第12話


    *


 ライブはそれなりに盛況だった。こういう場で、しかも同業者との共演となると、何か新しい話を聞けないか気になるものだが、あいにく、わたしが探しているような人が死ぬ話、というものはなかった。

 ただ、静岡県の西の方で聞いた、という話がひとつあった。聞いていると、どうやら釜津の近くらしい。あとでその話をした同業者に詳しく尋ねてみると、やはり去年の春に八板町で取材した話とのことだった。ただ場所は河口付近ではなく、川沿いでもなかった。

 それでも出てくるのが魚だったり、見た人が死んだりしていたら、わたしが追いかけているあの怪談とのつながりを疑ったところだが、怪談自体は小さな池から河童かつぱが出てくるというものだったので、無関係だろう、と思った。

 その後、会場の撤収を軽く手伝っているうちに日付が変わりかけてしまった。そろそろ帰ったほうがよさそうだ。

 一足先に失礼して外に出ると、いきなり物陰から大柄な男に声をかけられた。犯罪者か、と一瞬だけ身構える。

「おいおい、おれだよ、おれ」

 夜道に立っていたのは、松浦さんだった。

「やめてよ、痴漢かと思うじゃない」

「こんな色男を捕まえて痴漢とはひでえな」

 仕事帰りなのかと思ったけど、妙なアロハシャツを着ていたので、さすがにそれはないと思いたい。若者ならともかく、いや若者でもあれだけど、四十過ぎの松浦さんがこの格好で職場をうろうろしていたらもっとあれだ。お堅いところだろうし。

「疑われたくないならまともな服を着なさいな」

「昔、彼女とハワイに行って買ったんだよ。高かったんだぜ」

「帰国してすぐ振られたんでしょ。それのせいかもよ」

「やっぱりイタリア旅行にすりゃよかったな」

 こんな風体だが、松浦さんは、都内に自前の事務所を構える、れっきとした弁護士だった。司法試験に受かったものの、学生時代の素行が悪すぎて宮仕えできなかった、というのがお決まりのネタだが、真偽のほどはさだかでない。

「おまえこそ、葬式帰りみたいじゃないか」

「ああこれ?」その日のわたしの衣装は、フレアスリーブの黒いワンピースだった。「いいじゃない、怪談っぽいでしょ」

 デビューしたばかりの頃は、和服をよく着ていた。イベントの主催者などに、そのほうが雰囲気が出る、となかば命じられてやっていたのだけれど、とにかく着付けが面倒だった。最近は衣装に口出しされることもなくなったので、これ幸いと着ていない。

 スカートのすそを持ち上げたまま、ひらひらとポーズを取るわたしを見て、松浦さんは呆れたようにため息をついた。それから、ふと思い出したように言った。

「そういや、こないだの、朝起きたら串刺しになってた事件とかいうの、ありゃなんだ?」

 串刺し人形の森にまつわる事件の噂について、松浦さんに頼み事をしていたのを、わたしはすっかり忘れていた。松浦さんにはときどき、無理を言って昔の事件や事故のことを調べてもらうことがある。弁護士の仕事を長くしていると、警察やマスコミにもいろいろパイプがあるようだ。といっても、さすがに内部資料を持ち出してきてもらうような真似はできないが。

「なんでもない」わたしはスカートを手でぽんと払った。「そういう話を聞いたから、本当にあるのかと思って」

「あるわけないだろ」

「意外。オカルト絡みならなんでも信じてると思った」

 松浦さんは、わたしと違って、幽霊だのようかいだの死後も残る情念だの、素朴に信じるタイプだ。それが弁護士の資質にかかわらないかずっと不安なのだけれど、いちいち疑わないことが大切な場面もあるのだろう。

 わたしと松浦さんは連れ立って歩き、どちらからともなく、開いていた喫茶店に入った。腰を落ち着けて早々、松浦さんが言った。

「それにしても、出番があるなら教えてくれよ」

「急に入った仕事なの。飛び入り参加みたいなものだし、忙しいと思って」

 松浦さんは、わたしがデビューした頃から、イベントがあると呼んでもいないのによく駆けつけてくれていた。

「今日はどの話をしたんだ?」

「いつものやつだよ。こっくりさんの話」

「ああ、あれか」

 わたしの答えを聞くと、松浦さんは腕を組んで、渋い顔をする。

「おまえ、まだ人が死ぬ話を集めてるんだっけな」

「そうだよ。この話はちょっと使い勝手が悪すぎるから、わたしの目的に使うつもりはないけど」

「いい加減、あきらめるって選択肢はないのか?」

 今度はわたしがむっとする番だ。

「ないよ。その話はさんざんしたでしょ。やめたら、また手首を切るかもよ。それでもいいの?」

「わかった、わかった」松浦さんは軽く両手を上げて、わざとおどけた表情を作った。「この話はやめだ、お互いにな」

 松浦さんがわたしのことを大切にしてくれているのは痛いほど伝わっている。だから、口を挟んでも決して一線は越えない。あの頃、わたしに同情したり、施しをしようとしてくれた人はたくさんいたけど、わたしが彼らの想像するような「かわいそうな子」ではなかったから、みんな離れていった。当たり前だ。わたしはかわいそうな子ではない。そして、それをわかってくれるのは松浦さんだけだった。

「それに、こっくりさんの事件を最初に怪談にしたときだって、松浦さんが手伝ってくれたんじゃない」

「あれはおまえが、人気が落ち目でもっとえげつない怪談をやらないと干されて捨てられる、なんて噓を吹き込むから、仕方なくだ」

「噓じゃないよ。というか、人気が落ち目だなんて言ってないし」

 こっくりさんの怪談の元になった話は、昇がどこかから見つけてきて教えてくれたものだ。なんでも、彼には三つ年下の妹がいるらしく、いろいろなオカルト話を仕入れてくるらしい。その中のひとつがこれだった。

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