5拾い
今日は勤め先のパン屋で沢山余り物のパンを貰ってきた。
戦争に負けて隣国から小麦が入ってくるようになって、随分食べ物に余裕が出てきていた。それに、隣国から来てこの街を治めている軍人達が、随分気前よくお金を落としていくので、私達街の住民は結構余裕のある生活を送っていた。
「ルノ、ただいま!」
きゃん、と尻尾を振り回しながらじゃれてきたのは2号。1号はどうしたのよ。
ちなみに、ピーちゃんは昨日巣立った。ずっとルノの頭の上で飛ぶ練習をしていたのが、やっと飛べるようになって窓から外に出ていった。本当に、良かった。
「アリッサー! おーい!」
窓の外、庭の方から大家さんの声がした。また筋トレでも見せられるのか、と思って窓を開ければ。
「拾い主さん見てー、栗だよー!」
筋肉質な大家さんの横で、ヘラヘラ笑いながらバスケットいっぱいの栗を見せてくるルノがいた。
このアパートの庭には栗の木があって、毎年この時期になるといがいががよく落ちている。痛いので私は拾ったことは無い。
ルノを拾ってから1ヶ月近く経った今では、傷もほとんど塞がって、昼間によく大家さんと庭をうろつくようになったのは知っていた。だけど、まだまだ弱っている人間に何拾わせてるんだ大家さん。あんまりこき使わないで欲しい。
「アリッサ、栗は茹でたら分けてやるからなー!」
「ありがとうございますー! ルノ、早く帰っておいで! ご飯にするよ!」
返事をしようとしたルノの頭に、鳥が止まった。本当に絵本の王子様みたいな光景だ。顔が良すぎる。
「ピーちゃん.......覚えててくれたのかぁ」
泣きそうな顔で笑ったルノは、ピーちゃんを指に乗せた。そりゃあほぼルノが育てたんだから覚えていると思う。巣の掃除もエサも全部ルノがやっていたのだ。完全に親鳥。
「.......」
ルノは、1度優しい顔で頬にピーちゃんを擦り寄せて。いきなり、真上にピーちゃんをぶん投げた。
「「は?」」
ピーちゃんは危なげなく飛んで行ったが、びっくりしただろう。なにせぶん投げられたのだ。もしかしたらもうここには来ないかもしれない。
「はい、大家さん、栗どうぞ」
ヘラヘラ笑って大家さんに栗入りのバスケットを渡したルノに、私も大家さんもついていけない。だって今ピーちゃんぶん投げたわよこの男。
「ま、待てルノ。なんでこんなことするんだ、あの鳥育てたんだろ?」
大家さんが私の分まで聞いてくれた。そうよ、あんなに懐いてたのに。
「人に懐いてるのは良くないと思ったので」
「そりゃあ、鳥としてはその方が、いいかもしれんが.......」
困惑する大家さんを置いて、ルノは私の部屋に帰ってきた。尻尾がちぎれそうなほど喜んだ2号を抱き上げて、にこりと笑う。
「拾い主さん、僕そろそろ」
「だめ」
「まだ何も言ってないんだけどなぁ」
「まだ怪我してるし、だめ」
まだ幸せでは無いのだから、出ていかせない。
ルノは最近この部屋を出て行きたがる。2号とこんなに仲が良いのに、私の作ったご飯を美味しそうに食べるようになったのに、諦めたように笑って出て行こうとする。きっと、不幸になりに行こうとしてるんだ。そんな顔をしている。
「.......拾い主さん、未婚の女性が男と一緒の部屋にいるのは良くないことなんだよ」
「え? い、今更? そんなこと気にしてたの?」
1ヶ月一緒にいて私に指一本触れたことのないイケメンが何を言ってるんだ。むしろルノは顔が良い自分の心配をした方がいい。あなたを拾ったのがパン屋の娘だったら今頃食べられてたわよ。
「僕も死にかけじゃ無くなってきたしね。男は危ないから」
ルノは、がおー、と2号を食べるふりをして逆に顔を舐め回されていた。
「.......それでルノが幸せなら、いいよ」
「は?」
「ルノが幸せになるなら、私を使っていいよ。暇つぶしに殴っても蹴っても、いいよ」
「な、何を言ってるの.......?」
ご飯をあげても怪我が治ってもダメなら、私にはもうこれしかない。これしかないのだ。
ベッドに腰掛けて、シャツのボタンを外した。
「はい、どうぞルノ」
「君は何を言ってるんだ!」
びくん、と私の肩と2号が跳ねた。初めて聞いたルノの大声は、よく通る太い声だった。
「どうした!?」
ドタドタと大家さんがやって来て、この部屋の状況をぐるりと見渡して。
「この野郎!!」
ルノをぶん殴った。
それから誤解を解くまでにルノは何発も殴られ、医者を呼ぶまでボロボロにされてしまった。本当にごめん。ごめんなさい。
「ごめんねルノ!」
「すまねぇ!! 大胸筋を渡しても謝りきれねぇ!」
「バカばっかりかここは.......歯が折れなくて良かったな。しばらく安静にしておけよ、お前のゴキ……人間離れした生命力ならすぐ治るだろうさ」
医者はそう言って、湿布を置いて帰って行った。
「.......アリッサ、2号と俺の部屋に行ってろ。俺はルノと話がある」
「裁判所に行くなら呼んでね、ルノ。100パーセント私達が悪いって証言するから」
「.......」
ルノはじ、と自分の手を見つめて動かない。まだ殴られて頭がぼうっとしているのかもしれない。
その日は、大家さんの部屋で寝た。
朝になっても、大家さんもルノも、私の部屋から出てこなかった。
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