第8話

 次に目が覚めると、白い天井、白い壁。殺風景な部屋に言いしれぬ不安を感じた。

ベッドから重い躰を起こし、辺りを見回した。

窓があったが、鉄格子がはめられている。扉から出ようとしたが、外側から鍵が掛けられているのか、開く気配がない。

部屋には不似合いな大きな鏡、マジックミラーだろう。鏡の前に立ってみた。あれ?高校生じゃない、見慣れた今現在の俺の顔だ。ただ髪の毛が坊主にされている。

何故こんな所にいるかさっぱり思い出せない。そして、さっき迄の高校生の記憶は夢だったのか?夢にしては生々しすぎる感覚に、自分の手をみつめた。


 ドアの鍵の開く音、見ると看護師だろうか?男性が入ってきた。

「森山さん、調子はどうですか?お薬の時間ですよ。」

彼は口元で笑顔を浮かべているが、目はまったく笑っていなかった。

闇深いその目は、完全に俺を否定していた。

「薬?ここは精神科ですか?僕は何故ここに閉じ込められているのか教えて下さい。」

「その話は、先生の診察で聞い下さい。」

「では、先生を呼んで頂けますか?記憶が混濁しているようなので。」

「伝えておきますよ。取り敢えず、お薬飲みましょう。」看護師の逆なでするような口調に苛立ちを覚えた。

「診察も無い、薬の説明も無い。これで僕が納得できると思いますか?取り敢えず、薬はそこに置いておいて下さい。」

男はわざとらしく溜息をつき

「心を落ち着かすお薬です。今、飲んで下さい。服用時間が決まっていますから。」

「先に主治医と話をさせて下さい。薬はその後服用します。」

「まずは、お薬を飲みましょう。気持ちが落ち着きます。話はそれからゆっくりしましょう。」口元には薄笑いをうかべたままだ。

「その薄っぺらな笑顔を止めてくれ。気持ち悪い。」思わず声を荒げた。

看護師は、マジックミラーに向かって合図を送った。

直ぐに数人の看護師がやってきて俺を取り押さえた。どいつもこいつも仮面を被ったように表情がない。

抵抗する俺に、「素直にお薬を飲んで頂けないので、注射にしますね。」

相変わらず、薄笑いで言った。数人の男に取り押さえられ、抵抗にも関わらず注射が打たれた。

俺は遠ざかる意識の中、看護師の薄笑いの顔が醜くいびつに、蔑むような表情に変わっていくのを見た。


 しばらくして、頬を叩かれ目を覚ました。

「おい、啓介起きろ!」

混濁した眠りを漂う中、無理矢理に引きあげられた意識は朦朧としていた。

定まらない焦点で見たのは、隼人の顔だった。

「隼人?」

「正解。取り敢えず、ここから出るぞ。説明は後だ、時間がない。これに着替えろ。」

俺は言われるまま、着替えたが薬のせいでフラフラだ。

隼人に支えられながら外に出た。

建物を出て振り返ると、やはり精神病院だった。横付けされた車に乗った直後に、俺はまた眠りに落ちた。


「静かに、ゆっくり運んでくれ。」隼人の声だ。

瞼を開けようとするが、微動だにしない。ただ、ストレッチャーに乗せられた感覚は何となくあった。しかし覚醒すことはできず、再び眠りに落ちた。


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