第3話

 この場所は、一部で「串刺し人形の森」などと呼ばれている。ここに悩みを抱えて人形を刺しに来る人間もかなりの数がいるようだが、もっと多いのは、単にそれを見に来る人間だ。そして怪異に巻き込まれたと主張するのも、後者の人間が多い。たとえば、こういう感じの話だ。

 若者の集団が、肝試しと称して、この場所を訪れる。そして串刺しの人形たちを発見する。若者たちは故意に、または偶然によって、串刺し人形を壊してしまう。ここで、人形たちが一斉に彼らのほうを見た、という展開を入れているものもある。

 彼らはおびえるが、それ以上は何事もなく帰宅する。ところがその夜になって金縛りに遭い、ふと気がつくと、ベッドに横たわった自分自身の体の上に、串を携えた人形が何体もい上がってきている。

 人形はその串で、体験者の手足を順番に刺していく。そのたびに焼けるような痛みを感じる。そして最後に顔を刺される、というところで、恐怖のあまり目をつぶる。だが何も起こらない。やがて金縛りが解け、おそるおそる目を開けてみると、人形が消えている。

 翌朝、一緒に森へ行った仲間たちと連絡を取ってみると、全員が同じ体験をしている。しかし、ひとりだけ連絡がつかない。それはあのとき、人形を壊してしまった張本人だった。やがて、その人は遺体で発見される。その顔には巨大な串が突き刺さっていた……。

「金縛りって、要するに夢でしょ?」

「まあね。合理的に考えたら、昼間に見てショックを受けた人形の姿が、夢に出てきたというだけ」

「顔に串が刺さってたのは?」

まつうらさんに調べてもらったの。朝、顔に串が刺さった状態で見つかった変死体はあるか、って。ないみたい」

「じゃあ噓じゃん」

 そう言われると返す言葉もない。たしかに、そんなショッキングな死に方をした人がいたなら、もっと話題になっていてしかるべきだ。

「でもほら、落ちを盛ってるだけで死んだこと自体は本当かもしれないでしょ」

「そうかなあ」

「とにかく、試してみようよ。せっかくここまで来たんだから」

 口では不満を言いつつも、カナちゃんはやる気らしい。楽しそうに人形の品定めを始めた。わたしはスマートフォンを取り出してパシャパシャと周囲の写真を撮る。職業柄、こういうものは撮っておくに限る。スカイフィッシュでも写ればもうけものだ。

「これにする」

 そう言ってカナちゃんが指差したのは、肌色のプラスチックでできた人形だった。もともとは服を着ていたはずだが、今は全裸になっている。栗色の髪の毛がはさみで不揃いに切られているところを見ると、服もわざと脱がせたのだろうか。胸のあたりに工具で穴を開け、そこに木の枝を通した状態で地面に突き立てられている。かわいらしい人形の面影はなく、塗装のはげかけた目だけがうつろに空を見つめていた。

 カナちゃんは、しばらくその人形の前でたたずんでいた。わたしは、そんな彼女の横顔もパシャリと撮った。

「なんで撮ったの」

「ちゃんと記録しなきゃ」

 昔、炭鉱で働く人たちは、坑道にカナリアを連れて入った。カナリアが死んだらそこに有毒ガスがまっている証拠だ。この話は、ただの伝説だとも言うけれど、わたしは彼女にそう名付けた。カナリアのカナちゃん。なぜならわたしにも、この子を使って確かめたいことがあるから。

 本当に怪談で人が死ぬかどうか。

「よし、やるか」

 わたしは、持っていた杖代わりの枝をカナちゃんに手渡した。彼女はそれを両手で握り、足を軽く開いて人形の前に立った。意外と本格的なフォームだ。

「野球やってた?」

 彼女の長い焦げ茶色の髪がふわりと広がる。

「やっ、てま、せーん!」

 その掛け声とともに、きれいなフルスイングでプラスチックの頭が砕けた。

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