第6話 賢斗、大学4年生

 目的はデートなのか映える写真を撮ることなのか、分からなくなる2017年。

 夜景のキレイな山の中まで車を走らせた。ひとしきり写真を撮り、街中で会う時はサングラスとマスクが欠かせない指宿いぶすき乃々華ののかが、今は変装なく車から出てきて俺の隣に立ち、軽くもたれかかってくる。


「もうちょっとブームが落ち着いたら、シャンシャン見に行こうか?」

「シャンシャンも見たいけど、ねえ、賢斗くん。就職決まったんだし、その……もう少し先の、将来の話とか、しない?」

「将来? 俺、一般中小企業のリーマンになるんだよ。人気モデルの乃々華とは住む世界が違うパンピーだって自覚してるよ。俺なんて遊びでしょ」

「そんなことない……賢斗くんが望むなら、私仕事やめてもいいと思ってる」


 優しく微笑みながら、乃々華の唇に人差し指を当てる。


「そんなこと言わないで。俺の大学でも、乃々華に憧れてる女子がいっぱいいるんだよ」

「私は、そんなこと望んでない。モデルになったのも、スカウトされて言われるまま仕事してたらこうなっただけで」

「誰でもできることじゃないよ。乃々華だから、みんなが憧れるようなモデルになれたんだよ」

「でも、私は……キラキラした世界よりも、賢斗くんのそばで賢斗くんを支えたい」

「俺の縁の下の力持ちになるの?」

「あ……うん! それ!」


 自分の中で最適な表現が見つからなかったんだろう。俺の言葉に、乃々華が目を輝かせる。


「私、賢斗くんの奥さんになって、縁の――」

「乃々華」


 乃々華の口を俺の口でふさぐ。


「……賢斗くん?」

 珍しく真剣な眼差しで乃々華を見る俺に、乃々華が何かを感じたのか動揺を見せる。


「乃々華、女優を目指してるんだろ。志半ばで夢を捨てるなんて、乃々華らしくないよ」

「私は、夢よりも賢斗くんが――」

 乃々華を力いっぱい抱きしめる。いつも俺は華奢な乃々華を優しく抱きしめてた。でも、今は、渾身の力を込める。


「賢斗くん……」

 俺の決意を察してか、目に涙を溜めた乃々華が俺を見上げている。


「会うのは今日で最後にしよう」

 乃々華の目から溢れる涙に、思わず目をそらす。


「俺は、乃々華の1番のファンだから。乃々華の夢を叶える邪魔なんてしたくない」

「邪魔なんかじゃない! 私、賢斗くんがいないと――」

「乃々華!」


 突然の大声に驚いた乃々華に、優しくキスをする。


「賢斗くん……」

「テレビの中で、映画館のスクリーンの中で……乃々華の笑顔を、たくさん見せて」

「どうしても……ダメなの?」

「ダメなのは乃々華だろ。いつも応援してくれるファンを裏切れるの?」


 ファンを大切にしている乃々華が、うなずくはずがない。


「家まで送るよ、乃々華」

「賢斗くん……」


「賢坊! 俺就職決まったー! ……え? あれ?」

「これは、別れ話の雰囲気ね」


 ……きらり詩愛羅しあら。おまえたちは、もう……なんっちゅータイミングで現れるんだ! 俺には俺の山場があるんだよ!


「え! 大女優の指宿乃々華?! そっか、指宿乃々華もこの時代なんだ!」

「あ! ダメ、警察が来るわ、輝」


 輝と詩愛羅がフッと消える。


 ……え、100年後も知られるほどの大女優になってんの? この俺の胸で俺との別れに泣いてる乃々華が?


 惜しい気持ちは一瞬で消え、俺の決意は揺るがない。やっぱり、未来人の言葉で現代人の心は変わらないんだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る