第11話
「ええーっ!うのちゃん、つ、角枝は……?」
真っ青な顔をして、かの学生が叫んだ。相変わらず客の引けた昼下がりである。
「なくしました。いめちぇんです」
うのは箒を持ったまま呑気に笑っている。
「い、イメチェンって!なんか怪我で休んでるって聞いたけどまさか、そんな……は、花も咲いてないし……」
「あら、私はちっとも気にしてませんよ」
「んなアホな!」
「うるさいよ!営業妨害するなら帰んな!」
店のテレビで午後の連続テレビドラマを見ていた女主人が振り返って怒鳴る。学生は首を竦めて「もう営業終わってんじゃんかよ……」と蚊の鳴くような声でぼやいた。
「つか、おっさんは何で飯食ってんの」
「ちょうど昼休みでな」
「は?ここ午前中でいっつも閉まるじゃん」
「まあまあ、腹が減っては戦はできないと言いますし。午後もお仕事頑張ってくださいね」
「おー」
「チクショー!色々と適当かこの店」
ひいきだ!ひいきだ!と騒ぐ学生が女主人に再度一喝されるのを横目に、俺は豆漿を啜った。
うのが退院してから、片角の娘を給仕に使うなというような苦情が何度か寄せられたそうである。しかし女主人が、働き者でさえあればいいときっぱり言い切ったために、うのは今でもこの晨曦早餐の看板娘である。
俺はといえば、近くの児童所の警備員をやっている。朝飯と昼飯を、ここに食べにくる。
「しっかし、もったいねえなあ。あんなに立派な角枝と花だったのに、後遺症のせいでもう咲かないなんて」
学生はなおも嘆く。うのはゆるゆると首を振った。
「いいえ、咲きますよ」
「え?」
「いつか咲くんです。ね、瑠璃山さん」
うのは笑う。まっすぐに俺を見て。
「ああ、そうだな」
その花がひらく音も、落ちる音も、よく覚えている。雪のような匂いも色も、優しさも。もう二度と触れられなくても、覚えているかぎり、信じているかぎり、花はそこにある。なあ、トウィ。俺も咲かせられるだろうか。お前に負けないくらい綺麗な花を。
輪郭のない花は咲く 絵空こそら @hiidurutokorono
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