23.『転移・草薙』
庭一面の雑草。
これは大変そうだ。
あれ?
今日は村の中をカーシャさんに案内してもらうんじゃなかったか?
まぁいいや。
お世話になってるんだし。
「う~ん」
『転移』を使うと地面ごとえぐっちゃう。
地道に抜いていくか。
めんどくさ。
草だけに。
根っこが残らない様に一つ一つ抜いていく。
こんなことするのは中学生以来かもしれない。
めんどくさ。
一時間経った。
「なんだ、まだ終わらないの?」
カーシャさんが呆れた顔をする。
ねぇ、おれあなたに何かしました?
聞けない。
何かしたかも。
いや、単純におれのことが生理的にムリとかかも。
「ハァ。バルトにお前を案内しろと言われているんだけど。これじゃあ夜になってしまうわ」
なら先に案内してくれよ。
それか今日が都合が悪いなら先にそう言ってくれればいいのに!
くそぉ、いい加減腹が立って来たぞ。
「何か文句でも? やり始めたなら途中で投げ出さないでちょうだいね」
良いだろう、この挑戦、受けて立ってやる!!
おれは雑草を一つ一つ『転移』させる作戦にでた。
「おっ、思ったより楽だ」
腰が痛くならない。
それに力も要らない。
雑草の質量はたかが知れているから魔力も全然減った感じがしない。
おれは次々に『転移』で庭をきれいにしていく。
「待てよ」
まとめて転移させようとするとだめだけど、転移対象を選択して、すぐ別の転移対象を選択して、最後にまとめて転移させてはどうだろうか。
一括選択ではなく、一つずつ選択して、まとめて『転移』。
「複数の転移対象を同時に‥‥‥そう言えば掘り下げていなかったな」
伐採の時『部分転移』を一度に二か所で発動させることができた。
ならもっとできると早く気が付くべきだった。
まず、二本から始めた。
「できた」
おれは同時転移の数を少しづつ増やしていった。
「むっ?」
失敗した。
魔力を込められないものが混じっていたりする。
魔力がある草は避けておく。
一々魔力がある草を選択して作業が止まるのはストレスだったが、魔力を注ぐ感覚が磨かれた気がした。
「よし、きれいになった!」
雑草だらけの庭がきれいになり地面が見えるようになった。
敵が複数の時、バラバラでもこれで一掃できる。
この技は『転移・草薙』と名付けよう。
おれはカーシャさんに報告に戻った。
「あら、なに?」
「終わりましたよ」
「そんなわけ‥‥‥」
庭の雑草が根こそぎ無くなっているのを見てカーシャさんが唖然とした。
「ぐっ‥‥‥」
「いや、なんで悔しがってるんですか?」
「別に! ん、ちょっとまだ残ってるわ」
ああ、魔力を持っている草。
ええ~っと‥‥‥
「あれは雑草じゃないのでいいかなと」
「はぁ? 雑草じゃなかったなら何なの?」
知識チートによれば‥‥‥
「感覚強化薬の原料じゃないかなぁ」
「んな? これが!?」
でも、感覚強化ってなんか危ない薬の材料かもな。
「捨てます?」
「ま、待て‥‥‥そのままにしておけ」
「はぁ‥‥‥」
カーシャさんは増々不服そうだ。
なんでだ?
いいや、もう聞いちゃえ!
「あの、なんでおれにイジワルするんですか? 何もしてないのに」
「何もですって?」
ギッと睨まれた。
ま、負けるもんか。
おれは悪くないぞ。
おっと太陽がまぶしいな。
あ、ホコリが眼に‥‥‥
ヤバ、ドライアイかも。
「あんたがここに暮らしているのが気に食わない」
「‥‥‥え? ここはバルトの家でしょ? 別にいいじゃん!」
「だから、そのバルトの家にあんたがいると邪魔なの!」
え~っと?
バルトの家におれがいるとこの人が困るの?
「‥‥‥なんで?」
「ぐっ、鈍いわね‥‥‥。私とバルトの関係があんたがいるせいで進まないっていうことよ!!」
「‥‥‥ああ! え? バルトのこと‥‥‥好きなの?」
「‥‥‥あんたには関係ないでしょ」
ああ、はいはい、そういうことね。
「それは、でも言ってもらわないと。二人が恋人同士だったなんて知るわけないし、この場合バルトが悪いよ」
「‥‥‥バ、バルトは悪くない。恋人じゃないから」
「え?」
「私が一方的にバルトを狙ってるだけ」
えぇぇ!!
「なんで不思議そうな顔する!! 言っておくけど、あんたがバルトを軽く見ている方が変だから。彼はすごい人なんだ」
「いや、確かにリーダーっぽいけど」
「ぽいじゃない。彼は私たちのリーダーだ!!」
「それは村長のヴァクーネンさんじゃないの?」
「はぁ? ヴァクーネンは確かに立派に勤めを果たしているけど、ここまで皆を引っ張って来たのはバルトだ。彼は今も昔も私たちを導いてくれる」
そう言えば昔は傭兵だって言っていた。
「昔もってことはカーシャさんは傭兵時代からバルトと一緒だったの?」
「そうだ。まだ子供だったころに私は彼の傭兵団に入れてもらった」
じゃあ、カーシャさんも傭兵だったのか。
これが素か。
というか、バルトが好きで猫被ってたのか、この人。
バルトの好みはおしとやかな人なのか。
いやどうでもいいか。
「みんな、バルトの元で戦っていた。彼はすごかった。ほとんどが奴隷だった。明日は無い。今日のことだけしか考えていなかった。バルトだけが未来を考えていた。私たちはみんな彼を信じた。戦争最後の小競り合いで得た金を出し合って、ここに移り住んだ。朝起きて夜に寝る。三食食べられて、殺し以外の道がある。シーアに残った傭兵や兵士の多くは落ちぶれて野盗や山賊に成り下がっているというのに」
バルトって思ってたよりだいぶすごい人だったんだな。
おれなんてこの世界に来てから、いや、元の世界でも自分のことで精一杯だった。
強そうだし、他人の扱いがうまい。
それに話しやすい。
あんな厳つい見た目なのに怖い感じも偉そうな感じも無くて、つい気軽に話してしまう。
「そっか。ああいうのをカリスマって言うのかな」
「そ、そう、カリスマだ! 難しい言葉を知っているんだな」
「わかった。おれのことは気にしないで。二人で住めるようにおれはどっかに行ってるから」
「お前、話の分かるやつだな。悪かったな、いろいろ無茶させて」
「いえ、慣れてますから」
「そう‥‥‥か。お前も大変な目にあってここにいるんだものな」
おれが恋路の障害にならないとわかって安心したのか、カーシャさんは色々なことを話してくれた。
昔のことだ。
この村の成り立ち、バルトたち傭兵部隊の活躍、なんといってもバルトの武勇伝は胸焼けするぐらい事細かに教えてもらった。
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