15話 再会
「歳はおいくつなんすか?」
「今年で29ですね」
「へぇ〜、てことは私とは5歳差っすね!」
「そう、なんすね」
「ご趣味とかはあります?」
「いや、特には」
「そうっすか〜。実は私もっす」
そう言っては、カツカツと肩を揺らす局員の女性。
「一緒っすね〜」なんて可笑しそうに笑いながら、先ほど砂糖とミルクをしこたま入れていたコーヒーをグビッと煽った。
「いや〜、でもまさかあなただったなんてびっくりっすよ」
「そう、ですね。俺も驚きました」
「ほんと来た時『えぇぇ!』って感じで。思わず声だしちゃったっすもん」
開始早々止まることを知らないマシンガントークに、招かれた身である俺はタジタジになるばかり。会議室らしきこの部屋に招かれてから早20分ほど経つが、一体いつになったら本題に入ってくれるのやら。
「あ、そうそう。前にも名刺渡してるっすけど、私
そう言いながら、彼女はスーツの内ポケットを漁っている。
ごそごそと必死になって探しているのは、もしや名刺だろうか。
「あれ、おっかしいな、いつもならこの辺に入れてるんすけどね」
「名刺をくださるつもりなら結構ですよ。以前にも頂いてるので」
「そうっすか? ならそれでよろしくっす」
俺が言えば、ラッキーとでも言いたげな顔で微笑んだ。
記憶の中に根強く残っていたはずのその名前を、どうしてあの時の俺はすぐに思い出せなかったのだろう。
XXテレビからのメールが来て、動揺と興奮でテンションが振り切っていたからか。
今朝に絵舞から改めて担当の名前を訊いて、ようやくそこで勘付いた時は、ネクタイの裏表を間違えるほどに、わかりやすく動揺してしまった。
そしてテレビ局に来てみれば、案の定だ。
まさかあの時のおサボりメディアとこんな形で再会するとは。
「あの時は帰りが遅くてプロデューサーに怒られちゃって」
「へ、へぇ」
「仕事割り増しされるわ、居残り残業させられるわで大変だったんすよ」
どうでもいいことを赤裸々に語る加納という女性。
以前河原で見かけた時も思ったが、やはりこの人には色々とめんどくさい要素が詰め込まれてるようだ。
その上会話に掴み所がないので、話しにくいったらありゃしない。
「山本さんは以前から編集のお仕事されてたんすか?」
「ええ、まあ」
「YouTuberのエルマさんとはどんなご関係で?」
「た、ただの知り合いですよ」
「知り合い?」
自分語りをしていたと思ったら、今度は急に質問責めかよ。
一体この人の会話の感性はどうなってんだ。
「俺は彼女に委託されて動画を編集しているだけです」
「なるへそ! そういうことだったんすね!」
なるへそって。
昭和のじじいか。
「私はてっきり恋人同士だとおもったんすけどね」
「はい?」
耳を疑う一言に、俺は眉を顰めて彼女を見た。
「だってあんな際どい動画ばっかり投稿してるんすよ? なのに編集者が男性って、普通の女性なら少なからず抵抗あるでしょ」
確かに。
画面越しとは言え、自分の際どい姿が映った映像を俺に編集されて、絵舞は嫌じゃないのだろうか。今まで考えもしなかったが、普通に考えて恥ずかしいはずだろ。
「でもやっぱりあれなんすかね。あんな動画を堂々と全国公開してる時点で恥ずかしいとかないんすかね」
「さあ、その辺は何とも」
動画を伸ばすためにはエロが必要だ——とか何とか言ってたからして、もしかしたら絵舞には、そこいらの羞恥心が存在してないのかもしれない。
思えば家に初めてお邪魔した時も、堂々とパンツ見せられたし。
おそらくあの子は……うん。そういうところが抜けてるのだ。
そんなことを思いながら、俺は頂いたコーヒーを啜る。
すると加納さんは、思案げだった表情を一気に綻ばせた。
「とにかく、役得っすね!」
「役得?」
「だっておっぱい見放題ですよ、おっぱい見放題!」
ブッッ!! っと。
口に含んだコーヒーを吹き出しそうになったのを何とか堪える。
声高らかに何を言うのかと思えば。
一体この人はどういう思考回路してんだ?
「山本さんはエルマさんの動画を編集して、お金をもらってるわけじゃないっすか」
「え、ええ、まあ」
「てことは、合法的に彼女でもない女の子のおっぱいを眺め放題ってことっすよね⁉︎ それって男からしたら最高の仕事じゃないっすか⁉︎」
無駄にキラキラと目を輝かせながら同意を求めてくる変人局員。
『じゃないっすか⁉︎』とか、あなたのひん曲がった価値観で語られましても。俺はそんな真摯に欠ける卑猥な感情は、一度たりとも抱いたことはないのですが。
「あれだけの巨乳なら意識しちゃいますよね!」
でもまあ、ちょっとくらいは胸の谷間を見ることもありますけど。それは誓ってエロい意味ではなく、あくまでただの癖ですし。そもそもエルマの正体は女子高生なので、そんな子供相手に役得もクソもないでしょうよ。
「んなことないですよ。俺はただ頼まれるがまま編集してるだけです」
真顔で答えると、変人局員は「えぇ〜」っと不服そうな声を漏らした。
というか役得も何も、絵舞の胸は既に全国公開されてるわけで。あの子が人気YouTuberな時点で、その動画を視聴している全ての男が得してるはずだろ。
「そんなことより、早く仕事の話をしていただけませんか」
「あっ、そういえばそうっすね」
呆れた口調で言うと、変人局員はようやく真面目な顔つきに。全く手のつけられていなかった資料をパラパラとめくり始めた。
「えーっと、今回山本さんにお願いしたいのはですね」
言いながら、企画書のようなものを開いて俺に見せた。
「この番組なんですけど」
「ほう、料理番組ですか」
「実はこれ、新しくうちで始まる番組で。今回山本さんには、この番組のメインの編集をお願いしたいんすよ」
てっきり以前にチラッと話しに訊いていたホームレスの特番かとも思ったが。さらさらっと資料に目を通した感じだと、どうやら普通の料理番組っぽかった。
「前言ってたホームレスの番組はどうなったんですか」
「ああー、あれはっすね。結局ホームレスが見つからなくてボツになりました」
その代わりに企画されたのがこの番組らしいのだが、ホームレスが見つからないからといって、急に料理に焦点を当てるテレビ局の思考は、正直謎でしかない。
彼女が言うには、番組は来月からスタート予定で、枠は夕方の10分だけ。放送は毎週土曜日の週一放送を予定しているらしく、仕事の内容も話を訊いた分には、それほど大変ではなさそうだった。
「今うちの制作部が立て込んでて、人手不足なんすよね」
「だから俺みたいな一般人に頼んだと」
「そゆことっす。私がプロデューサーに提案してOKされたって感じっすね」
メールにあった通り、彼女は元々絵舞の視聴者だったようで、ある時から劇的に変化した編集に目をつけて、この人を使ったらどうかと上に持ちかけたらしい。
それでOKが出て、こうして俺が呼び出されているわけだから、局内の人手が足りていないのはどうやら本当っぽい、が。
「言っときますけど、俺の編集力なんて高が知れてますよ」
「その辺は安心してください。普段の動画っぽくやってもらえばOKなんで」
てっきり色々と指示されるものかと思っていたのだが。
この言い方だと、俺のやり方に任せてくれるということだろうか。
「実際山本さんの編集は、YouTubeの数字として結果が出てますし。あなたの技量が十分なのは、私も上も認めてますから」
急に真面目に語られて胃がキュッと引き締まる。
まともな会話ができるなら、初めからそうしてくれよ。
「それにこの番組のコンセプトには、山本さんの編集がぴったりなんすよ」
「というと?」
「ほら、最近はテレビよりもYouTubeの方が流行ってるじゃないすか。だからうちの番組でも、そういった新しい要素を何か入れようってことになったんすよ」
「なるほど、だから普段通りに編集してくれればいいと」
「そうっす。もう好き放題やっちゃってください。責任は私が取るんで」
言葉の重みの割には随分と軽い言いようだ。
だがしかし、好き放題やっていいというなら都合がいい。おまけに報酬も動画一本あたりいくら、みたいな感じらしいので、気軽に働きやすい仕事ではあると思う。
「ということで、何とかお願いできないっすかね」
今のところ断る理由は何もない。
あとは俺のやる気と、絵舞の動画との兼ね合い次第だが。
「毎日ここへ来ないとダメ、とかは特に無いんですよね」
「そうっすね。基本的に家で作業してもらっても大丈夫っす」
となると、絵舞の動画の方も問題は無さそう。
「毎週一回打ち合わせがあるんすけど、その時は局に来て欲しいっすね」
「それ以外は、特に制限も無しと」
「ですです。納期さえ守ってもらえれば何も問題ないと思うっすよ、多分」
多分って……。
最後の最後で不安の残る説明だが、内容は大方理解できた。
とりあえず俺は週に一本、10分の動画を提出すればいい。プラス打ち合わせだが、おそらくそこに関しては、番組自体が短いので大した負担にはならないはずだ。
自分の実力不足と、絵舞の動画が疎かになることを懸念していたが、この業務内容なら特に目立った不安もなく、仕事を両立できるだろう。
「わかりました。その仕事受けましょう」
「ほんとっすか! いやぁ〜、マジ助かるっす!」
頷けば、パッと表情を明るくする加納さん。
すると何やら上着の胸ポケットからケータイを取り出して。
「すぐに連絡できる状況にしたいんで、連絡先教えてもらってもいいっすかね」
返事に困るそんなことを。
やっぱり今時はみんなケータイなのか。
「あの、すみません。俺ケータイ持ってなくて」
「マジっすか、今時珍しいっすね」
「親が厳しかったもんで、はは」
どんな言い訳だよ。
と、自分で自分に突っ込みたくなる。
「それじゃ住所教えてもらってもいいすか? 何かあれば伺うんで」
「い、いやぁ……住所は……」
「何かまずい理由でもあるんすか?」
探るような視線を向けられ、俺の額には汗が。
まさか今のアパートの住所を言うわけにもいかないし。
これはどう言い訳したらいいものか。
「じ、実は最近引っ越したばかりでして。まだ住所覚えられてないんですよね」
流石に苦しいか。
俺の全力の愛そう笑いに、やがて加納さんは破顔した。
「それじゃ仕方ないっすね。また今度教えてくださいっす」
助かった……。
ほっと息を吐きそうになるのを直前で堪える。
一瞬もうダメかと思ったが。
案外勘の鈍い人のようでよかったよ、マジで。
「それじゃ、今日の打ち合わせはこれで全部なんで」
そう言うと、加納さんは目の前の資料を一つにまとめた。
それを見ながら、俺は椅子から立ち上がる。
「じゃあこれからよろしくっす」
「こちらこそ、どうぞよろしく」
あくまで平静にお辞儀し。
俺は会議室を出ようとした。
その時だった。
「山本さんって」
「ん」
名前を呼ばれ、俺は振り返る。
「山本さんって、なんか不思議っすよね」
「不思議?」
「生活感ないというか、スーツもあんまり似合ってないですし」
真剣な顔で急に何の話だ。
俺に生活感がないだって?
「もしかして、元ホームレスだったりして」
……⁉︎
「なんて、冗談っすよ冗談!」
「じょ、冗談、はは……」
クスリとも笑えない冗談に、俺の心臓は飛び出る寸前だった。
さっきは鈍臭そうな雰囲気出しておいて、急に鋭い指摘してくるとか。
「この部屋次も使うっぽいんで、忘れ物だけ気を付けてくださいっすね」
「は、はあ」
本当にこの人の思考は読めない。
そう思った初回の打ち合わせだった。
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