6拾い
「ルノー? 大家さんー? もう入っていい?」
昨日から締め出されている自分の部屋をノックする。ルノ2号もカリカリとドアを引っ掻いていた。
中々返事がないので、仕方なく引き返そうとして。
「アリッサ」
「大家さん」
「.......すまん。話した」
申し訳なさそうに大きな筋肉を縮こめて、大家さんはそう言った。話したって、何を。.......まさか。
「体重!? それともスリーサイズ!?」
本当にやめてせめて少しサバを読んで伝えて。ルノに貧乳だと思われたら困る。何が困るのかは良く分からないが困る。
「違うわ! お前の両親のことだ!」
「あっ、そっちね。はぁ、焦った.......」
「いや、重大さで言ったらこっちの方が問題だろう」
「女の子にとったら家庭環境より体型の方が重大な情報なの!」
大家さんは微妙な顔をしてから、もう一度謝って部屋を出ていった。2号が飛ぶように部屋に入って行って、私を一切振り返ることなくソファの上に飛び乗った。分かっていたが私より断然ルノに懐いている。別にいいけど。
「ルノ、大丈夫? まだ痛い?」
「.......」
ルノは、すくっとソファから立ち上がった。右頬が青く腫れていて、イケメン顔が台無しだった。
でも、その澄んだ青い瞳だけは、強く光って私を見ていた。
「.......申し訳ない!」
いきなり、ビシッと腰を折って頭を下げたルノ。わあ、なんて綺麗なお辞儀なの、ではなくて。
「何言ってるのよ! 120パーセント私と大家さんが悪いんじゃない! ルノはひとつも悪くないわ!」
「.......」
直角に腰を折ったまま、微動だにしない。まさか、裁判にして私と大家さんを牢に入れることを謝っているのだろうか。それでも謝らなくていい。犯した罪の分の罰は受けるつもりだ。
「.......もう少し、ここに置いて貰えないだろうか」
「えっ!? も、もちろそのつもりだけど.......急にどうしたの?」
「.......えっと、その」
今までキリッと引き締めていた顔が気まずそうに緩み、目が泳ぎまくっている。これは、大家さんにもう少し居てくれと頼まれたな。ボコボコにしたんだから当然だ。
「に、庭で.......畑をやるから.......耕すの、手伝うことになって.......」
「大家さんのばかー!!」
結局こき使うためかい。
「どうしても僕の上腕二頭筋が必要らしくて!」
「騙されてるわよルノ!」
でも、ルノがまだここに居るならいいか。元気いっぱい、幸せにするまで出ていかせないんだ、絶対。
その日、仕事から帰ってきたら、足元に2号がまとわりついたルノがダンベル片手にアパートの窓掃除をしていた。まずどこから突っ込んだらいい。
「おかえりなさい、拾い主さん」
「.......何してるの?」
「窓拭きだよ。大家さんが、庭を潰す代わりに住民の皆さんにサービスを、って」
「大家さーん! 私のルノをこき使わないでー!」
「違うよ拾い主さん! 大家さんはお小遣いもダンベルもくれるんだ! 僕はとても良くしてもらってるんだよ!」
「ダンベルでプラマイゼロになってるのよ!」
ルノが拭いていた窓の中から、お婆さんがくすくす笑っているのが見えた。2部屋隣のミサお婆さんだ。全部で5部屋しかないアパートなので、自然とお互い知り合いになる。騒いでしまって恥ずかしい。
「アリッサちゃん、また拾ったんだって?」
「.......だって」
窓を開けたミサお婆さんが、ニコニコしながらルノを見た。ルノもヘラヘラ笑って頭を下げた。2号が尻尾を振りながらきゃん、と鳴いた。平和だ。ついこの間まで戦争していたなんて思えない。
「あなたも良かったねえ、アリッサちゃんに拾ってもらって。元気にしてもらったでしょう?」
「.......はい」
「良かったねえ。戦争も終わったし、若い人達はうんと好きなことをしなさいね。全部戦争が悪いんだからね。辛かったでしょう」
どんどんルノの顔が強ばっていく。
ルノを拾う前の話は聞いたことがないが、きっと戦争にとても傷つけられたのだ。心も、体も。
家を焼かれたのかもしれないし、家族を殺されたのかもしれない。もっと酷いことをされたのかもしれないが、詳しくは怖くて聞けないでいる。聞いたら、ルノはいなくなってしまいそうだから。
「ミサさーん、暖房の調子が悪いんだってー?」
筋肉質な大家さんが、大きな工具箱を持ってミサお婆さんの部屋に入ってきた。
「冬までになんとかしねえとな。本当に死活問題だ」
大家さんは、各部屋に備え付けの暖房を見てゴソゴソし始めた。
「.......窓、拭いてくるね」
ヘラりと笑って、ルノがその場を離れようとした。しかし、細かい事が苦手な大家さんががじゃん、と暖房から異常な音をさせたのを聞いて、慌てて戻ってきた。今絶対壊れた音したわよ。
「すまねぇ!! ダメにしたかもしれねぇ!!」
「あらまあ」
「なんでいじったのよ大家さん!」
はじめから無理だって分かってたでしょうが。
冬場に暖房がないのは本当に死んでしまうかもしれない。この街は寒さがキツイのだ。
「.......僕がやってみてもいいですか? 工具箱、借りますね」
「もう完全にダメにしちまったと思うが.......電気屋呼ぶか」
ルノは、ヘラヘラ笑って部屋に入って、暖房をいじり始めた。その整った顔が真っ黒な埃まみれになる頃に、ミサお婆さんの部屋の暖房は直った。奇跡だ。大家さんが破壊したものが直るなんて。
「すごいねえ、電気屋さんみたいだねえ」
「ルノ.......ますます気に入ったぜ! いい筋肉だ!」
「あはは、良かったです」
それから、ルノは今までに増して大家さんにこき使われた。冬の前に全ての部屋の暖房を修理させられて、庭の小石を取り除かさせられて、大きくなってきた2号にヨダレまみれにされて、とにかくこき使われた。
そして、ルノを拾って、始めての冬がきた。
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