第3話 救世主になった夢衣

「~~~♪」


 少女の可愛い鼻歌が室内を包み込む。

 夢衣は休日は本を読んで過ごすことが多い。童話や非現実的なものが好みで、暇さえあれば学校の図書室から借りてきた本を読み漁っていた。


 今読んでいるのは、ある国の王国の物語。突如として現れた魔王とその配下によって、王国は襲撃をされてしまう。王国は膨大な被害を受け、崩壊の危機が迫る。

 そんな窮地の最中、外の世界から救世主がやって来る。救世主は圧倒的な力を以て魔王軍を退け、王国を救ったのだった。そして、救世主の功績は未来永劫に渡り語り続けられることとなる………といった内容だ。


 そんなよくある架空の世界でのお話だが、空想癖のある夢衣にとってはまさにおあつらえ向きなストーリーだった。

 夢衣は空想の世界で物語に入り込み、主人公となって大冒険を繰り広げるのが好きだった。


 ある時は素敵なプリンセス。


 またある時は強く美しい女騎士。


 そしてまたある時は地球を守る正義のヒロインとして、夢衣はその世界に浸るのが日課だった。



 そんな少女らしいひとり遊びをしている夢衣だったが、ふとあることに気付く。


「あれ……?本が光ってる………?」


 いきなり光り出した絵本に戸惑う夢衣。

 これは夢?と自分の頬をつねると、キュッとした痛みが走る。


「いふぁい………。」


 夢じゃない。

 目の前の光景は現実での出来事だと思い知らされる。


 ふぃん………


「きゃっ!」


 眩い光を放つ本から掌サイズの光る玉が飛び出し、驚いて絵本を床に落とす夢衣。光る玉は夢衣の正面に移動するとパチンと弾け、本当の姿を現した。


「よ……妖精さん………!?」


 なんと、その正体は絵本の世界からやって来た小さな妖精だった。

 空想の世界が大好きな夢衣だが、まさか本物の妖精を目にすることが出来るとは思ってもいなかった。


「お願い……助けて欲しいの………。」


 静かな口調で語り出す妖精。


「今、この絵本の世界に危機が迫っています……。どうか、貴女の力を借りたいの………。」


「えぇ………!?」


 突然の展開に頭が追い付かない夢衣。

 どうやら妖精は自分に世界を救って欲しいと願っているようだった。


「あの……!わ、わたしにはちょっと荷が重いかなぁ~……って………。」


「心配いりません……何故なら貴女こそが救世主なのですから……。」


「いや、絶対違いますってば!だってわたしまだ子供だし………!」


「いいえ、間違いありません。式井戸夢衣さん……貴女は本当に救世主なのですよ………。」


「………ッ!?」


 名前を言い当てられて驚く夢衣。

 プライバシーとかはどこに行ってしまったのだろうか。


「さぁ、私と共に絵本の世界へ行きましょう……。私と手を繋げれば、絵本の中へと入ることが出来ます………」


「え!?あ、いや、その……わたしなんか行ってもホント何の役にも立ちませんし………。」


「安心して下さい……。絵本の中に入れば貴女の真の力が解放され、魔の手を退ける程の力が手に入ることでしょう……。」


「い、いや、でもわたしみたいな子供がそんな大きな力を持っても、上手に使えるかどうか………!」


「問題ありません。貴女は救世主なので、その力を上手くコントロール出来ることも可能なのです………。」


「うぅ……で、でもわたしひとりの力なんかじゃ流石に………ね………?」


「平気です、救世主の力は絶対無敵、無双状態です。だから早く行きましょう。」


「………う~………。でもやっぱり………。」


「大丈夫。私を信じて……さぁ………。」


「う~ん………。」


「さぁ、手を………。」


「ち、ちょっと待って……!ん~………。」


「ほら、早く………。」


「ん~………。」


「さ、急いで………。」


「………うぅ~………。」


「…………………………。」



 気のせいだろうか。妖精の表情が曇り始めた。項垂れ、両手をプルプルと震わせている。


「うぅ~………。」


「…………………ぇよ………。」


「………え?」



「ええ加減にせえよっつったんじゃい!この童子がぁッ!!」


「!?」


 妖精の怒鳴り声にビクンと身体を震わす夢衣。


「いつになったら納得するんじゃい!!でもでもうーうーってうっさいわボケェ!!」


「!?!?」


 突然豹変した妖精にビビりまくる夢衣。

 小さな身体からは想像も出来ない程の鬼気迫る迫力だ。

 夢衣はガタガタと震えながら、何も言えずにただひたすら固まっていた。


「普通こういう時は二つ返事で承諾するって相場が決まっとるやろがい!!ワシが何度も大丈夫大丈夫言うとんのに何で信じてくれへんねん!!天の邪鬼かお前は!!」


「ご、ごご、ごめんなさい……ッ!」


「もう遅いわッ!あー不愉快じゃ!もう知らん!なんも知らん!お前を英雄にしてあげようと思ったけどもう止めたわ!絵本の世界なんかもうどうでもええ!このワシの願いを何度も無下にした報いじゃ!猛省しろこのクソガキがぁッ!!」


「ひ、ひいぃ~………!」


 堪忍袋の緒が切れた妖精は夢衣にそう告げると、何処かに飛んでいってしまった。


 ぶちギレ妖精がいなくなり、夢衣の部屋は静寂に包まれた。


「………怒らせちゃった……グスン………。」


 涙目で呟く夢衣。

 妖精の言う通り、その場で深く反省をした。


「ごめんなさい……ごめんなさい……。妖精さん本っ当~にごめんなさい………。」


 ぶつぶつと反省の言葉を繰り返す夢衣。

 そんな夢衣の目に、光ったままの絵本が映る。


「あ……そうだ、お詫びに頑張って妖精さんのお願いを叶えなくっちゃ……。でも妖精さんいなくなっちゃったし、どうしたら入れるんだろう………?」


 すっくと立ち上がり床に落ちている絵本に近づく夢衣。

 発光を続ける絵本から何やら不思議なオーラを感じる。


「なんだろコレ……まだ絵本の世界に繋がってる……のかな?」


 つん………


 つん………


 恐る恐るページに触れる夢衣。

 だがいくら光に触れても何も起きる気配がない。


「う~ん?」


 どうにかして単独で入ることは出来ないものかと光を突っついてみるが、指はページに描かれた挿し絵にめり込むばかり。


「??……違うページからかな………。」


 そう呟きページをめくる。

 次のページは光が一段と強くなっており、より不思議なオーラを感じることが出来た。


「あ、ここかも。」


 そう言って今度は足から絵本の中に入ろうとする夢衣。


 ぐりぐり………


 ぐりぐり………


 光る挿し絵に向かって足を伸ばすが、やはり何も起こらない。


「ダメかぁ。やっぱり妖精さんと一緒じゃないと入れないのかな………。」


 困り果てる夢衣。

 試しに頭を近付けてみるも、眩しいだけでやっぱり中には入ることが出来ない。

 仕方がないので取り敢えずまた次のページをめくってみる。


「あ!」


 ページをめくると先程よりも更に光が増し出した。


「ど、どのページが一番光っているんだろ………?」


 ペラペラとめくり続けると、一番最後のページが一際強い光を放っていることが分かった。


「あ!ここかも………ってわあぁッ!?」


 その瞬間、物凄い勢いで夢衣の身体が吸い込まれ始めた。


 ヒュゴウッ!!


「わ、わあ、わああぁあッ!」


 思わずベッドにしがみつく夢衣。入るつもりだったのだが、余りの吸引力にビビってしまっていた。


 ヒュゴウッ!!


 スポン!


 スポン!


 夢衣は下半身に違和感を覚えた。

 嫌な予感がしつつも振り向くと、夢衣が履いていた短パンと下着が消えており下だけすっぽんぽんになっていた。


「ひいぃーーーッ!?」


 パニックに陥る夢衣。

 羞恥心もあるが、それよりも絵本の吸引力への恐怖心の方が勝っていた。

 次第にベッドを掴む手の力が弱くなっていく。か弱い少女である夢衣は余りにも無力だった。


 ヒュゴウッ!!


「うわあーーーッ!!」


 遂にベッドから手が離れてしまった。

 もうダメだ。

 お父さん、お母さん、今までありがとう………。

 そんなことが脳内を駆け巡ろうとした瞬間ーーー。


 ピタッ!


「ーーーあ?」


 どすんっ!



 吸引はピタリと止まり、夢衣は絵本の真上に内股で座り込んでいた。


「……………へ?」


 怒涛の急展開に呆然とする夢衣。

 きょとんとした表情で暫し絵本の上に座っていた。



 ※



 ズズウゥゥウン!!


 ズズウゥゥウン!!


「きゃあああッ!」


「うわあああッ!」


 ある平和な王国に、突如として大きな災厄が襲いかかった。

 何の前兆もなく、突然空から山のような大きさの物体が降りてきたのだ。

 その謎の物体は、かつてそこにあった筈の街を住民ごと地の奥底まで押し潰し、その姿は雲よりも遥か上まで存在していて全体像は全く分からなかった。


 王城付近の街は被害を免れていたが、住民全員が建物の崩壊や大地震に巻き込まれていた。


 王国の長である王様は、従者の妖精が外の世界から遂に救世主を連れてきたと歓喜していた。


「おお、お待ち申しておりましたぞ、我らが救世主様!どうか、魔王軍から我が国をお守りください!」


 王様は城下町や壊滅した街には目もくれず、上空を埋め尽くす物体に大声で語りかけていた。


 すると、巨大な物体はゴゴゴと音を出しながら上空へと消えていった。

 二つの巨大なクレーターを残して。



「ククク……さぁ皆の衆!憎き王国の人間共を皆殺しにしてくるのだ!」


「ウオオーーーッ!!!」


 猛々しい雄叫びが広野一帯に響き渡る。

 魔王軍の軍隊である。

 その数なんと数百万匹。対する王国軍はわずか十数万人に過ぎず、戦力の差は火を見るよりも明らかだった。


 その恐怖の軍隊が魔王の命令に従い歩みを始めようとしたまさにその時。


 ズドオオオォォオオオンッ!!!


 ズドオオオォォオオオンッ!!!


「!?!?」


 かつてない衝撃に襲われる魔王。

 身を打ちながら再び広野を確認すると、そこにはあり得ない程の大きさの人間の足が地を踏みしめていた。


 ーーー足?いや、それよりも軍隊は?


 魔王の予感は当たっていた。

 その超巨大な人間の素足は、広野を埋め尽くしていた軍勢を文字通りまとめて埋め尽くしていた。


 ゴオオォォリッ!!!


 ゴオオォォリッ!!!


 巨大な素足は再び動きだし、更に地中深くまで魔王の軍隊を運んでいった。

 魔物たちは最初のひと踏みで跡形もなく踏み潰されおり、今の踏みにじるような動きによって極限まで圧縮されていた。

 数百万匹の魔王の軍隊は全て土へと還っていった。


「………な………何が………?」


 まるで魔物に襲われた人間のような表情で上空を見つめる魔王。

 天を突くような素足は広野をクレーターに変えると、満足したように上空へと消えていった。


 魔王は城の塔の上で、一人ポツンと佇んでいた。

 一体あれは何だったのだろうか?

 この世界を統べる自分でさえ知らない、未知の存在が天高くに君臨しているのだろうか?

 いくら頭をひねっても分からない。


 ズズズ……………


「!?」


 すると、また大気を震わせながら何かが降りてきた。魔王は咄嗟にその場に伏せた………が、それは全くの無意味だった。


 ヒュゴオオオウッ !!


「~~~ッ!」


 いきなり天高くに巨大な二つの穴が現れ、城もろともその穴の中へと吸い込まれていく。魔王は何も出来ずにただ声にならない悲鳴を上げながら、巨大な深淵へ飲み込まれていった。


 こうして魔王のその配下たちは王国に攻めいることなく、ものの数分でこの世界から姿を消した。



「おお………なんと………!」


 その頃、王様は遥か向こうの大陸で繰り広げられる大虐殺に身を震わせていた。

 救世主の巨大な素足は、魔王城がある大陸から遠く離れたこの地からでも肉眼で見える程大きかったのだ。

 その余りの迫力に王様は、魔王軍の壊滅などよりも、呼び出してはいけないモノを呼び出してしまったことによる恐怖で震え上がっていた。


 救世主は自分たちを救ってくれた。それは間違いようのない事実。

 しかし、先程降ってきた巨大な物体よりも数倍も大きい二つの生足を見て、王様は気付いてしまった。


 あれは巨人だ。

 破滅を呼ぶ大巨人だ。

 予想を遥かに超える未知の存在、災厄そのものだ。

 王様は魔王を屠った救世主がこちらに戻ってくることに恐怖していた。


 ブワアアァッ!!


 急に王国に夜が訪れた。時間帯はまだ昼間であるにも関わらず。

 国民たちは星一つない暗闇の中で、夜闇が蠢いていることに気付いた。

 だが、それが途方もなく大きな布の塊だとは誰一人として気付きはしなかった。


 蠢く夜闇は移動を続け、遥か向こうへと飛んでいってしまった。そのおかげで、王国に先程と同じ晴天の空が訪れた。

 王様と国民たちは何も出来ず、ただ目の前で起きた天変地異に唖然とするしかなかった。


 ゴゴゴゴゴ……………!!!


「ひぃ!こ、今度は何なんだ!」


 世界全体の空気が唸りを上げ始める。国中の建築物が震えだし、人々は立つのさえ困難な状況になっていた。


「あ……!あれは………!?」


「い、いやぁああ!何よアレェ!?」


 国民たちが上空から何かが降りてくるのに気付いた。

 しかし、またもや巨大過ぎてアレが一体何なのかは誰にも分からなかった。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ………!!!!!


「ぎゃあああ!落ちてくるぅ!」


「いやだ、死にたくなあぁい!」


「う、うおおおお………!!」


 巨大な救世主の一部が地上へと近付いてくる。その大きさは今までの比ではなく、王国どころか世界全体を覆い尽くす程巨大なサイズである。


 アレが落ちたら世界は終わる。

 王様を含む地上の人々全員がそう直感するような大きさだった。


「あああぁあああッ!!」


 そしてソレは遂に王国の真上へと舞い降りる。

 救世主のアソコと王国がキスをしたのだ。


 ズズウウウゥゥゥウウンンッ!!!!!


 世界全体が揺れる。

 王国のあった大陸だけでなく、周囲に点在していた島も巻き込んで救世主の一部であるアソコ、即ち夢衣のあどけない女性器が全てを押し潰していった。


 当然、そこに居た住民たちは夢衣の超巨大な陰唇の下敷きになって極限まで磨り潰され、夢衣の陰部に咲く極小の花びらと化していた。


 この衝撃によって、絵本の世界の生命は全て絶滅してしまった。

 跡には粉々に砕け散った大地の成れの果てと、夢衣の秘部から染み出した広大な液体の塊だけが残されていた。



 ※



「あー、外の空気を吸ったら気ィ楽になったわ~。いや~やっぱ気分転換て大事やな~♪」


 陽気な顔でパタパタと夢衣の元へ帰って来た妖精。

 気を取り直して、もう一度夢衣に助けを乞うことにしたのだ。


「さっきはついキレて嬢ちゃん泣かしてしもうたケド、反省もしてるやろうしそろそろええ頃やろ。もっかい頼んでみるかー♪ンッ、コホン……どうか……お願いします………よし!えぇ調子や!さてさて~っと………あれ………?」


 妖精は絶句した。

 絵本の世界へと繋がる輝きが何故か消え失せており、代わりに絵本の上で夢衣が下半身剥き出しの状態で座り込んでいたのだ。


「……は?はぁ??お、お、おま、何してんねん………?」


 きょとんとしていた夢衣の顔が真っ赤に染まる。


「あっ!ち、違うんです!これは違うんです!ちょっと色々あって、そしたらこんなんなっちゃって……!ご、ごめんなさ~い!!」


「あっ!ちょい待ち!おーい!」


 夢衣は恥ずかしさの余り部屋を飛び出して行ってしまった。部屋には妖精と絵本だけが取り残された。


「い、一体何があったんや………。」


 訳が分からないまま絵本に近づく妖精。


「………え………?」


 そこには夢衣の股間の下でぐしゃぐしゃになった最後のページが開かれていた。

 しかし、そこにあった筈の平和になった王国の姿はなく、代わりに崩壊した大地が広がっていた。


「な、なんやこれ………。」


 恐る恐るページをめくると、荒廃した魔王の大陸や巨大な人差し指が街を押し潰すシーンなどの挿し絵が描かれていた。

 物語の内容は180度変わっており、救いも何もない絶望的な内容の絵本へと変貌していた。


「な、なんてことや……ま、まさかあの嬢ちゃんがコレを………!?」


 妖精は背筋が凍る思いをした。

 もし、キレた後に絵本の中へ戻って行っていたとしたら………。


「………ブルッ!怖ッ!こっわ!!」


 心から、あの時部屋の外に出ていっていて良かったと安堵する妖精。

 絵本の世界は救えなかったが、計らずも一人だけ運良く命拾いした妖精は、部屋を去った夢衣へ向けて呟いた。


「………あいつは救世主なんかやない………破壊神や………。」

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