16話 酒

「打ち合わせ乙っす」


「ど、どうも」


 仕事帰りのサラリーマンで賑わう大衆居酒屋の二人席。


 がやがやとした落ち着きのない雰囲気の中、俺のジョッキに加納さんのジョッキがぶつかり、カツンと軽快な音を奏でた。


 音が鳴ってから間も無く。待ってましたと言わんばかりに、キンキンに冷えたビールを豪快に呷った加納さん。


 俺も軽く一口、ビールを喉に流し込む。すると冷たさと炭酸で喉が爽快に刺激され、やがて口の中に何とも言えない苦味だけが残った。


「いやぁ、やっぱり仕事終わりのビールは最高っすね!」


「そう、っすね」


 満足そうにそう言いながら、ドリンクと共に届いたお通しの煮込みに手をつける加納さん。


 ビールとお通しを行ったり来たりしているその忙しない様子からして、おそらくこの人は、相当に酒好きな人なのだろう。





 打ち合わせ終わり。

 俺はなぜか、今日会ったばかりの加納さんと飲みに来ていた。

 きっかけは、帰り際に放たれた彼女の突発的な一言。


「今から飲み行くんすけど、山本さんもどうです?」


 まさか初対面の、ましてや密かに苦手意識を抱いていた女性に飲みに誘われるとは思ってもいなかったので、俺は当然反応に困った。


 家主である絵舞には、「終わり次第すぐに帰る」と伝えてから家を出ていたので、初めこそ断るつもりでいたのだが。


「奢りますから、どうっすかね」


 ”奢る”という悪魔の囁きのような一言に、まんまと精神を支配され、あれよあれよといううちに、俺はテレビ局近くのこの居酒屋に腰を据えていた。





「やっぱりお酒は独りよりも誰かと飲むに限るっすね!」


「そう、なんすね」


「そうっすよ! 私ほぼ毎週飲みに行ってるっすけど、こんなに美味しいお酒飲んだの久々っすもん!」


 加納さんはそう言うと、手に持って離さなかったジョッキを又しても豪快に呷った。


 どくんどくんと、喉元が揺れるその間に、半分ほど残っていたはずのビールは、あっという間に彼女の胃袋へと吸い込まれて行った。


 泡も残さず綺麗にジョッキを空にした彼女は、息つく暇も無しに、意気揚々と手を挙げ近くの店員を呼んだ。


「すいませーん! 生大おかわり!」


 乾杯から、ほんの2、3分の出来事である。

 まさか中ジョッキを頼んだ俺よりも、大ジョッキを頼んだ彼女の方が先に飲み終わるとは。俺なんてまだ半分も進んでないんだが。


「山本さんも今のうち頼んじゃうすか?」


「いや俺は。まだこんなに残ってるんで」


「そんなの、一瞬っすよ一瞬」


 にんまりと微笑みながら、随分と怖いことを言ってくれる。

 酒自体が数年ぶりの俺にとって、この量の一気飲みは致死量だ。元々そこまで酒は得意な方ではないので、出来れば自分のペースで飲ませてほしい。


「帰宅後やることがあるので、まったり飲みますよ」


「それってエルマさんの編集すか。夜なのにお疲れ様っすね」


「まあ、今日の投稿分は終わらせて来たので、明日のやつですけど」


 訊きながら、加納さんは続けて届いていた煮卵を口いっぱいに頬張った。


「あふうぃとふぁあふぃんふぇすふぁ?」


「飲み込んでから話してくださいよ……」


 呆れて言えば、加納さんは慌てた様子で口をもぐつかせる。思えば、初めて絵舞と夕飯を共にした時も、同じようなことで注意した気がする。


 絵舞といいこの人といい、最近の若い女性はどうしてこうも品が無いのだ。俺のガキの頃の記憶が正しければ、小学生でさえ周りにこんなことしてる奴いなかったぞ。


「ふふぁ、結構おっきいんすね。ビビりました」


「そりゃ煮卵一口で行けばそうなるでしょ」


 確かに、と面白可笑しく肩を揺らす加納さん。

 ちょうど届いたビールで口をリセットしてから、改めて言った。


「山本さんって、休みとかないんすか?」


「動画は毎日投稿ですからね。一応毎日編集はしてます」


「へぇ〜、それは大変っすね。私なら絶対無理っす」


「まあ、それが俺に出来る唯一のことですから」


 まるで忙しいみたいな言い回しだが、動画の編集に関しては、そんなに大変な作業でもない。迷走した日以外は、大抵の動画が2、3時間で完成する。


「会社とかに勤めてるわけじゃないっすもんね」


「え、ええ。今は一応フリーでやってますけど」


 フリーって何だよ。ただの職無し居候だよ。


「じゃあ、いつでもうちに誘えるってことっすね」


「誘えるって……そんな簡単に入れる場所じゃないでしょ」


「いやいや簡単っすよ。だってこんなんでも入局出来ちゃうんすもん」


 言いながら、真顔で自分を指差す加納さん。

 エリートで堅実なイメージがあるテレビ局員の割には、随分と適当な人だなとは思っていたが、まさかあなたにその自覚がお有りだったとは。


「まあでも、勉強は出来るんすよ、私」


「勉強”は”ですか」


「なんすかー、文句があるなら訊くっすよー」


「いえ何も」


 むすっとした顔で俺を睨み、まるで呼吸するかのごとくビールを喉に流し込む。ジョッキをドンッと置いたかと思えば、今度は残っていたお通しを一気にかき込んだ。


「ひひっすふょ、あふぁひふぁえふぃほうふぁひんふぇんふぁんへ」


 この人はまた……。

 焦らなくても、飲み込んでから話せばいいものを。


 高校生の絵舞ですら、一度注意すればやらなくなったというのに。このなんちゃってテレビ局員の品性は、一体どうなっているというんだ。


 とはいえ、大人相手に二度注意するのは野暮というもの。

 俺は落ち着きなく咀嚼する彼女の顔を、細い目でじっと見据えた。


 こんなのでも入局できる。と、自虐のような発言をしていた彼女だが、適当で責任感が無さそうなその性格以外は、かなり高スペックなんじゃないかと俺は思う。


 特に彼女の容姿は、女性の良し悪しに疎い俺の目から見てもかなり上玉で、たまにテレビで目にする女性芸能人たちに引けを取らない、可愛らしい見た目をしている。


 短めでカールした茶色い髪に、お酒が好きという割には引き締まった腰回り。目鼻立ちは整っていて、目はパッチリと丸い。綺麗系というよりは可愛い系だろう。


 距離の詰め方には疑念が残るものの愛想はいい。

 その上まだ若いのだから、職場では相当男にモテているのだろうな。


「なんすか、私の顔に何か付いてるすか」


「ああいや、何でもないです」


「そうすか」


 ようやく口の中を空にした彼女は、あっけらかんと俺を見た。

 彼女がビールを呷るのにつられ、俺も何となくジョッキを握る。


「そういえば、山本さんってなんで私に敬語なんすか」


「え」


「だって、私よりも歳上っすよね? 5つも」


 5つもって。

 その年齢差を強調するような言い方はもしや嫌味か。


「全然タメ語で来てくれていいのに」


「いやいや、流石に失礼でしょそれは」


「失礼とかないっすよ。気にしませんって私」

 

 そう言うと、彼女は届いたばかりのつくね串にかぶり付く。

 はふっはふっと、熱い吐息を漏らしている姿は妙に色っぽく映った。


 また口に物を入れながら話すんじゃないか。

 そう思っていたが、今度はちゃんと口の中を空にしてから。


「むしろタメ語の方が、親近感湧いていいっすけどね」


「だからって、初対面でタメ口はちょっと」


「うちの職員はみんなタメ語っすよ」


「そりゃテレビ局の人はそうでしょうけど」


 俺はもう一本あったつくね串にかぶり付き。

 口の中をビールで流し終えてから続ける。


「俺はしばらく敬語で行かせてもらいますよ」


「そうっすか。まあ私は何でもいいっすけど」


 興味無さげに言うと、加納さんは二杯目の大ジョッキを空にした。そして先ほどよりも大きめの声で「すみませーん!」と、溌剌に店員を呼ぶ。


「おかわりいるっすよね?」


「ああ、それじゃお願いします」


 訊かれたので頷き、俺は残り少ない一杯目を空にした。


「生大一つと中一つ、あ、あとこの鶏ささみの梅ポン酢和えも」


 そろそろ別な飲み物を頼むかと思っていたのだが。

 あれほど飲んだのにまたビールを頼むのか。しかも大で。


「山本さんは何か食べたいのあるっすか?」


「俺は特に。まだたくさん残ってますし」


「了解っす。それじゃとりあえず以上で」


 とりあえず……ね。

 おそらくこの店の大ジョッキは、1リットル近くはあると思う。それだけの量のビールを二杯も飲んで平気な顔をしてるあたり、この人は相当な酒豪に違いない。






「山本さんって、彼女とかいないんすか」


「いませんね。生まれてから此の方」


「へぇ、それはちょっと意外っすね」


 その後も場の空気は、加納さんの独壇場だった。

 アルコールが徐々に回りつつあるのか、どんどん饒舌になる彼女に対し、控えめな酔い方で抑えている俺は、話についていけないこともしばしば。


「山本さん、結構イケメンなんすけどね」


「は」


 ほら、このように。

 突拍子も無いことを平気で言うことも増えてきた。


 俺のこの顔がイケメンとか。

 どんな目をしてたらそんなことが言えるのか。


「お世辞はやめてください。これまでの人生で十分現実見えてるんで」


「いやいや、お世辞とかじゃないっすよ。ガチっすガチっす」


 俺が眉を寄せると、加納さんは顔の前で手をひらひらとして否定する。


「歳の割には若く見えるし、十分イケメンだと思うんすよ私は」


「んなこと言って、酔った勢いでただご機嫌取りしてるだけでしょ」


「しないっすよそんなの。職場の上司じゃないんすから」


 その言い方だと、上司にはご機嫌取りをしているのか。

 一見アホに見えて、意外と賢い立ち回りをしてるんだなこの人。


「何と言うかこう、塩顔?」


「塩顔?」


「山本さんって塩顔だと思うんすよ」


 うんうんと頷く彼女に、一瞬何のことかと眉を顰めたが。

 そういえば前に絵舞にも、そんなことを言われたことがあった。


 確か、色白で整った顔立ちだとか。

 俺は即否定したが、この人の目にも、俺の顔はそう映ってるというのか。


「とにかく、女子ウケはよさそうっすけどね」


「女子ウケって……おっさんすよ、俺」


「おっさんに見えないって言ったじゃないすか。塩顔ってそういう特性なんすよ」


 鶏ささみを摘んで、加納さんは続ける。


「それに女子って大体が歳上好きなんすよ。歳下好きの男子にはわからないかもっすけど。だから女子から見た29歳は、全然おっさんじゃないっす」


「そう、なんですかね」


「そうっすそうっす。好きな子多いんじゃないすかね、塩顔」


 そう言って、何杯目かもわからないビールを喉に流し込む加納さん。至福を噛みしめる彼女に対し、俺の頭の中には、語呂の良い妄想ばかりが浮かんでは満ちた。


 この歳になって、すっかりと諦めてしまっていた自分の容姿を、まさかこんな若くて可愛らしい女性に褒められるなんて。


 年齢=彼女いない歴の俺からしてみれば、これ以上に本能をくすぐられる展開はない。冗談だろうという頭はあっても、酒のせいか無性に気分が高揚してしまう。


「まあなんで、もっと自信持っていいと思うっすよ」


 泡の付いた口元を、おしぼりで拭きながら言った。


「知らないっすけど」


「知らないのかよ」


 ポツリと出た一言に、俺は思わずタメ口で突っ込んだ。

 随分と持ち上げてくれるなと思っていたら、このなんちゃって局員。まさか根拠のない言葉で、俺の純情をもてあそんでいたわけじゃなかろうな。


「まあでも、私は結構好きっすけどね」


「えっ」


 続けて飛び出した予期せぬ言葉に彼女を睨むのをやめれば。

 火照った顔で俺をじっと見つめ、やがてしたり顔で言った。


「ドキッとしたっすか?」


「し、してないですよ」


「えぇ〜、絶対嘘っすよ。今ドキッとした顔してたっすもん」


 こいつ。

 人が下手に出てりゃいい気になりやがって。

 俺みたいな奴をおちょくって何が面白いんだよ。


「山本さん、意外と可愛いとこあるんすね〜」


「やめてくださいよ、可愛いとか。反吐が出ます」


 にひひと笑った加納さんは、塩辛を摘みながら続ける。


「でも、イケメンと思うのはホントっすよ?」


「はいはい。もういいですから、そういうの」


「あ、信じてないっすねー!」






 加納さんとの会話は、思いのほか盛り上がった。

 まあそれは、彼女のトーク能力が異常なほど高かったからだが。初対面とは思えないほどの安定した空気感に、俺はいつしか時間を忘れ、話に夢中になっていた。


 結局二時間ほど飲みながら話し込んだ末、飲み会はお開きとなった。


 最終的に俺はビールを二杯、対し加納さんはビールを大ジョッキで8杯という、驚異的な量の酒を胃袋に蓄え、その上最後の最後まで残ったつまみに手をつけていた。


 彼女の内臓は一体どうなっているのか。

 途中トイレに行く時も、会計で席を立った時も、酔った雰囲気は全く感じ取れなかったので、おそらくあの人は、酒に対しての完全耐性でも備えてるに違いない。


「何してんすかー、早く行くっすよー」


「先出ててください。俺軽く片付けてから行くんで」


「片付けなんて、店員さんにやってもらえばいいじゃないすか」


「まあそうなんですけど。せめて使った皿を重ねるくらいはね」


 散らかったテーブルを片していると、会計を終えて戻って来た加納さんに催促された。口をモゴモゴと動かしているその様子からして、レジで飴でも貰って来たか。


「な、何か」


「いえ、何も」


 何も無い割にはめっちゃ見てくるのは一体何だ。

 そんなに注目されると、うっかり手元が狂いそうで怖いんだが。


「そういえば。今日は本当にご馳走様です」


「ああ、全然いいっすよ。上の指示なんでお気になさらず」


「上の指示?」


 首を傾げ訊き返せば、加納さんは迷いなく頷いた。


「そうっす。お前が面倒見ろって、プロデューサーがうるさくって」


「なるほど、だから……」


 急に飲みに誘われたのは、そういう理由だったのか。

 じゃなきゃ初対面の男を呑みに誘ったりしないよな、そりゃ。


「まあでも、楽しかったんでまた行きましょう」


「え、ええ。まあ機会があれば」


 おしぼりで軽くテーブルを拭いて終いにする。

 荷物を抱え立ち上がれば、加納さんと目が合った。


「こっちから誘うんで大丈夫っすよ」


 にんまりと笑って、彼女はそう言った。

 今は酔っているからそう言えるが、果たして実際はどうなんだか。






 * * *






「おそぉぉぉぉい」


 テーブルに突っ伏しながらテレビを観ていた絵舞が、口を曲げて言った。


「一体何時だと思ってるんでるんですかぁぁ」


「いやあの……本当にすまん」


「夕飯、せっかく山本さんの好きな唐揚げにしたのにぃぃ」


「悪かったよ、本当」


 言い訳も出ない。

 加納さんとの会話にまんまと気を取られ、絵舞に連絡していないことをすっかり忘れていた。帰りの電車で思い出した時には、もうすでに手遅れだった。


「ご飯すごーく余ったんですけどぉぉ」


 絵舞が指差した先には、どんぶりに盛られたてんこ盛りのご飯が。

 その横には唐揚げが、これでもかと皿に盛られている。


「夕飯食べてくるなら言ってよねぇぇ」


「いや本当に何とお詫びしたらいいのやら」


 むぅぅ〜と、険しい顔を浮かべる絵舞。

 ファーストコンタクトからずっとこの調子だ。

 まあ全面的に俺が悪いのだから仕方ないのだが。


「まあでも、その感じだと仕事受けることにしたんだね」


「あ、ああ。条件も良かったし、せっかく頼まれたからな」


「ならよかった。断って来たらどうしようかと思っちゃった」


「流石にスーツまで買ってもらった身で断れねぇよ」


「そんなこと気にしてたんだ。山本さんらしいや」


 言うと、絵舞は上にグググっと上に伸びをした。

 あわわわ、と大きなあくびをしてるからして。

 眠いのに俺の帰りを待ってくれていたのだろうな。


「どうする? お風呂入る? それとももう寝る?」


「いや、とりあえず軽く編集しようかな」


「編集? 今日の分の動画はもう投稿したよ?」


「そうなんだが、今のうちに明日のやつやろうかなって思って」


 言いながら俺は、上着を脱いでネクタイを外した。

 しわにならないように、綺麗に整えてからハンガーに掛ける。


「絵舞は先寝てていいぞ。待たせて悪かったな」


「編集するなら起きてるよ」


「いやいいって。眠いの我慢して待っててくれたんだろ?」


「まあ、眠くはあったけど」


 俺は着替えを抱えて一人洗面所へ。

 流石に絵舞の前でパンツ姿にはなれない。


「山本さんが寝ないなら、私も寝ないよ」


「おまっ……着替え中に堂々と入ってくるなよ」


「いいじゃん。別に見ても減るもんじゃないし」

 

 家族ならまだしも、俺は赤の他人ぞ。

 おっさんのパンツ姿なんて目に毒だろうが。


「それに私の応援があった方が、山本さんのやる気も出るでしょ?」


「応援って、お前いっつもケータイいじってるだけだろ」


「あれ、そうだったっけ」


 とぼける絵舞に嘆息すれば、にひひと悪戯に笑った。


「とにかく、待ってるから」


 言い残し、居間に戻る絵舞。

 上着にガバッと身を通し、俺は彼女の後に続いた。


 よいしょとテーブルの近くに腰を下ろし、早速パソコンを開いた。するとすでに今日撮影したであろう動画の素材が、ファイルの中に収納されていた。


 それを編集ソフトに移し替え、作業を開始する。

 眠気は多少あるものの、あまり酔っ払ってはいない。

 場の空気に呑まれず、中ジョッキ2杯に抑えた俺の判断は正しかった。


「山本さんってさ」


「んー」


 横で俺の編集を見ていた絵舞から声が飛んでくる。


「編集してる時何も思わないの?」


「なんだよ、それ」


「私、結構際どい格好してるつもりなんだけど」


 何を言い出すかと思えば。

 この子はまた。


「いっつも真顔で作業してるよね」


「そりゃいちいち反応してたら疲れるだろ」


「ってことは、少しは欲情してるってこと?」


 欲情って。

 よくもまあ恥ずかしい単語をぽんぽんと。

 この子には女としてのプライドとか無いのか?


「するわけないだろ。こちとらおっさんだぞ」


「おっさんでも、男なら性欲くらいあるはずじゃん」


「例えそうでもお前は高校生だ。そんなちゃっちい身体のガキに欲情してたまるか」


 なんて口では強がったものの。

 正直に言えば、編集中の俺はほぼ毎日欲情してる。


 その度にスネをつねって何とか耐えてはいるのだが。

 こうして詰め寄られると、どう言い訳したらいいか言葉に困る。


「でも私、結構あるよ?」


「あるって何が」


 訊き返せば、絵舞はいきなり胸を張る。


「高校生にしては大きい方だと思うけど」


 自評して、胸を下から支えるように両手を置いた。

 揺すってみたり、服を引っ張ったりしているその姿は、まさに破廉恥。目の前でこんなことされて、見ないで済ませる男がいるわけがない。


 少しでも気を抜いたら、吸い寄せられてしまいそうだ。

 普段なら欲情してもすぐに切り替えられるが、やはり今日の俺は酔ってるのだろうか。目の前でユサユサと揺れ動く双丘から、どうしても目が離せなかった。


「ほら見て、谷間」


「ばっ……お前いきなり何して……!」


 やがて大解放された桃色の肌を前に、俺はようやく我に返った。

 服の上からならまだしも、襟元を開いてモノホンを見せるとか。


「もぉ〜、そんなに慌てなくてもいつも見てるじゃん」


「画面越しと実物じゃわけがちげぇんだよ!」


 満足顔でカツカツと肩を揺らす絵舞。

 肌を晒したのは向こうなのに、なぜこんなにも恥ずかしがってんだ、俺。


「やっぱり山本さんも男の子だねぇ」


「う、うっせ」


 にまにまとした面を向けられ、俺は背中を丸め編集を続けた。

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