第33話 夜の襲撃者 その4
アームレットさんらしき怪物を相手に一人奮闘する私。ちょっと辛い。
とりあえず思いつく限りの魔法を叩き込んではいるが、全くもって効果が見られない。なんてタフさ。サンドバックでももう少し脆いぞ。
いっその事こと殺してしまうか、と邪悪な私が囁くけどそれは流石にやりすぎなのでなし。ていうか推定無実冤罪の人を殺すのは人道的にどうかと思う。
となればこのまま朝までずっとこの怪物の相手をすることが一番確実な方法ではある。
朝になれば吸血鬼の力は弱まり、この不可解な進化も解けるかもしれない。
じゃああとはどうやって時間を稼ぐべきか、そう思った時だった。
「………………A」
ふと、怪物が目を大きく見開き、何かに驚いているようにも見える。
急にどうした? 今のいままでただ暴れてただけなのに、何を見た?
「A、AA、AAAAAAAA!! ALLLLLBERRRRRRRRRRToooooooooooo!!」
「…………なんで?」
やや聞き取り辛い発音だったし、聞き間違いの可能性も十分ある。
だけれども、私は確かに聞いた。“
それは一瞬の油断だった。予想外の名前を出されたことで私の思考がほんの少し止まってしまったの。
しかし、怪物にとってはその一瞬で十分だった。
「OOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」
怪物が私に向けてこれでもかと言うくらいに口を開く。
その開かれた口腔内に、あり得ないほどの熱量が発生する。
光の粒子が口腔内に集まり出し、それはすぐにその口には収まり切らないほどの大きさにまで成長する。
私は、その光景に見覚えがあった。
「うそん、今時のドラゴンって
そう、SF映画のみならず、怪獣映画などでもよくみる熱射光線。つまりはビーム。
ただ予想外だったのはもう一つある。
熱量や魔力から考えて、私なら十分防げると判断していつでも聖天……では無理そうなのでその上の聖穹を発動させる準備を終える。
「──は?」
だけど、そいつは発射段階が整ったあたりで──顔を急激に横に向けたのだ。
私ではなく、別方向の何かに向けて、そのレーザーを放つ。
その先にあるのは………………なんでテレーサさんいるの?
集中してそちらを探ると、そこにはテレーサと小さい何か、あとその奥に大人の人の気配もある。ああもう! いままでこの濃い血の気配に紛れて全然気づかなかったわ!!
なるほどねー、最初から私狙いじゃなくてこの大人の方、つまりアルバートさん狙いだったのかーははははは。笑ってる場合じゃないが。ほっといたら三人とも跡形も残らんし。
まず、状況を整理しよう。
あいつ、レーザー撃った。今テレーサが聖穹を発動させた。でも不安定。防げるのは持って二十秒。
今からあいつの顎を蹴り上げて強制的にレーザーを止めさせる手もあるけど、暴発したり余計な方向にズレたら嫌だしやめよう。
ならどうする?
…………よし、いける。二十秒あれば十分いける。分じゃなくて秒だけど。
両脚部に魔力を廻す。
次に全力で地面を蹴り、生垣を破壊しつつアルバートさんの元へ移動。ここで二秒。
こちらに反応できていない彼の体を持ち上げて、ゆっくりと……ここからだと地下へは聖剣の方が近いのでそちらに移動させる。これで七秒。
最後にテレーサたちの元へ移動するのに一秒。所要時間合計十秒。
「聖なる三重の護りをここに【聖穹】」
彼女たちの前に割り込みつつ聖穹を発動させる。
……間近で見るとちょっと迫力あるから三重に掛けよ。
紅いビームを遮るように、光の壁が現出する。
ただし、今までの晴天や彼女が発動不完全な聖穹のような光の膜じゃなくて、文字通り分厚い光の壁なのだけれどね。
本来広範囲、変形自在な聖天に膨大な魔力を注ぎ込み、それを圧縮固定することによって柔軟性と引き換えに限界まで防御力を高めた光の上級魔法。それを三つ、前方に創り出す。
地上から生えるようにして現れたそれらは忽ちビームを周囲に弾き始める。
「すいません。アルバートさんを救出していたら少し遅れましたが、もう大丈夫です」
まず最初に謝罪。あいつに集中して周囲の確認を怠ったことは事実だし、彼女の疲労度を察するに限界以上の魔法を使わせてしまったのは間違い無く私の責任だから。
「まだ立つ力は残っていますか?」
「ええ、少しだけならなんとか」
「ブライアン君は?」
「だ、大丈夫です!」
「それは重畳。ではあちらの剣が突き刺さってる場所に退避を。そこにアルバートさんと地下迷宮への入り口があります」
空いている手で彼を置いてきた方を指さす。
彼なら入り口を開けられるから、早く逃げてもらおう。
…………色々聞きたいことはあるけど、話聞く前に人死が出そうだし。最優先はこれを落ち着かせることかな。
「ヨシノは大丈夫なの? あの怪物相手じゃ幾らあなただって」
「まあ、少々辛いところもありますけど、朝までは余裕で持たせられるはず。多分、おそらく、きっと」
よろよろと立ち上がったテレーサが心配そうに訪ねてくる。
それに関しては問題ないけど、正直このままだといつか手が滑って消し炭にしちゃいそう。
……いやいや、考えなおせ私。こんなところで使徒パワー使ってもなんの解決にもならないでしょ。むしろ敵の姿も見えてないのにここで切り札を見せるのはできる限り避けるべき。
それにこの事件解決のために彼から話を聞くのは必須事項。だからせめて口が聞ける範囲で無力化させないと………………ん?
「これは、何?」
妙な感覚がする。
丁度アルバートさんを置いてきたあたりから、まるで心臓のように脈打つ鼓動を感じる。
「うっ!?」
「テレーサさん!?」
同時にテレーサが片手で頭を押さえて片膝をつく。
もしかして、この鼓動に影響されてる? こんな時に面倒な。
「テレーサさん、テレーサさん? 立てますか、動けますか?」
「何、誰、なの? 私を、呼ぶのは」
駄目、私の声が全然聞こえてない。
ブライアン君は、急に様子が変わった彼女のことを心配して揺さぶってるけど、それ普通なら逆効果よ。
……あ。
今、一枚目の聖穹が破壊された。ガラスが砕け散るような破砕音と立てて、光の破片が空気に溶けていく。
私が気を抜いたせいか、それともあちらの光線の方が上だったのか、まあ多分両方だろうけどすごい威力だこと。上位魔法に中でも破壊力だけならトップクラスか。
「OOOOOOooooooooooooo」
けど、やはりそんな物が長時間続くはずがない。
一枚目を破壊したところで目に見えて勢いも光量も落ちてきた。
これなら三枚目は必要なさそう。
でもテレーサさんがこんな有様じゃ私も迂闊に動けな……んん!?
ふと、彼女に視線を戻すと彼女が剣を持ち立ち上がるところだった。
まあそれだけならばなんの不思議もない。彼女はいつも帯剣していたしね。
だけど、彼女
決まってる。聖剣だ。
石の祭壇に突き刺さっていた聖剣が、いつの間にか彼女の手に収まっているのだ。…………何で?
「さあ、契約は結ばれたました! どこか具合が悪いところはございませんか。
そんな男とも女ともつかない子共の声が聞こえる。ブライアン君の物ではない。
え、じゃあ誰の?
「ええ、むしろ不思議と力が湧き上がってくるわ。これなら私でも、力になれる!!」
テレーサがそう意気込むと、彼女の体を白いオーラみたいなものが包み込む。
これは、光属性の魔力? でも並の聖騎士がそんなことをすればすぐ魔力が尽きるはず。それに、この魔力を私は知ってる気がする。一体何処で?
「では、手始めにあの怪物めを撃ち倒してしまいましょう!!」
光り輝く聖剣の、柄にはめられた宝石が点滅するたびに子供の声がする。
…………えっと、つまりそう言うこと?
自分の主人を見つけ出した聖剣が、一人でに動き出して彼女の元へやってきて、そして今なお話しかけてるってこと? 何それ怖い、流石異世界。
「ヨシノ、もう大丈夫よ。ここからは私も参戦するわ」
そう自信満々に告げる彼女とは反対に、私は言いようもない不安を覚えていた。
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後書き
29話の聖剣の描写を少し付け加えました。
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