第34話 襲撃者と希望の聖剣
「はぁあああああ!!」
ビームが完全に勢いを無くし、最後の光が消えた途端、テレーサが聖剣を構えて突撃する。
それは今朝見た時よりも力強く、明らかに速い。
さっきまで魔力をギリギリまで消耗した様子がまるで嘘のように生気に満ち溢れている。これも聖剣の加護だろうか?
「AAAAAAAAAAA‼︎」
怪物はそれを右腕で受ける。
それはまるで今朝の再現のよう。けれど、一つだけ違った点がある。
「……流石は聖剣ね」
「勿論ですとも! 如何に龍種の鎧を纏おうと、所詮は魔法で出来た紛い物! その程度の物がこの“|希望の聖剣リオール”に斬り裂けぬ道理などないのですよ!!」
まるでバターでも切るようにあっさりと、龍鱗ごと腕が切断されてしまう。
右腕はそのまま地面へと落ち、まるでトカゲの尻尾のように蠢いている。きもい。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA‼︎」
怪物が雄叫びをあげる。
それは衝撃波となり怪物を中心として広がり、周囲の空気や地面を震わせる。
「くっ」
「【聖天】」
それは私たちに手傷を負わせるほどのものではなかったけれどテレーサは警戒して距離を取る。私は服が乱れないように聖天を張ってそれを防ぐ。
私の背後にいるブライアン君は……普通に無事。できれば逃げていて欲しかったけど、そこまで求めるのは欲張りか。
「あ」「何よあれ」「うわぁ、さすが蜥蜴擬き。生命力だけは飛び抜けてますね」
その光景を前に三者三様の言葉が漏れる。
私たちが目撃したのは、怪物に起きた凄まじい異変だった。
咆哮のすぐ後、怪物がなくなった腕を掲げるとそこから先、つまり斬り裂かれ地面へ落ちた右腕がドロリとまるで氷が溶ける様子を早回しで見た時のように融解したのだ。
溶けた右腕は紅い血のような液体となり、それは吸い込まれるように怪物の元へと飛ぶ。
液体は欠損した腕に集まるとそのまま右腕の形を取り、すぐに元あった腕と変わりのない物へと変化する。
「単に斬り落としてもダメってことなの。なんて厄介な」
「ですが、いかに吸血鬼といえど体力魔力も無尽蔵ということはあるはずがありません。このまま相手を消耗させ続けたところで本体を斬ってしまえばそこまでなのです」
テレーサの愚痴に聖剣リオールがそう助言する。
「なので主様はこのまま斬り続けて、そこの神聖術が達者な聖騎士さんには援護に回るよう助言するのが良いかと思われます」
「確かにそれでも良さそうだけど、あなたが直接言ったらどうなの? 喋る剣なんてかなり珍しいけどヨシノは気にしてないみたいだし」
面倒そうなのでスルーしてるだけ、とは言わない。もっと面倒な事態の真っ最中だし。
「いえ、それは無理なのです。自分の声は主様にしか聞こえませんので、主様の会話も彼女には聞こえてないでしょう」
「そうなの?」
そうなの!? 今まさに現在進行形でめっちゃ聞こえてますけど!?
迫り来る怪物を避けつつ二人……二人?が会話をしてるけれど、何かに遮られるとかそういうなのも一切なくて、丸々聞こえているよね。……うん、間違いない。
「そも、聖剣はその持ち手の望むように力を与えることが使命なのです。そのためには持ち手と会話を交わすことによって相互理解を深めることこそが最適な手段といえます。しかし逆に言えばそれ以外の人とは会話する意味はないのです」
「……まあ理解できなくはないけど! そういうのは後でゆっくり聞かせてもらうかしら。ヨシノ! あなたは援護に徹して! 私はできる限り斬り刻んでみるから!」
「了解しました! 無茶はしないでくださいね!!」
さーて、困った事態になったぞ、まじで。側から見れば事態は好転しているように見えるけれど、私視点ではやや悪化しているのが現状だ。
聖剣のいう通り、私が援護に徹してテレーサが斬り続けていたら朝が来るまでに勝てそう。
あの聖剣。どうやら聖剣(魔法)よりも上位の光魔法と同様の効果を持つようで、龍鱗も吐き出された火炎弾もあっさり斬り裂いている。
すぐさま再生する腕と魔法への対応で懐まで潜れてはいないけど、あの剣で吸血鬼本体の心臓を貫けば、普通に死ぬ。
そうなってしまっては困る。
さっきまでのようにグダグダ時間を稼ぐ作戦はもう使えない。早いところ彼を退散させないと命がない。主に彼の。
…………よし、かなり強引だけどやれないことはなさそう。
全力を出さなくても、テレーサさんがいれば瀕死までには追い込める。そこまで追い込めばなんとか行ける……はず。少なくとも私が全力出すよりかは遥かにマシ。
「彼の者の動きを縛り給え、【
両手で杖を掲げ、石突を地面に叩きつける。
すると怪物が立っている箇所を中心として光り輝く魔法陣が姿を現し、その円内から無数の光の鎖が現れ怪物へと襲いかかる。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAaaaa!?」
怪物は鎖から逃れようと跳躍するが、それよりも速く鎖は怪物の四肢を縛りあげる。
これが光の中位魔法【聖縛】。対象を捉える光の鎖を作り出す魔法である。
「そして、落ちろ!!」
私がもう一度杖で突くと、鎖は高速で魔法陣の中へと巻き戻り始め、そのまま拘束した怪物を地面へと叩きつける。
叩きつけられた怪物は鎖から逃れようと暴れ始めるが、そう易々と解けたりはしない。…………所々にヒビ入り始めてるけどね。まじでなんなのその馬鹿力。
けどその少しだけ動きが止まればよかった。
「今です!」
「ええ、聖剣よ! 私に力を!」
「はい! 我が刀身に宿る雷よ。今此処に顕現し、眼前の敵を貫く刃となれ! 【
テレーサさんがそう叫ぶと、聖剣から白い電流が溢れ出す。青白い光に包まれ巨大化したその剣はまるで聖剣自体が小さなプラズマになったよう。
にしても雷帝剣とは、何だろう。私の知らない魔法だ。
雷の上位魔法は【
「はあああああああああ!!」
テレーサさんが剣を構えて突撃していく。
身動きの取れない怪物は、そのままだと本体ごと横に分割されて死にそう。
なので、少し手を抜くことにする。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「何!?」
剣が当たる直前、テレーサさんがいる側の鎖を一本、意図的に強度を緩める。
緩んだことに気がついたのか、それともたまたまなのかはわからないけれど、怪物が鎖を引きちぎり僅かながら身をひねる。
本来両断されるはずだった怪物は、右腹部を切断された程度に止まることとなった。
それもすぐさま再生されるが、中にいた彼にも刃が届いていたのを見逃さなかった。
おそらく見えた部位から察するに、怪物と同様に右腹部に深い傷を負ったようだ。
「AAALLLLLLLuuuuuuuu…………」
聖剣の魔法により邪悪な魔力が浄化され、さらに傷ついた本体から供給される血液が少なくなったのか、目に見えて弱ってきているようだ。
……よし、やるなら今しかない。
「聖なる光よ、輝ける陽光よ。今ここに邪悪に染まりし彼の者に浄化の光を与えたまえ【
怪物の上下左右、さらには前後に不規則に回転する魔法陣が出現する。
やがてそれらは回転を止め、全てが怪物へと向き合うと魔法陣の中心から眩い光を解き放ち始めた。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」
光が突き刺さった場所から体が溶けていく。その痛みから逃れようと怪物は両腕で体を覆うが、全方位からくる光の洪水から逃れることはできない。
次に逃げ出そうとするものの、逃げ出そうとした先にも魔法陣が出現し、怪物の行手を阻む。
これが光の上位魔法【浄滅】。浄化より遥かに強力な浄化作用を持つ大魔法である。
上位クラスの魔法をたった一体に向けて放つこの魔法は特に凶悪な魔物が出た時に聖騎士が使う魔法なのであるが、強力すぎるが故に一般人がこれを受けてしまうと死んでしまう可能性すらある。
通常では殺傷能力を持たないはずの浄化系魔法なのだが、あまりにも浄化能力が強すぎて生命すらも浄化し消し去ってしまうのだ。
正直に言えば使いたくはなかった。
こんな危ない魔法を手加減しながら撃つなんて、自転車に乗りながらダーツで的当てする以上に難しいのだから。
逆に弱すぎてしまっても意味はない。再生して襲いかかってくるに決まっているもの。そうなれば今度こそテレーサが斬り殺してしまいかねない。
だからここで決める。
聖剣で再生能力が一時的に落ちている今、相手の限界ギリギリまで追い込む。
一瞬でも気を抜けばアームレットさんは死ぬ。
なんで見知らぬ相手にここまでしなければいけないのか、とも思うけれど私は使徒。神の使徒、夜詩乃なのだ。
目の前の罪なき人を見殺しにしたとあっては、今後私は胸はって使徒の名を名乗ることはできない。
「AAAAAAAAAAAAAAAAaaaaaaa」
声が弱まっていく。
けど、まだ。まだダメ。
「AAAAAAaaaaaaaaaaaaa」
まだ、まだ早い。
「AAAAAAAAAAaaaaaぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
今だ!
明らかに気配が変わったその瞬間に、私は浄滅を解除する。
眩い光が消え去り、怪物がいたであろう場所は半球状の窪地となっていた。
その中央に、黒く焦げた何かがいるのが見える。
全身を覆っていた血液を全て消し飛ばされ、本体も重傷を負った吸血鬼、アームレットが力無くそこに倒れていた。
彼女は使徒になるようです 夜坂夜谷 @nonono-hiiragi
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