第12話

 

 俺は言われるまま、所員について走りながらあの微笑の事を考えていた。。

何故だろう、あの微笑を思い浮かべると切なくて、言葉に出来ない胸の痛みを感じた。

そう言えば、あいつは普段もっと歪に笑うのだ、少し斜に構えたように。でもあの笑顔は整っていた。そして俺は、あの微笑みを過去にも一度見ている。


そうだ、あれは六花の葬式の後、二人で斎場の煙突の煙を眺めていた時だ。

隼人は抜け殻になっていた俺に、科学オリンピック出場を辞めて寄り添ってくれていた。


 憎むべき犯人は俺が殺していた。だから、俺のこの怒りを何処へも向けられずに苦しんでいた。やり場の無い怒りはただただ己に向かっていっていた。

 俺は寝食を忘れて日々、事件を反芻はんすうしていた。『俺はどうすれば六花を救えたのか?』そのことが常に頭にあった。

そして最後の六花の表情だけが鮮明に脳裏に浮かび、後悔、懺悔、悲しみ、全ての感情に飲まれていた。


 そんな時だった。「啓介、六花は残念だったが、終わったことだ。正直俺は、お前だけでも助かって良かったと想っている。お前は生きている、こんな時に不謹慎だがラッキーだと思え。宝くじでも当たったと。」と言って微笑んだ。

妙に整った微笑だった。俺は一瞬聞き間違いかと耳を疑った。隼人はこんな発言をする奴じゃない。

「え?」

「だからさ、お前は命が助かってラッキーだったな。」

「はぁ?ラッキーってなんだよ!不謹慎だろ。六花が死んでいるんだぞ。間違ってもそんなこと口にするな。」

そう言って隼人の胸ぐらをつかんだ。

「だって、六花はお前を助けたかったからお前を庇った。お前だけでも助かって欲しいと願っていたからだろ。」

気付くと俺は隼人を殴っていた。

「そんなこと、わかっている。」そう呟いて地面にうずくまった。

そして六花が亡くなって初めて涙を流した。泣き叫ぶ俺に隼人は「泣けるだけ泣け、それは理不尽に大切な人を奪われた者に与えられた権利だ。」と言って抱きしめてくれた。


 月日が経ち俺は気付いた。あの時の言葉は隼人の優しさだったと。心にも無いことを言い、俺の怒りの矛先を隼人に向けさせた。おかげで俺は涙を流せたのだ。あの時俺は初めて六花を喪った悲しみを実感できた。

昔から傍で、俺が苦しいときに手を差し伸べていてくれたのは、隼人だったのだ。


 俺は咄嗟に足を止めた。

前を走っていた所員に聞いた。「何故、隼人は警察におわれてるんだ?」

職員をチラリとこちらを見て溜息をついた。

「あなたを助けたためですよ。博士はタイムリープを私的に使用した罪で政府に追われているのです。」

やっぱり・・・

「すみません。俺、隼人のとこに戻ります。皆さんは逃げてください。」

そう言って俺は全速力で実験室の部屋へ向かった。間に合ってくれ、頼む。

俺はもう二度と大事な人を失いたくはないんだ。そんなに長い距離ではないはずなのに、走りながらひどく長く感じた。

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