぱそうか!! ふざけたマネしやがって、このクソ女が!!」
前へと一歩踏み出した彩雲君を、鹿男さんが「おい!」
思った通り、僕や彩雲君と同世代だ。
髪は全体的に短い。着物の
会議の時の三郎さんがそうだったように、男の従者の正装は
「はなせバカザル!!」
「馬鹿猿じゃなくて鹿男だって!!」
動物が三匹も入った言葉にちょっと笑いそうになった。なんとか
「ていうか、巫女が肉を隠すなんて
「この怪力女が認めてんじゃねーか!!」
「さっきから虹様に失礼だって!!」
鹿男さんがもっともなことを叫ぶ。
ただ、巫女じゃなくてもそんな『阿呆なこと』はしないと思います。
「おいお前!!」
彩雲君が突然、こちらを指差して……いや、明らかに僕を指している。
「えっと、僕?」
「あぁテメーだよ。そん中で一番ザコだろ。かくしてる肉よこせ――!?」
彩雲君が、急に白目を
いつの間にか……本当にいつの間にか、二人の背後に三郎さんが立っていた。さながら、鬼のような表情で。
「あ、ありがとう三郎さん」
「いいから早くその馬鹿を連れていけ」
「分かった!」
鹿男さんは切り替えが早い人なのか、動揺しつつも彩雲君を引きずっていった。とりあえず、前向きなのは良いことだ。
「皆様。お騒がせして申し訳ありませんでした」
「ところで、あの子供はどうするんですか?」
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