第6話

 昔のことを思いながら手を動かしていると、あらかた掃除も終わった。わたしは日課の情報収集に取り掛かる。美人女子大生怪談師の鮮烈デビューから早七年。かつては過激な親衛隊がいたるところに現れてひんしゅくを買っていたものだが、そういった連中は若い子にくらえしたのかすっかり鳴りを潜め、なおも残るコアなファンたちだけが全国のマニアックな情報をメールで送ってくれている。今日は三件だ。

 一つ目、ひとりで夜中に組み立てた紙の箱から鬼が出てきて殺される話。

 二つ目、二枚の鏡を経由して人形の顔を覗くと死ぬ話。

 三つ目、ミネソタ州の森の中に住んでいる人食い魔女の話。

 ミネソタは遠いので論外として、箱と人形は見込みがあるかもしれない。そう思って中身を確かめたら、すでに知っている話だった。ラストでだれか死ぬ怪談、とジャンルを絞り込んでいるから、よくこういうことが起きる。

 ただ、念のためデータベースを確認すると、前に集めたものとは違う土地の話のようだ。これもありがちな現象だ。自分の体験談を脚色するために、有名な話のディテールを流用したり、あるいは逆に、仕入れてきた話を披露するにあたって、身近な場所に引き寄せて語ったり。たとえば、幽霊が子供を育てるために夜な夜なあめを買いに来た、という古典怪談があるが、その買いに来た店というのが当店です、とする飴屋は全国にいくつかある。

 とはいえ一応、新しいほうの話も、データベースに加えておいた。実際、怪談と呼ばれるものの九割九分は噓か錯覚なのだろうけど、噓をつくときはちょっとくらい事実も混ぜておくものだし、まして百通りの噓の中に必ず変わらない要素があったら、それは何かしらの真実を反映していると思いたい。

 その日、予定していた仕事は滞りなく終わり、次の怪談集の原稿の準備などに取り掛かっているうち、気づけば夜の七時を過ぎていた。昇と店で会う約束をしていたことを思い出す。場所は事務所から歩いていける小さな居酒屋で、とくにこれといった名物もないのだが、店主が極度の宇宙人好きだった。リトルグレイの話をしつつイカ刺しを出されても喜ぶ客は多くない。つぶれる寸前のところをわたしが見つけ、足繁く通っている。

 中に入ると、昇はもうカウンターに陣取って、店主とのオカルト談義に花を咲かせているところだった。

「あ、丹野さん。ちょうど今、怪談業界について話をしてたんですよ」

「テレビに出るような怪談師ってレプティリアンが多いでしょう。あたしはね、顔を見たらわかるんですわ」

 興味深い話題だったが、ノーコメントで済ませた。この店主はテレビに映る著名人のことを例外なく宇宙人のスパイとして疑っているのだが、壁の隅にうすぼけたサイン色紙が飾られているのを見る限り、なかようのことだけは信頼しているらしかった。

「ぶり大根は頼んでおきましたから」

「ありがとう」

 彼はわたしの好物を覚えていた。

「ぼくは唐揚げにしよう」

ひややつことかにしといたら?」

 わたしは彼のふっくらしたお腹を見て言った。付き合っていた頃より一回り大きくなった気がする。しかし彼は取り合わなかった。博士課程に進んだらどうせせるのでちようじりが合う、というのがその理由だった。

 ビールで乾杯し、軽く近況などを話し合ったところで、彼が本題に入った。

「おじさんの死亡記事、見つけましたよ」

「本当?」頼んだのは今朝なのに、もう見つけてきているとは思わなかった。「早すぎない?」

「人を捜すのは得意なんです。コツがあるんですよ。ただ名前で検索するだけじゃなくて、SNSから知人の線をたどったり、『誕生日おめでとう』みたいなメッセージを見つけて、生年月日にあたりをつけたり」

 詳しい手法を説明されても理解しがたい。いずれにせよ敵には回したくないタイプだ。

「まあ、このおじさんはそこまでしなくても済みましたけどね。交通事故だったので」

 その言葉を聞いて、わたしの表情がこわばったのを察したのか、昇は手に持っていたコピー用紙を引っ込めた。たぶん新聞記事の切り抜きか何かだろう。

「すみません、概要だけお話ししますね」

「いいの、気を遣わないで続けて」

「単独事故です。サイドブレーキを掛け忘れた車が坂道で動き出して、それと塀との間に挟まれて亡くなったとか」

 痛ましいことに違いはないが、それだけならよくある事故だ。

「フェイスブックのアカウントも見つけました。例の、金魚の釣り堀で撮った写真もあるので、ご本人だと思います。釣りが趣味だったようで」

「でしょうね」

「海釣りをしている写真もありましたよ。場所は静岡県のかま市だそうです。なじみの船宿があったみたいですね」

 わたしには彼の言わんとするところがすぐにわかった。

「そこに釣り上げると死ぬ魚がいたってこと?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る