第9話
「私は、生まれつき角枝のない、無角症という病気でした」
片角になったうのは語り始めた。
「小さい頃は、自分が不幸せに思えて仕方なかった。だって、他のひとにあるものが私だけにないのですもの。恥ずかしかったわ。それで家に籠って、私の不幸は角枝のないせいだとばかり、癇癪を起して、物を壊してばかりいました」
うのは苦笑した。今の彼女からはまったく想像できない姿である。
「ある年の誕生日プレゼントに、両親が角枝をプレゼントしてくれました。綺麗で立派な椿の角枝です。移植の手術が終わって、鏡を見たら、私はちゃんと普通に見えました。みんなにあるものが、ちゃんと私にもありました。ううん、普通よりももっと綺麗な、誇らしい花が、私のものになったんです。私嬉しくて、それからは毎日お洒落をして出かけました。でも、だんだんと胸の中に、ある思いが浮かぶようになったのです」
あいつが死んだのは自分のせいだ。
と、うのは言った。
「あいつって、誰のことでしょう。自分でもよくわからないまま、たまにそんなことを思うようになりました。お腹がすく時みたいな、自然な感覚でした。次第に「あいつ」が誰かもわかるようになりました。繰り返し繰り返し、よぎる面影があったのです。会ったことなんてない人のはずです。それなのに私、その人のことが大事でした。変ですけど、家族のような感じがしていたんです。その人のことが大事になればなるほど、胸の中の不可解な後悔は大きくなっていきました。何をしていても、その人のことを想うのです。何を見ていても、彼のことが瞼の裏にあるようでした。そして胸が痛く、重くなるのです。しまいに私は動けなくなりました。繰り返し思い出される光景に、息ができなくなって、苦しくて、辛くて、涙が止まりませんでした」
音が。音がする。椿の花が落ちる音。ブラインドから差す西日。焼けたように染まったシーツ。皮膚。やさしさ。エメラルド色。部屋。真夜中。白、赤。同じ音。
「そんな時、両親がどうしたの?と聞いて、頬を撫でてくれました。ふたりの手は仕事のせいでぼろぼろで、その時私は、やっと自分が幸せなのだと気づきました。私の家は決して裕福ではありませんでした。それでもふたりがたくさん働いて、お金を貯めて、私に角枝を買ってくれました。私は愛されていました。大切なひとも傍にいました。自由に動く健康な身体がありました。角枝なんてなくても、私は充分幸せだった。それがわかったら余計に涙が出て、ますます心配されました」
うのは胸をそっと押さえた。
「今も、ずっと痛いです。でも、大切なひとたちが支えてくれます。だから、平気です。でも、この気持ちはきっと、私のものじゃなかったはずです。だから探しました。記憶にある場所を片端から。でもどこにもいなかったから、目撃情報のあったこの街に来てみたのです。すぐにはわからなかったわ。この地域は無角症のひとも多いですから。でも、何度も会ううちにわかってきました。それで、今更どんな風に切り出したらいいのかわからなくて、今日まで来てしまいました」
うのはまっすぐ俺の目を見た。
「やっぱりあなただった。探したんですよ、瑠璃山さん」
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