第13話

 ひとつの学校で、しかも同学年の生徒ばかり何人も殺されたり死んだりする、なんて話はちょっと信じがたかった。だから松浦さんに、該当する事件があるかどうか調べてもらった。すると一件、ほぼ同じ事件が起きていたことがわかった。わたしが話しているのは、昇から聞いた話と、松浦さんが調べた事件をベースに、細部を脚色したものだ。

「あれからなんか情報ないの。の行方がわかった、とか」

 怪談の中でK子として紹介している少女は、本名をかわ季里子という。怪談の最後では行方不明としているが、しつそうしたという意味ではない。どうやら家族ぐるみで連絡を絶っているらしく、捜しようがなかった。

「あのなあ、おれだって仕事があるの。怪談の元ネタ探しばっかりやってるわけじゃねえよ」

「そのセリフ、去年も聞いたよ。で、念のため探してみて、って去年も頼んだじゃない。あれからどうなったの」

「頼まれたか?」

「もう」

「冗談だよ。あまりおもしろい話じゃないが……去年、例の用水路の下流で、また別のご遺体が見つかったらしい。近所に住んでるじいさんで、前から認知症を患ってた、ってことだが」

「例の用水路って、いじめられてた女の子の遺体があった場所?」

「ああ、そこから一キロくらいのところで、転げて頭を打って亡くなったんだと。で、ちょっと気になって調べたんだが、その女の子のことがあってから、同じ用水路で事故やなんかが多くてな」

 認知症の老人が転落死した事故を筆頭に、子供がおぼれたり、バイクや車が突っ込んだり、そういうことが明らかに増えているという。

「それは、女の子の霊が祟っているんじゃないか、ってこと?」

「かもしれんし、女の子に取り憑いていたこっくりさんとやらが原因かもしれん。ほら、ああいうのは水に集まるとかいうだろ」

 松浦さんは、お冷のグラスの底についていた水滴に指を浸し、すっ、とテーブルに線を描いた。

「こういうふうに、何か悪いものが、水の流れに沿って広まっていく、なんてこともありそうじゃないか」

「水の流れに……」

「何かいい話が浮かびそうか?」

「かなりね。でも、そっちの話じゃないの」

 金魚の釣り堀にいたおじさんは、たぶん、釣り上げると死ぬ魚の話を釜津で聞いた。ところが、わたしたちが調べてみると、実際の現場は狗竜川の河口だった。おじさんは単に隣町の話を聞いただけかもしれない。でも、もしそんな魚が、あるいは魚のような存在がいるとすれば。河口から湾の中心まで回遊することがあってもおかしくはない。

 あるいは、河口が本当の源ではないとしたら?

 本当の根源はもっとずっと上流にあって、そこから染み出したような何かが、たまたま魚の形をとって現れているだけなのだとしたら?

 そう考えていくと、少し背筋が冷えた。ひょっとすると、この怪談は、まだまだ広がっていくものなのかもしれない。

 わたしは、ふと、先ほどの同業者の話を思い出していた。八板町の池にむという河童の話。

「松浦さん、ごめん。急いで確認しなきゃいけないことがあるの。ケーキが来たら、わたしの分も食べていいから」

「お、おう、そりゃかまわないけどよ」

 松浦さんはちょっと考えて、二皿は入らんな、とつぶやく。わたしは笑った。

「じゃあ、行くね。今夜はありがとう。久しぶりに話せて楽しかった」

「こっちこそ。ただ、気をつけろよ」

「何が」

「いろんなことだよ」

 そう言う松浦さんの顔は、またさっきと同じ渋い表情になっている。言いにくいことを言うときの顔だ。

「あまり入れ込むな。とくに『川』の話は」

「……それって、あの事故のこと言ってる?」

「ああ。おまえが川に呼ばれてるような気がしてならないんだ。それとも、おまえが川に執着してるのか」

 川。わたしが見たあの場所は、ひたすらに暗くて、冷たくて、恐ろしかった。わたしにとってどんな怪談もあの場所を超えることはない。怒りも、悲しみも、全部あの場所に溶け込んでいる。そして今も漂っている。

「そうだね、きっとそう」

 わたしは川に取り憑かれている。あの夜から。

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