最終話 雲と泥
俺たちは事務所を出て、とくに行くアテもないが、とにかく都会の喧騒から解放されたいと思い、ひたすら郊外を目指して車を飛ばした。
いつもなら走り出してしまうと寝ている怜が、今日はひたすら外を眺めている。
とても話しかけられるような空気ではない。
そう思っていると、怜が口を開いた。
「仁さんは、私のどこが好きですか?」
怜が言った。
好き、、それは愛嬌があって可愛らしい怜ちゃんが好き、、。
それじゃあダメなのか、それではただのオタクの感想だ。
怜ちゃんは俺にどんな事を言って欲しいんだろうか。
俺が困って黙り込んでいると、怜が続けた。
「本当の想いを聞きたいです、何でもいいので」
怜は言った。
本当の想い…か。
「正直、俺は怜さんとはまず巡り合わない、って思っていました。だけどたまたま仕事を一緒にできて、こうやって一緒にいてくれる時間があって、、でもその反面、俺みたいなやつが怜さんなんかと一緒にいていいのか、とも思っていました」
俺は一息つくと、続けた。
「俺が勝手に作った壁で、自分自身の首を絞めているって、今日葉山が言ってくれた事でようやく気付きました。遅すぎますね…。
今は1人のオタクとして、推しを応援する、ではなくて、1人の人間として怜さんが好きだ、大好きだ、と思ってます」
俺は少々セリフがクサいかなとも思ったが、本心だから仕方ない。と自分自身に言い聞かせた。
怜はしばらく黙っていたが、
「嬉しいです」
怜はそう言うと、続けた。
「私も、ステージに立って人を喜ばす事しか考えてきてなかったので、恋愛感情というかなんと言いますか、そう言う気持ちは今までよくわかりませんでした。でも、仁さんといると本当に色んなところでドキドキすると言いますか、、とにかく、上手く言えないけど、私にとって仁さんは必要な存在だって、感じています」
怜は一つ一つ丁寧に言葉を選んでいるようだった。
必要な存在、、、。
たった五文字だが、俺の心にはしっかりと沁みるほどの力があった。
ここで、改めて言うぞ。
「怜さん」
俺が言うと、怜はこちらを見た。
「俺の、、いや、俺と付き合ってください」
俺は言った。
「はい、私からもお願いします」
怜はようやく笑顔になって言った。
俺がわかりやすくほっとしたような様子を見せると、怜が続けて言った。
「もう、公表していいですか?本当のこと。応援してくれているファンの人に嘘だけはつきたくないんです」
そうだな、、誰が何と言おうと怜は俺の恋人だ、嘘をつく必要はない。
すっかり冷え込んだ冬のある日、俺は心の中に守るべき大きなものが宿ったような気がした。
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