第11話 色恋体験 前編

あの夢のような日から、2週間ほど経って、世間はすっかりお正月ムードだ。


律儀で家族思いの怜は、実家がある鹿児島に帰省した。いや、律儀というか、正月は基本帰省するものだが。


俺は正直家族仲があまり良くなく、実家は東京にあるが、このお正月も何かと理由をつけて帰省はしなかった。


怜が東京に戻り、今日はたまたま2人の予定があったので、少し遠出をして、田舎で美味しい空気を吸おうというなんともシンプルだが幸せそうなデートの約束をした。


実は世紀の大告白をした後、俺は家に帰って猛反省をした。いくら雰囲気が良かったとはいえ、まだ一回しかまともに会っていない人と交際するっていうのはいかがなものか、と。


まあ俺が女性経験が無さすぎて、色々怖かったって言うのが本音だが、まずお友達という肩書きからスタートしようということになった。


そこに恋心があれば友達も恋人も同じような気もするが。


と、俺が車で音楽を流しながら、いろんなことを考えていると、助手席のドアからノック音が聞こえた。


窓の外を見ると、怜がニコニコしながら手を振っていたので、俺は鍵を開けてあげた。


「おはようございます、お待たせしました」


怜が車の中に入ってきた。寒そうに身震いしている。


改めて隣に座っているお姫様をまじまじと見つめた。


今日は髪の毛をお団子だ。フカフカのトレンチコートの中に、暖かそうなセーターを着ている。


そして、、胸元にお山がふた…。



「どうかしました?」



怜がこちらを見て言った。


いけねーいけねー、ぼーっとしてた。


「い、いえ、じゃあ、行きましょうか」


俺は車を出した。


今日は木曜日、平日ということもあり、下道も高速もガラガラだ。


怜は周りの景色をずっと眺めている。


「やっぱり、自然はいいですね、私の実家、周りは自然がいーっぱいで、小学生の頃は近所の子と良く服をびちょびちょに汚して遊んでました」


怜は懐かしそうに話した。


俺はこれと言った幼少期エピソードもなかったので、うんうん、と相槌を打ちながら、楽しそうに昔話をする怜を横目に車を飛ばした。


中央道を西へひたすら走り、東京から山梨に入ってすぐのSAで車を停めた。


すると、先程のガラガラ道路とは裏腹に、SAは里帰りを終えた人たちでごった返していた。


2人で繁忙期のテーマパークのような人混みをかき分けて歩く。


「じゃあ、私、お手洗い行ってきます。この人混みなので、車で待っててください」


怜はそう言うと、長い列を作っている女子トイレ待ちに並んだ。


俺もトイレをささっと済ませると、車に戻った。


車の中で流れ行く人を見ながら、ぼーっと考えた。



付き合うってなんなんだろう。



俺は高校3年生の時に、初めての彼女ができた。隣のクラスの女の子だ。その子とは受験生にも関わらず予備校が同じと言う理由で仲良くなり、自然と恋人になっていた。


恋人とは言っても、予備校の授業が終わると、最寄りの駅まで一緒に帰ったりするだけだった。


手を繋ぐことも、ハグすることも、ましては甘い口付けなどもってのほかだ、俺みたいな男子には一生無縁のお話だと思っていた。


その子とは特別なにかきっかけがあったわけではないが、受験が終わり、お互い予備校に用が無くなると、自然とその関係は解消された。


俺の色恋エピソードはそれだけだ。


しかし恋愛経験がほぼゼロの俺が、今、どういう風の吹き回しかわからないが、推しと一緒にデートしている。


推しは推しでも相手は元グローバルアイドルだ。怜は日中韓のアイドルを夢見る少女が集まり、激戦のオーデションを制して、晴れてデビューしたアイドルグループのメンバーだ。


華やかで、選ばれた人類しかいけない世界なので、それなりにスペックの高い男との交流はあったはずだ。しかし怜のスキャンダルや色恋沙汰が表に出たことは一切なかった。


そんな怜が貴重なプライベートの時間をどうして俺に割いてくれるのか本当にわからない。俺がただ夢を見てるのか、また怜に下心があり俺に接触しているのか。


でも俺は彼女の愛らしい笑顔を見るたびに、怜は純粋でまっすぐな女性だと信じていた。というか信じたい。と思っていた。


そんなことをぼーっと考えていると、助手席のドアが開いた。



「お待たせしました」



怜が入ってきた。手には何か袋をかけている。


怜は自分の手に掛かっている袋をゴソゴソやると、カレーパンを俺に渡してくれた。


「これ、そこのお店で買ってきました。有名なお店らしいです」


怜はそう言うと、カレーパンにかぶりついた。美味しそうに足をバタバタさせている。


俺は、ありがとう、と言うと、怜と同じように豪快にかぶりついた。


うまい、、、。


普通に美味しいカレーパンだが、怜ちゃんが買ってきてくれた、というだけで美味しさ激増であった。


少々重めの軽食を平らげると、俺はまた目的地に向かって車を走らせた。


道路は山間部に突入し、気温も下がってきた。


怜は昔話は充分話しきったようで、また景色を眺めている。


俺がなんか、話さないと…


怜ちゃんに聞きたいこと、、聞きたいこと。


俺と一緒にいて、何が良いんだろう。


俺のことどう思ってるんだ、怜ちゃんって。


でも、怜ちゃんなら気を遣って、俺に優しい言葉をかけるに違いない。


でも、聞いてみるだけ聞いてみるか。


「あ、あの」


俺は言った。


怜がこちらを見る。


俺は静かに唾を飲んだ。言うぞ。


「怜さんは、僕のこと、どう思ってくれてますか?」




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