第14話
*
小さい頃はおばけの話なんて大嫌いだった。
絵本やアニメを見ていても、怖い場面が出てくるたびにひどく泣いていたような思い出がある。一度、父が冗談で、いたずらするとおばけが出る、なんてお決まりのことを言ったら大騒ぎになった。夜になっても寝室に入れず、リビングで明かりをつけたまま、困り果てた両親と一緒に深夜まで起きていた、なんてこともあったそうだ。
そんな中、とりわけよく覚えている出来事がある。
わたしがまだ小学校へ上がる前のことだ。同居していた祖父が亡くなった。おじいちゃん子だったわたしは大泣きに泣いた。祖父が死んだことを認めるのが嫌で、また
それからすぐ、あるいは記憶がそうなっているだけで、もっと後日のことかもしれないが、わたしは祖父の夢を見た。わたしと祖父は、ふたりでよく遊んでいた八畳の和室に、向かい合って座っている。祖父はじっとうつむいて何も言わない。何も言わないのに、わたしは怒られていることになっている。
視界の隅で何かが動く。黒いものが、家具の後ろからちらちらと見えている。気になるけれど、わたしはそっちを向くことができない。それは怖いものだという意識だけがある。
黒いものは天井の板の間からも、畳の
やがて、黒いものたちが壁や天井や畳を離れて、わたしと祖父に近づいてくる。わたしは叫びたいのに声が出ないし、身動きも取れない。体のすぐ横から、見えないだれかの息遣いがする。
うふふ、ふっ、ふはっ。
わたしは目を覚まし、飛び起きた。その瞬間、自分が眠っていたことを思い出す。そこはいつもの寝室で、左右には両親が眠っている。
安心してまた横になったとき、天井に貼りついた祖父と目が合った。
わたしの叫び声で起き上がった両親が部屋の明かりをつけると、もう祖父は消えていた。わたしは号泣し、母になだめられながら少しずつ、今見た夢のこと、死んだはずの祖父の顔が見えたことをしどろもどろに話した。
だいたい話し終わると、母はわたしの背中をさすった。
「きっとおじいちゃんが寂しがってるのよ。三咲とちゃんとお別れできなかったから」
そうだろうか、と思った。だとしたら、あの黒いものたちはなんだったのだろう。でも幼いわたしには、その違和感を伝えるだけの言語能力がなかった。
翌日、わたしは朝から母と一緒に祖父の部屋に行き、仏壇に手を合わせた。おじいちゃんにお別れしてね、と言われたので、心の中で、さようなら、もう出てこないでね、と唱えた。
ふと顔を上げると、祖父の遺影が目に入った。
「ほら、おじいちゃんも喜んでる」
母にそう言われても、遺影の顔は無表情としか思えなかった。
それから年月が経ち、わたしは十一歳になった。ある日、両親とわたしは車で外食に出かけた。場所は近所のイタリアンレストランだ。でもそこで何を食べたのか、どんな話をしたのかはほとんど覚えていない。当時のわたしは思春期の入り口にいて、両親との距離感も少し変わりつつあった。だから、その夜の食事もあまり楽しんだ記憶がない。そのことをずっと後悔している。もし帰り道であんなことが起きると知っていたら。
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