第9話
どの位経ったろうか、雨音で目が覚めた。誰かの気配を感じている。
ぼやけた視界が少しずつ鮮明になっていくと、懐かしいシルエット、隼人だ。
彼は外を見ていたが、俺に気付き傍に座った。
「は・・・」声を出そうとするが声が出ない。
「気分はどうだ?頭痛や吐き気があるか?」
俺は、僅かに動く頭を横に振った。
「声が出ないのか?」頷いた。
「薬の影響かメンタル的なもか、取り敢えず検査してみよう。」
俺は不安そうな顔をしていたのだろう。
「大丈夫だよ、啓介。一時的なものだよ。」そう言って隼人は微笑んだ。
何故だろう、隼人の僅かな笑顔と雨音はとても心地良く俺に響いた、そして束の間の安息をもたらした。
まだ眠りたくなくて、何とか意識を保とうとした。しかし、強制的に無意識下へと引きずり込まれ俺はまた目を閉じた。
目を閉じる瞬間、隼人の唇が何か言葉を紡ぎ出しているように見えたが、俺の耳には届かなかった。
気が付くとベッドの上だった。また精神病院か?と思ったが、隼人が横に座っていた。彼はやはり心配そうな顔で俺を見ていた。
俺は隼人を安心させたくて、笑顔で「よう」と言った。
隼人は「声が出たな、良かった。痛むとこ無いか?気持ちが悪かったりは?」と畳みかける。
「おいおい、落ち着けよ。大丈夫だ。」
ほっとしたように、微笑んで隼人は「良かった。」と息を吐くように言った。
そして絞り出すように「啓介、すまない。やっぱり運命を変える事はできないんだ。神の領域だ。何度やり直しても六花はあの夏死んでしまう。」
「なんで?あの時六花は刺されなかったじゃないか。」
「その時に亡くならなくても、あの夏中には必ず訪れる。」言葉を詰まらせた。
「俺の研究では、物事には、歴史に大きく干渉する出来事とほとんど干渉しない出来事がある。干渉しない出来事は変えられる。でも歴史に大きな影響を与える出来事は何度やり直しても変える事が出来ない。六花が死ぬ運命は変える事は、歴史に干渉してしまう事だと思う。」
「何言ってんだ隼人。六花が死なない道はあるはずだ。俺がやり直ししたのは、たった二回だ。まだまだ、方法はあるはずだ。」
「いや、啓介はもう何度もやり直している。お前が忘れているだけだ。
最近、変化というか違和感?を感じる事が何度もあっただろ。それはお前がタイムリープしていた証拠だ。過去から戻る度に、変化した過去が微妙に現在に変化をもたらしたためだ。」
最近のおかしな違和感の理由はこれだったのだ。理由が分かって安堵した。
「思い当たるって顔だな。」
「ああ、確かに。違和感があったよ。」
「だろ、その違和感が最近大きくなって来ていただろう。それは過去でのお前の行動の変化が現代に大きく影響を与えはじめたと言うことだ。
これ以上の変化はマズイ。世界がお前を邪魔な存在と認識したら、歴史から排除されるぞ。今回のタイムリープでお前はあの男を刺した後、精神病院送りになった。これは今までとは違う、警告だと思え。」
俺は頭では理解し始めていた。そして何よりこれ以上、他人の運命に影響を与えることは不本意だった。でも心が追いついかないのだ。イライラした俺は感情を爆発させた。
「嫌だ、俺は六花を助けるんだ。何度だって、なにしても。
お前もそうだろう、六花を助けたくて俺を過去に戻したのだろ。」
俺と対照的に落ち着いた隼人は
「俺は違う、お前のためにタイムリープの研究をした。お前が自分の人生を歩むために。あのままだと、お前はずっと人生を歩むことから逃げ、ただ時を傍観するだけだ。」
隼人は哀憐を帯びた目で俺を見つめ、ゆっくりと言葉を発した。
「確かにきっかけは六花の死の回避だった。しかし、変える事ができない運命だと知った時に変わったんだ。啓介が、やり直す中で六花の死が回避できない事と受け入れ、前を向いてくれる事を望んだ。」
「受け入れることが出来るだろうか?俺はまだ諦めることは出来ない。
頼む、あと一回だけやり直させてくれ。」
「啓介、お前は知らないと思うが、ノーリスクで何度の時を遡っている訳ではない。
その度に現在のお前自身の時を削っている。命を削っているってことだ。何度も繰り返して良いことではない。これが最後だ、約束しろよ。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます