第9話 怜の人生

俺はリビングのソファに座り込み、先程の出来事のことをずっと考えていた。


よくよく考えたら、お姫様抱っこして、推しを運ぶとか、ドラマの見過ぎだ。


俺は急に自分のしたことが恥ずかしくなった。


もうこの場所から逃げ出したい気分だが、逃げ出したら逃げ出したでもっとやばいことになりそうだ。


起きてきたら正直に謝る…か。


俺は大きくため息をついた時、ベッドルームから物音が聞こえた。



やばい、今度こそ起きたか?


まあいまさら焦ったところでどうしようもないが。


予感は的中し、リビングの扉が開く。怜が入ってきた。


「あ、宮下さん、すいません、私寝ちゃってたみたいで、、いつの間にか寝室に…」


怜が恥ずかしそうに顔を赤らめた。


あれ、、?気づいてない??


いや、誤魔化しちゃだめだ。言わなければ。


「あ、あの、すいません、、風邪、引くかと思って、、勝手に、、部屋入ってしまって、、あの、本当にごめんなさい」


俺は、怜の顔を見るのが若干怖かったので、かなり深く頭を下げた。


「いや、やめてください、頭上げてください、お陰様で、助かりましたから」


頭の上から怜の優しくて可愛らしい声が聞こえる。


俺は頭を上げると、怜が続けた。


「あ、あの、こちらの都合にばかり振り回してしまって、申し訳ないのですが、私、これからラジオの仕事があって、今日はここで、お開きでもいいですか?」


怜が申し訳なさそうにこちらを見て言った。


お開き…。あ、終わりってことか。


「あ、はい、わかりました。今日はありがとうございました」


俺は言った。


「いえいえ、こちらこそありがとうございました。家まで来てもらってしまって、今日は、本当に楽しかったです」


怜がニコニコしながら言った。


おそらく人生で2度とこんな夢のような事はないであろう。


まだ夢を見続けていたい。


何か、、できないかな。


「あの、仕事場まで、僕が送りましょうか?」


俺は真剣な顔で怜を見て言った。


いや、不自然、、か、さっきも変なことしちゃったし、、もう俺、、変なことばっかり。


「え、本当ですか?いや、でも、、」


怜が申し訳なさそうに言った。


いける、もう一押しだ、、やるぞ、俺。


「いや、僕のことは全然気にしないで下さい。今日、人生で1番楽しかったですから、お礼をさせてください」


うわぁぁ。言ってしまったよ、、もう今日の俺やばい。なんか、こう言うこと言うのに慣れてないから全部変に聞こえる。


「じゃあ、お言葉に甘えて、お願いしても良いですか?本当にありがとうございます」


怜が言った。


よっしゃああああ。


俺は嬉しさでガッツポーズをしたかったが、ぐっと堪えた。


「じゃあ、先に車、回しておきますね」


俺はそう言い、怜に一礼し、怜の家を出た。


外は、すでに真っ暗で、手を繋いで歩くカップルがたくさんいた。


まるでそのカップルの仲間入りのような高揚感を抱えながら、駐車場に向かった。


駐車場で10分ほど待っていると、入り口に人影が見えた。帽子とマスクをしていて、目元しか見えないが、おそらく怜ちゃんであろう。


怜は車の近くに来ると、手を振った。


俺もニヤニヤしながら手を振り、車を降りて、助手席に怜を乗せてあげた。


「お待たせしました、じゃあお願いします、JBSラジオです、恵比寿駅の近くです」


怜は車内に入ると、住所を教えてくれた。


「わかりました、では、行きます」


いつも乗ってる車だが、今日は助手席にお姫様がいる。運転にも力が入る。


夜の街に出ると、クリスマスシーズンはすっかり終わっているのにも関わらず、本当にカップルが多く歩いていた。


怜は窓の外に広がるネオン街をずっと見ている。


「宮下さんって、本当に優しい人ですね」


怜が突然言った。


や、優しい…。かな俺。


怜ちゃんにそんなこと言ってもらえるなんて…


「い、いや、普通ですよ」


俺は顔を真っ赤にして言った。


「優しいです、こんなに人に優しくされたの、初めてです」


怜が言った。


俺は何と言っていいか分からず、黙っていると、怜は続けた。


「私、13歳でオーディション受けて、アイドルになって、14年、アイドルやってたんですけど、やっぱり年頃なので悩む事が沢山あったんです。でもファンの皆さんを笑顔にさせるのが第一なので、なんとかやって、人気投票でも上位をもらえるようになって、、。でもどうしても辛い時は、誰にも弱みを見せたくなかったので、当時は寝る前に1人でよく泣いていました」


怜が窓の外を見ながら言った。


「ごめんなさい、なんかこんな暗い話、しちゃって」


怜が申し訳なさそうに言った。


「いや、やっぱり辛い事…ありますよね」


俺はそう言うしかなかった。それしか言えない自分が腹立たしい。


なんと言えば良いのかわからない。自分の人生と隣に座っている人の人生が、まるで180度違う。


「地元の同級生とか、みんな学校とか行ってるのに、私は学校に行かず毎日、レッスンして、本当に何やってるんだろうってなりました」


怜が何かを思い出すように遠くを見て行った。


そんな事、思っていたのか。


俺は怜ちゃんに何度も何度も助けられて…


車内に沈黙が流れる。怜は相変わらず窓の外をずっと見ている。


俺は唾を飲んだ。


「僕は、夢とか何一つ無かったんですけど、アイドルをしてた、怜さんにすごい、励まされて、こうやって今、なんとか好きな仕事やれてます」


俺は言った。嘘偽りない本音だった。


すると、ずっと窓の外を見ていた怜が、初めてこちらを見て言った。


「私、この前の収録で、私のファンって言ってもらって、本当に本当に嬉しかったです、私、頑張ってよかったなぁって、もうこの業界にいると、何が本当か嘘かわからなくなっちゃって、、。でも…」


怜が話を続けようとした時、思わぬ邪魔者が水を差して来た。


ーーこの先、目的地付近ですーー


無情にもカーナビは怜の話を制止した。


また車内に沈黙が流れる。


しばらくそのまま走っていると、左にJBSラジオとでかでかと書かれた看板が見えてきた。


ハザードを光らせると、並んでるタクシーの隙間に車を寄せた。


「あの、本当にありがとうございました。感謝してもしきれません」


怜がこっちを見て頭を下げた。


「いやいや、こちらこそ、ありがとうございました。仕事、頑張ってください」


俺も頭を下げて言った。


「ありがとうございます。頑張ります、では…」


怜はそう言い、ドアノブに手をかけようとする。


ああ、ようやく、カップルごっこも終わりか。


長いようですごい短い1日だった。


何か今日一日ですごい自分が生まれ変わったような感じがした。怜の知らない一面をたくさん知る事ができた。


このまま、終わりたくない。もっと怜のことが知りたい。


「あの…」



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