26.復讐者の末路
「いつまでムスッとしてるんだよ」
「別にぃ~」
家に戻り夕食。
「あんたのレベルについてバルトは誰にも言ってない。バルトに気に入られたい子、ウィズが好きな子、よそ者が気に入らない子がいることをバルトは知っていた。それで村を案内させたってことはああなることをバルトは分かっていたんだよ」
「だからってあれは卑怯でしょ」
「何も学ばなかったの? あれがもし実戦だったら卑怯だと後で言うこともできない」
スキル持ちの弱点。
それは魔力切れ。
それと、死角からの攻撃。
あと、早い動きへの対応。
できるだけ姿を現さない方がいい。
「あと、人間相手の時は相手の力を見誤るなよ。魔法や武技、スキルを持っている相手もいる」
「うん‥‥‥」
住むなら厳しい訓練を覚悟しろって言われていたけど、確かに必要だな。
スキルを持っている人間相手の戦いは初めてだった。
テレショックを切り裂かれて危なかったな。
バルトはおれに身をもって今のおれに足りないものをわからせようとしたのかもしれない。
ついでに若者たちにおれをぶつけて、諫めようとした。
もしそうだとしたら随分な策士だ。
おれは奴の掌で踊らされてたってことかい。
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
バルトが帰ってくるなり、カーシャさんの態度が変わった。
よくそうコロコロ態度を変えられるな。
「キョウシロウ、村の中はどうだった?」
ハッ!
この顔。
やはり、確信犯だったか。
「クソぉぉ! とぼけやがって!!」
「急にどうした?」
「こんな家出てやるよ!!」
「いや何があった?」
まぁ、出ていくのはカーシャさんと取り決めた確定路線だ。
「カーシャ、何かあったのか?」
「いえ、少しばかり身の程を知っただけかと」
「えぇ!?」
このメスゴリラメイドめぇ。
猫被りやがって‥‥‥いやややこしいな。
バルトもわかっていてあえて言っているな?
人のこと利用しておいて。
おれのプライドを傷つけておいて。
なに?
おれが悪いの?
こんな仕打ち受ける謂れないよね?
仕返しだ。
二人は多少、おれという人間に畏怖を覚えておいていいんじゃない?
ヒヒヒ、二人に嫌がらせしてやる。
こうなったおれはもう誰にも止められないぜ。
「バルト、今日ねぇ、カーシャさんがぁ、おれにイジワルしたんだぁ~」
「は?」
カーシャさん。
何を意外そうな顔をしているんだい?
チクリますよ?
あなたとは初対面だ。何の義理もないのでね。
恨むならおれに素を見せた、己の甘さを恨むんだな。
「草むしりと皿洗いをやらされたんだ」
「ほう」
「いや、それは‥‥‥」
「しかも、石鹸隠されたんだよぉ? ひどくなぁい?」
「そうか」
「くっ」
カーシャさんは……
うわぁ、眼がヘッドライトみたいにビカッと光ってる。
槍でも突き刺さっているかのような鋭い視線だ。
でもそんな顔しても無駄さ。
「ぼくぅ、客人じゃなかったっけ?」
「そうだな。手伝ってもらって悪いな」
あれ、コイツ、カーシャさんの性悪知ってたのか?
もしかして、全部予想済みか。
おれは一体いつからバルトの手の上で踊らされていたんだ?
いや、まだだ。
おれの頭脳が高度な演算を実行に移した。
どうすれば二人をぎゃふんと言わせることができるのか。
おれの思考が一つの回答へ到達した。
「あと、バルトと二人になりたいから家から出てくように言われた」
「嘘をつくなぁ!!!!」
『転移』!
おれは飛び掛かって来たカーシャさんから逃れた。
「はしたないぞ。メイドさんがそんな大声出しちゃって」
「違います、バルト! 私は出ていけだなんて‥‥‥」
「二人になりたいっていうのは認めるんだね?」
「こ、この、いや、この‥‥‥」
乙女の秘めたる想い?
知らんわ。乙女って歳じゃないよねぇ?
せいぜいギクシャクしやがれ。
「なんだよ、カーシャ。昔はずっとそうだったじゃないか」
なんだ、バルトのこの余裕?
貞淑なメイドさんの本性が荒ぶる似非淑女だったと知ってショックじゃないのか?
「バルト、私は‥‥‥」
「いつからだったか、お前がおれの前で素を見せなくなったのは」
「だって、バルトが女はお淑やかな方がいいって」
あれ、何だこの空気?
「そんなこと言ったか?」
「言ったよ!」
「何年前だ?」
「ほら、10年ぐらい前にあった合戦の後、宴で! 貴族の娘を紹介されてそう言ってただろ!!」
「酒の席の話なんて適当だぞ。ただの社交辞令だ」
「そ、そんな‥‥‥」
そんな話はどうでもいいんだよ。
あれ?
おれ、何しようとしてたんだっけ?
仕返しだ。
なのに、どうしてこんな甘ったるい空気なんだ?
嫌だ!
バルトがリア充になるなんて!!
おれは‥‥‥
「バルトのせいで、カーシャさんは必要の無い演技をずっとしてたってことか~。ひどいなぁ?」
「そうか。すまなかったな、カーシャ」
「謝って済むのかなぁ? 彼女の10年間は返ってこないんじゃない?」
「いや、私がバカだったんだ。作法のことなど知らない私が、まともな女の真似事などして、さぞ奇妙だっただろう」
「いや、感心していた」
「え?」
く、ダメだ!
まさかやられるのか?
こんなはずではなかったのに。
これ以上は耐えられない!!
おれの身体はじりじりとドアの方へと押しやられていく。
「フリでも、お前の振舞いは完璧だ。荒くれ者ばかりだった傭兵団に、お前のような奴がいることはずっと誇らしかったよ」
「バルト」
「とはいえ、勘違いさせてやらせてたのはおれだったってことか‥‥‥ここまでさせて、さすがに村の業務優先だなんて言い訳もできねぇ」
「や、やめるんだバルト!! いいのか!? お前は今、トンデモないことをしようとしているんだぞ!!」
その先へ行ってしまったら、もう戻れなくなるぞ!!
「早まるな!! よく考えるんだ!!」
おれの言葉は聞こえていないのか。
いや響いていないのか無視された。
「カーシャさん、あなたはこんな形を望んでいたわけじゃないはずだ!! 見て、いや見ろよコッチ!! おれ、ここにいますけどぉ? いいの、ねぇ!? 邪魔ならそう言ってよ。無視すんなよ!!」
「バルトは結局清楚な貴族の娘みたいなのがいいんだろ。私は所詮偽物だ」
「いや、別にどういう奴が好きかなんて、結局イイ女ってことに変わりないさ。例えば料理が美味くて美人で気が利いて、信頼できる女なんて、そこいらの貴族の娘じゃむりだ」
おれは見えない力で、とうとう壁際まで追いやられた。
同じ部屋に居る二人がすごい遠くに感じる。
見つめ合う二人。
近づく距離。
妙に現実味が無い。
これから先のことが予想できるのに、おれには止める手段も気力も無かった。
おれはただ暴風が吹きすさぶ乱気流の中、稲妻が身を焦がし、燃え尽きるまでのつかの間の地獄を感じた。あるいは混沌が渦巻く奈落へ落ちるのを待っている、憐れな犠牲者でしかなかった。
「カーシャ、おれと――」
「う、うわぁぁ!!!!」
おれは気が付くと、夜の闇へと吸い込まれていた。
まるで見えない力から逃れるように。
生き延びるための生存本能がおれを突き動かしたのだろう。
おれは闇雲に走った。
そしてふと我に返った。
お、おれはなんてことを‥‥‥
こんなはずじゃ‥‥‥
まさかこんなことになるなんて‥‥‥
この村で信用できる友を失った。
おれはたまらず膝を折り、地面に手をついてうずくまった。
込み上げる感情が口から溢れ、言葉となって発散された。
「リア充爆発しろぉぉぉ!!!!!!」
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