6.黒い影

それは突然訪れた。

おれは何という馬鹿なんだ。

大事なことを忘れていた。


真面目な話、おれは自分の家が安全圏だと過信していた。異世界転生ものの読み過ぎだ。

だから家の近くでバンバン『転移・榴弾』を練習してきた。


巨大な爆発音を盛大に森へ響かせた。

いくら気の長い隣人でもブチ切れて乗り込んでくるだろう。


結果は明白だ。


夜中、安眠を打ち破る、唸り声で目が覚めた。

おれのトラウマがその声の主を特定していた。


「黒狼!?」


おれは急いで火を熾し、装備一式を身に着け、ドアのスキマから外の様子を確認した。


「1、2、3、4匹!? いやもっとか!!」


家を囲むように、闇夜に紛れて黒狼が徘徊していた。

暗くてよく見えない。


「クソ‥‥‥『転移』で逃げるか? いや‥‥‥」


ここはおれの拠点だ。

魔力回復薬、自然回復薬、食料、その他生活雑貨、大事なものがたくさんある。

ここを荒らされるのは嫌だ。


そもそもおれはリベンジのためにここに留まってたんだ。


覚悟を決めろ。


おれは男だ。

ここで立ち向かえなかったら一生怯えて生きることになるぞ。

生きろ、戦え、立ち向かえ!!!

奴らを殺せ!!


意気込みに反して、おれの脚は震えて動かない。


なんだこれ!?


どれだけ奮起しても、おれには勇気が無かった。


ムリムリ! 見てよあの凶悪そうな顔!

朝の散歩ですれ違うワンちゃんと全然違うもの!!


「はぁ、はぁ、はぁ‥‥‥吐きそう。リベンジは今度にしよう」


おれには鋼の肉体も不屈の精神も無い。

ケンカもしたことが無い。


「うううぅ」


だが、生き残るために考えることならできる。

凡庸なおれが陰湿な学校社会でいじめられない様にサバイブしてこられたのは、勝算を見積もることができたからだ。


強くなれないからうまくやって来た。


ここでも、真正面から立ち向かうなんて急には出来ない。

できるのは、計画を立て、戦略を練り、実行することのみ!!


「一番ダメなのは考えなく突っ込むこと。まず目標を定める」


奴らを全部殺すのはハードルが高い。

目指すべきは撃退だ。

奴らが引き下がる条件をクリアする。


外で唸り声が近づき、家の壁をこする音がし始めた。


最悪、魔力回復薬、自然回復薬、食料の保存庫を死守できればいい。


おれは外には出ず、保存庫に閉じこもることにした。

各部屋に明かりを灯した。


暗闇で戦うなど愚の骨頂、外での地の利は向こうにある。

奴らは複数だ。狭い場所、囲まれない様にしよう。


ベッドや家具を移動し、狭い道を造った。

やつらの動きを制限して誘導してコントロールする。


「さて、後は‥‥‥」


おれは『転移』を使った。マーキングしてある、家のそばの大きい木の上だ。

正確に奴らの数を把握する。


上から確認。黒い狼でもさすがに上からなら地面との陰影で動いているのがわかる。


「7頭か。いや、木の影にまだ潜んでいるかもな」


10頭だと仮定して、5頭倒せば撃退できる可能性がある。

それでもだめなら‥‥‥


おれは作戦を立てた。


深呼吸し、覚悟を決め、保管庫に『転移』で戻った。


「よっしゃあああああ!!! 来いやぁぁぁぁ、犬っころぉぉぉ!!!!」


おれは力の限り叫んだ。


一瞬外から音がしなくなった。


おっ、ビビッて逃げたな‥‥‥?






玄関で大きな音がした。


「ひゃぁう!!」


ちぃ、フェイントかよ!

扉が破られたな。

だが、慌てない。追い立てて反対側から追い込む気だろう。

家の中を徘徊する音が聞こえる。


パリンと皿が割れる音がした。

ブービートラップ、合図だ。


今だ!!


おれは『転移・闇討ち』を決行した。


予測した場所に『転移』する。

案の定、皿の割れた音に驚いた黒狼たちの脚が止まっている。

最後尾の黒狼が狭い通路でつっかえて動けなくなっていた。


背後、上空から鉈で不意打ち。狙うは頭部。

硬い!

全体重をかけた鉈は何とか頭に食い込んだ。ギリギリだ。

黒狼の感触はやはり森の小動物とは違う。槍では弾かれそうだ。


直接攻撃はマズいな。接近戦はこの不意打ちでやめよう。奴らにも個体差がある。後方にいた奴が強いのか弱いのかわからないしな。


力無く倒れる黒狼、すぐに前の奴がこっちに気づき、警戒の態勢をとる。


それが命取りだ。喰らえ!!

『転移・榴弾』!!


小石に込めた過魔力がテレショックを起こす。


衝撃波で黒狼の顔面が弾け飛んだ。


よし、2匹目!!


黒狼はすぐに仲間の屍を超えておれに牙を向けた。

おれはすぐ隣の部屋へ『転移』した。

五匹の黒狼が障害物を超えて狭い部屋に突入してくる。


おれは急いで魔力回復薬を飲み、保管庫に転移した。


「ふぅ‥‥‥予定通り。やつら混乱しているだろうな。ふひひ」


この形になった時点で勝敗は決まったようなものだ。


「喰らえ!! 『転移・榴弾嵐』!!」


保管庫から離れた部屋に小石を転移させ、テレショック。魔力回復薬を飲み、これを繰り返す。


転移後のテレショックだけだから威力は小さいがそれでも硬い板が粉砕するほどの威力だ。

連発すれば部屋の中の生物は全て息絶えるだろう。

念のため、十回繰り返した。


「‥‥‥ふぅ、やったか?」


おっと、余計なフラグだったな。


おれは火消しの湿らせた布を持って転移して様子を見に戻った。

案の定、明かりの火が至る所に飛び火していた。


「ああ、この部屋はもうだめだな」


柱や梁にダメージが行かないように制御していたが壁は焦げて、所々穴が‥‥‥


あれ? 部屋に居たのは5匹。転がっている死体は4匹。


気付いた瞬間、隣の部屋から黒狼が襲い掛かって来た。


しまった! 『転移・榴弾嵐』でダメージを負う前に隣の部屋に吹き飛んだのか!?


デジャブだ。襲われたらまた‥‥‥


「うぉぉぉぉ!!!」


おれはとっさに『省エネ転移』から『転移・闇討ち』をした。

持っていた布を顔に引っ掛け締め上げる。


「何度も同じ手くらうかよ!! こらぁ、暴れるな!! あきらめろ!! いい加減、くたばれぇぇ!!!」


暴れる黒狼。おれはその背に馬乗りになり、布を引き絞る。


ゴキリ、と音がした。

潰れるように黒狼が倒れた。


「はぁ、はぁ‥‥‥やった!」


ようやく家の中に静寂が訪れた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る