第7話

「少なくとも、話を仕入れたのはそのあたりの可能性が高いんじゃないでしょうか」

 スマートフォンで検索してみる。釜津、釣り上げると死ぬ魚。これだと出てこない。わたしはキーワードを少しひねった。釜津、怖い魚。

「あ、一個だけあった」

「見せてください」

 検索にヒットしたのは個人のブログだった。どうやら釜津在住の筆者が地元の名所や言い伝えなどを紹介しているらしく、その中に「だいあんこくの恐魚伝説」という題名の記事があった。


 昔、釜津の大安国寺という寺に、こう和尚という、それは徳の高い住職がいらっしゃいました。

 ある雨の日、村の男たちが大騒ぎしながら寺の境内にやってきました。聞けば、三尺ほどもある魚が海に現れて、漁師の腕にみついたということでした。寺の者が手当てしようとすると、嚙まれたところはおどろおどろしい色に変わり、ひどい悪臭がしていたといいます。

 結局、この漁師は片腕をなくしてしまいました。

 これは魔性の魚に違いない。急いで退治しなくては。漁師たちは口々にそう言いました。

 和尚は村の男たちを引き連れ、浜に向かいました。そこで和尚が念仏を唱えると、風雨はますます強くなってきます。水平線から黒雲が湧き上がったかと思えば、激しい稲光があり、幾人かは恐れをなして逃げていってしまいました。

 するとそのとき、くだんの怪魚が海から現れたのです。怪魚は水面から大きく跳ね上がるなり、和尚に飛びつき、食いかかろうとしました。和尚を囲んでいた漁師のひとりがすかさずもりを打ち込み、怪魚の動きを止めましたが、なおも魚は和尚の鼻先わずかのところまで近寄ると、鋭い歯の並んだ口をぱっくり開きました。

 魚は、そこで和尚に向かって何事かささやきました。漁師たちが銛を引き抜くと、怪魚はもんどり打って飛び、また海へ消えていったということです。

 次の朝、海はおだやかで、昨日の出来事がまるで噓のようでした。けれども村は大騒ぎでした。浜に打ち上がった怪魚の死体が見つかったからです。

 言い伝えられているところによると、その魚にはうろこがなく、顔のあたりにとげがあり、目は人のそれに似ていたとのことでした。

 和尚は魚の口から聞こえた言葉の内容を決して余人に語ろうとしませんでした。ただ、和尚の臨終に立ち会った弟子のひとりによれば、その魚は和尚の前世の名前を知っていた、とのみ、師の口から聞いたそうです。

 ちなみに、この魚のがいは骨だけになって、今もこのお寺にある、ということでした。


「なるほど、ちょっと似てますね」

 スマートフォンをわたしに返しながら、昇はそんな感想を口にした。

「おじさんの話の元ネタはこれかな。釣り上げると死ぬ、というところは釣り人ならではの脚色で」

「しかし、この話だと、魚はもう退治されてるんでしょう?」

「魚なんだから、同じ種類のやつがいっぱいいてもおかしくないよ」

「それに、だれも死んでないですよね。和尚は寿命っぽい書き方ですし」

「和尚は釣ってないからね」

「そうでしょうか。浜で念仏を唱えて魔物をおびき寄せる、というのは、広く見れば釣りに含まれるのでは……」

 しばらく議論が続いたけれど、結局のところ、この話一本だけでは何もわからない、という結論に達した。

「もし、この話を元ネタにして『釣り上げると死ぬ魚』の話を作ったのが例のおじさんではないとすれば、同じ話を知ってる人がほかにもいるはずだよね」

「その可能性は高いでしょうね」

「行くか、静岡」

 さっそくスケジュールを確認し、新幹線のチケットをオンラインで購入する。昇とふたりで遠出するのは久しぶりだった。別れる少し前、四国八十八箇所霊場の中のとあるスポットで確実に人を殺せる呪いが伝わっていると聞き、旅行がてら現地まで出かけて以来だ。

 そういえば、その旅行の帰り道に大げんをした。わたしはそもそも他人と喧嘩なんかしないタイプだから、これは異常なことだった。でも原因を思い出せない。喧嘩の原因は得てしてそんなものだが、気にはなる。

 わたしが急に黙り込んだことに気づいて、昇が首をかしげる。

「どうかしました?」

 あのとき喧嘩したけど原因はなんだっけ、という意味のことを尋ねると、彼は露骨に嫌そうな顔をした。

「そんな話、今することですか?」

「だって」

「価値観の相違ですよ」

 と、昇は意味深なことを言うだけで、答えは教えてくれなかった。

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