4話 編集
「なあ絵舞」
「んー」
「本当にあの動画に映ってたのはお前なのか」
「うん、そうだよー」
一度は食事に戻った俺だったが、あまりにも衝撃的な事実を前に、箸を進める手が全く捗らず。一度箸を置いて、何食わぬ顔でナスを食う絵舞に尋ねた。
「ひょっひょまっひぇひぇ、いまひょーこみひぇるから」
「口に物入れたまま喋るなよ……」
呆れて言うと、絵舞はゴクリと口の中の物を飲み込む。
「今証拠見せるから」
そう言っては箸を置いて、席を立つ絵舞。
部屋の隅に置かれていたビデオカメラを手にしては、俺のすぐ横へ。
「これ見てこれ見て」
言われるがまま見れば、モニターには複数の動画が。
「これが昨日の動画の素材でしょー、それでこれが一昨日の動画の素材でー」
「素材ってことは、投稿する前の状態ってことか」
「そうそう。あ、これはさっき撮った素材だねー」
次々と現れる薄着でスタイルの良い女性。見たところアングルはどれもほぼ同じで、『エルマ』という人物の動画とも完全に一致していた。
「……って、全部どエロいじゃねぇか!」
「当たり前だよー、狙ってやってるんだもん」
あまりのエロさに声を張ると、絵舞は笑って俺をあしらう。その際偶然にも胸の谷間が視界に入ったが、チラ見する程度に抑えておいた。
「これで私がエルマだって信じられる?」
「そりゃあまあ……これだけ証拠を見せられたらな」
とはいえ、これで全てに納得できたわけじゃない。
「ところで、お前はなんでこんな格好で撮影してんだよ」
「なんでって、そっちの方が人気出るし」
「だからって、わざわざ身体を張る必要はないだろ」
料理動画を作りたいのなら、料理に関係のあることだけを動画化すればいいはず。にもかかわらず絵舞の動画には、関係のないお色気要素があまりにも多過ぎた。
「もっと手元に焦点を当てた方がいいだろ、絶対」
YouTubeに詳しくないとはいえ、まあまあ的を得た意見だと思ったのだが。
「ちっちっちー。何にもわかってないなー、山本さんは」
絵舞は得意げに鼻を鳴らすと、人差し指を立てて左右に揺らした。
「ただの料理動画じゃ、今のYouTubeでは生きていけないのですよ」
一体どういうことか。
訳を訊けば、絵舞は身を乗り出して語りだす。
「YouTubeには、「あっ!」っと驚く奇抜さが必要なの」
「奇抜さだって?」
「そう!」
時代遅れの俺にとっては、どうしても馴染みのない難しい話に聞こえてしまうが、どうやら絵舞が言うに、YouTubeにはちょっとしたコツがあるらしいのだ。
「つまり、その奇抜さがお前にとっては『エロ』だと」
「そう! エッチな要素を入れれば、多少動画がつまらなくても大丈夫!」
めちゃくちゃな言い分のようで、事実絵舞の動画はかなりの視聴回数を記録しており、平均すれば、5万回再生は余裕で超えてくるほどの人気っぷりだった。
俺もいくつか動画を視聴したが、確かに動画自体には特別面白い要素はないものの、必ず含まれるお色気要素によって、男としての本能的な部分を刺激された。
各動画のコメント欄においても、絵舞が作る料理についてのコメントよりも、絵舞の身体に対しての卑猥なコメントの方が圧倒的に多かった。
その中でも群を抜いて目を引いたのは。
『今日のエルマちゃんは最高のおかずだね♡』
って、絵舞はこれを見て何も思わないのか?
こんなのが240いいねとか、最近の若者はどうかしてるぞ。
「てかこんなことして、親御さんには何も言われないのか?」
「私がYouTuberだってこと、家族には言ってないから」
つまり絵舞の親は、自分の可愛い娘が変態のおかずにされていることも知らないわけだ。
「いつぐらいから動画を投稿してるんだ?」
「ちょうど一年くらい前かな。最初はただの成り行きだったんだけどね、今はYouTubeの収入だけで生活できちゃうくらい儲かってるんだー」
「ほえぇ……それは凄いな」
その言い方的に、生活費は自分で払っているのだろうか。
いずれせよ、高校生でそれだけの収入があるのは凄い。
「そー、れー、よー、りー」
「な、何だよ急に」
いきなり距離を詰められて、俺は思わず後ずさる。
その際茶碗の上に置いていた箸が、カランという音を鳴らし床に落ちた。
「どうだった私の動画!」
「ど、動画? ああ、動画な」
「そう! 面白かった? ムラムラした?」
「ムラムラって、お前なぁ……」
恥じらいのないど直球な発言に思わずため息が出る。
が、この子が感想を欲しがってるというのはわかった。
「ハッキリ言ってもいいのかよ」
「もちろんいいよ! どんとこいだよ!」
「言っとくが、YouTubeのあれこれとか俺に言われても困るからな」
「言わない言わない! 山本さんの正直な感想が欲しいの!」
「そうか、なら遠慮なく」
俺はひとまず床に転がった箸を拾い。
持ち合わせていた躊躇いや遠慮を全て捨てた。
「端的に言えば面白みがない」
「うぐっ……」
「で、その一番の要因は内容の薄さよりも編集の未熟さだな」
「編集の未熟さ?」
「ああ。見たところ随分と簡単な編集のようだが、これは自分で編集してるのか?」
「う、うん。一応全部自分で編集してるけど」
「そうか。ならまあ仕方ないっちゃ仕方ないが、これからはもっとカットに時間をかけた方がいいな。じゃないと変なしこりが残って、視聴者を困惑させちまう」
「あーそれ、昨日の動画のコメントでも言われてたやつだ」
どうやら心当たりがあるらしい。
やはり俺以外にも、そう感じる視聴者は一定数いるみたいだ。
「あとは?」
「あとは、テロップをもうちょい凝ってもいいかもな。これだと面白みが感じられない。それと効果音だが、入れ過ぎるのは視聴者のイライラになり兼ねないから、注意が必要だぞ」
「ふんふん……」
つい熱く語ると、絵舞は興味深そうに何度も頷いていた。そして何を思ったのか、不意に立ち上がり、スタスタと慣れた足で居間を駆ける。
「山本さん、これ観て」
「ん」
やがて俺の前には一台のノートパソコンが置かれた。
何事かと思えば、そこには編集途中であろう一本の動画が。
「これ今日あげるつもりだった動画なんだけどね」
「ほう、思ったよりいい編集ソフト使ってんだな」
懐かしさに
すると、もうすっかり見慣れたアングルの動画が流れ始める。
一通り流し終えたところで、絵舞は言った。
「こんな感じなんだけど、どうかな」
「んー、そうだなぁ。思ってたよりは凝ってるみたいだけどなぁ」
何と言えばいいか。やはり動画の要所要所で、僅かな違和感を感じてしまった。だいぶ頑張ってはいるものの、編集においてはまだまだ未熟さを感じざるを得ない。
「食事シーンを付けないのには、何か理由があるのか?」
「うーん、理由っていうか何て言うか」
俺が訊くと、絵舞は少し悩んだ末に。
「私の視聴者ってさ、ほとんどが男の人だから、私の身体が目当てで動画を観に来てくれる人が圧倒的に多いんだよね」
「なるほど……だから食事シーンを設けてもあんまり意味がないと」
「そゆこと」
普通の料理動画なら、最後に食事シーンが欲しくなるところだが。どうやらYouTubeというのは、俺が想像しているよりも奥が深い世界らしい。
「まあYouTubeに関しては、絵舞の方がよっぽど詳しいだろうし、実際に結果も出してるから何も言えないが、動画の編集はもう少し見直してみてもいいかもな」
「具体的にはどの辺りを変えたらいいと思う?」
「んー、そうだなぁ」
俺は一度観た動画を、もう一度最初からに巻き戻す。
「例えばな、ここをこうして」
そして絵舞が見ている手前、俺は一から動画に手を加えていった。
幸いこの編集ソフトは、以前その手の仕事をしていた頃に、何度もお世話になったことがあるから使い方には慣れていた。
昔の記憶と感覚を頼りに、流れるように作業すること約20分。懐かしさから、まだ食事中であることを忘れて、つい編集作業に没頭してしまった。
「ま、こんなところか」
最後の仕上げをし一息吐くと。
俺の右肩から覗き込むようにして、絵舞の首が伸びてくる。
その際背中には、謎の柔らかい感触を覚えた。
「凄い! 私の編集とは全然違う!」
「そ、そうか?」
「もしかして、山本さんってプロ⁉︎」
「い、いや、別にそんなんじゃない。昔ちょっとやってたってだけだ」
「それってつまりプロってことだよね⁉︎」
過剰な評価にどう答えたらいいものか。
確かに俺は昔、某広告代理店で映像制作の仕事をしていたが、それももう二年も前の話で。今はただのホームレスなので、プロと呼ぶにはあまりにも痴がましい。
「まあ、なんだ。喜んでもらえたならよかったよ」
とはいえ、気分が良かったのには違いない。
自分のしたことで誰かが感動してくれる、誰かの役に立つことができる。それはこんなにも気持ちの良いことだったのかと、改めて実感させられた。
これで少しは家にお邪魔した恩を返せただろうか。
俺の教えた知識が、少しでも絵舞のこれからに意味を成せれば何よりだ。
「やっぱり山本さんは、ここに住むべきだよ!」
「は」
脈略もクソもない一言に、俺は感動に浸るのを辞め眉を顰めた。
背中にあった妙な感覚が消えたので振り向けば。
そこには期待と興奮に満ちた、ニッコニコの絵舞が。
「私は今日、山本さんを動画編集担当に任命します!」
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