22.メイドのカーシャ 

 朝起きて顔を洗う。


 家の外の瓶に溜まった水は誰かが補充してくれている。




 おれは家の裏で『転移』の練習をする。


 効率化は達成したとして、今は細かい動きを模索中だ。

 自分→物体→生物と追及してきたから、また最初に戻り、自分の転移で掘り下げられないかを考えることにした。




 それには今の連続転移回数を計る必要がある。

 現状確認だ。



 とりあえず連続で試す。




「『転移』! 『転移』! 『転移』! 『転移』! 『転移』!」




 5回が限界か。


 おれはスキルばかり使っているから魔力量の伸びは悪くないはず。

『転移』一回分で16歳の平均的魔力量だったはずだから、5回分は5倍。




 魔力が無くなったので魔力回復薬を飲む。

 これも量を測る。

 ちゃんと全快になるにはどれぐらい飲めばいいのか知っておく必要がある。


 意外にも飲む量はあまり関係ないようだ。





 おれが転移の練習をしていると家畜が騒ぎ始めた。


「なんだ? 朝飯が欲しいのか? ん、なんだもう食ったんだじゃないか。おいおいおかわりはないよ」


 バルトが飼っているラダールという魔獣だ。

 爬虫類とダチョウの間みたいな獣で、馬より遅いが森の起伏の激しい狭い道やぬかるんだ泥道も軽やかに走れるらしい。


「ダメだよ、バルトに勝手にご飯をやるなって言われてるんだから」


 コイツは寿命が長く頭がいい。

 おれがエサをくれると分かっていて滅茶苦茶愛想を振りまいて来る。




 ああ、かわいいねぇ~。



 大きい生物がこうも懐くと妙な高揚感がある。




 はぁ、うりうり、こうか、これがいいのかぁ。



 ほっほっほ、憂い奴じゃのう。






 誰もいないな。よし。


「ちょっとだけだぞ」


 ラダールのごはんは確か‥‥‥




 カギが掛かってる。

 誰かがカギをかけたらしい。


「ああ、そんな顔するなよ。ごめんな」




 悲しそうな顔でおれを見送るラダール。



 ごめんよ。



 おれは家の中に戻る。




 バルトが朝飯を食べていた。


「おはよう、バルト」

「よう」


 おれは席に着いた。おれの分も朝ごはんが用意されている。





「‥‥‥ラダールに勝手にご飯あげてないよ」

「何も言ってないぞ」

「沈黙に耐えられないタイプなんだ」

「いいから黙って食えよ」

「いただきます!」



 これはこの村だと普通なのか。

 朝から豪勢だ。


 焼きたてのパンに具沢山のスープ。

 ひき肉と野菜を穀物で包んで焼いたパイ。

 山盛り果物。




「バルトって料理できるんだな」

「いいや? なんでだ?」

「いやだって、こんなに‥‥‥」




 そう言いかけたところでおれのグラスに水が注がれた。




 見上げると女の人がいた。

 エプロンをしている。

 メイドさんか。




「ふははは、キョウシロウ、お前、おれがお前にこんな手の込んだ料理を、朝早く起きて作ってるとでも思ったのか?」

「くぅ、知らねぇよ」



 メイドさんがいたのかよ!



「カーシャだ。いちおうお前は村の客人だからな。家事と炊事を頼んだ」

「そうか。ご飯ありがとうございます。とてもおいしいです」

「そうですか」



 おや。

 口数が少ない人のようだ。


 カーシャさんはスラリと背の高い獣人だ。

 おしとやかな見た目をしていて、頭から耳が生えて無かったら只人だ思ったところだ。

 シャッシャッと機敏に動く獣人に比べてゆったり優雅な佇まいをしている。



 ちょっと緊張するな。




「そうだ、おれは今日狩りを率いて、その後も村の周囲を巡回する」

「え、まさか付いて来いとか言わないよね」

「訓練もまだだからな。まず、村の中をゆっくり案内したいと思うんだが時間がない。だから今日はカーシャに村の中を案内してもらえ」


「え?」


「え?」




 カーシャさんも聞いていないって顔だ。



 初対面の女性と二人でって、デート。

 しかもこんなきれいな人と?




 ついにおれにも春が来たってことかぁぁ!!!



「‥‥‥っ?」



 カーシャさんが一瞬すごいこっちを睨んでいた。



 なんだ?

 おれ何か悪いことしたのか?

 いや身に覚えがない。

 初対面だし。



 気のせいかな。



「あの、カーシャさんさえお忙しくなければお願いします」

「はい‥‥‥」

「カーシャ、キョウシロウ、夜には戻る」




 そう言ってバルトは狩りに出かけた。


「いってらっしゃい、気を付けて」

「ああ、キョウシロウを頼んだぞ。あとラダールに近づけさせるなよ」

「はい」




 カーシャさんが手を振ってバルトを見送る。



 そして振り返った。



「邪魔」

「え? あ、すいません」

「言っておくけど、洗濯は自分でしな」

「は、はい、よろこんで!!」




 えぇ、なんかキャラ違くない?




 先ほどの間でのおしとやかな女性はどこへ?



 おれは戸惑いながら洗濯ものを裏の洗い場に持っていく。

 カーシャさんが瓶の水をバルトの洗濯物に使い始めた。



「水は自分で用意しな」

「え、はい‥‥‥」




 おれは『転移』で瓶を森の水場に沈め、『転移・口寄せ』で戻した。




 洗濯を終えて戻るとカーシャさんが呆れた顔で待っていた。



「何 もうあきらめた? 水汲み場はすぐそこに」

「いえ、洗濯物は洗って干し終わりましたけど」

「え?」



 カーシャさんが意外そうな顔をした。



「なら次は食器洗い」

「は、はいよろこんで!!」



 台所には皿やスプーンだけではなく、鍋やフライパンがあった。

 桶に水を張って汚れを落とす。


 しかし石鹸が見当たらない。


 肉の油汚れは落ちにくい。



「うぇ~ん、これじゃ汚れが落ちないよぉ~!! どうすれば……なぁ~んてね!!!」



 いでよ、頑固な油汚れを駆逐せし、全主婦の味方よ!!


「『転移・口寄せ』!!」


 じゃ~ん。


 秘密兵器、草石鹸。


 おれが頭と身体を洗うために造ったものだけど洗浄作用と抗菌作用があり、濃さを調節すれば食器用洗剤でも十分使える。




「ふはは、抵抗しても無駄だ!! カス共め!! 塵一つ残さず駆逐してくれるわ!!」




 食器も調理器具もピカピカにした。







「カーシャさん、終わりました!」

「え? もう?」


 カーシャさんがまた意外そうな顔をしている。


「次、庭の草むしり」


 カーシャさんの指示はその後も続いた。


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