第32話 夜の襲撃者 その3


「AAAAAAAAAAAAAA!!」


 怪物は雄叫びをあげると、突如口内に黒い炎が溢れ出す。

 怪物が口を数度開け閉めすると、その度に直径が一メートルほどの球体状の炎が夜詩乃に向けて放たれる。

 龍種が得意とする【火炎弾】である。


「ちっ」


 小さく舌打ちをする。

 龍種の火炎弾ともなれば、鉄くらい余裕で溶かすほどに凶悪なのものには間違いない。

 本来ならば避けたいところだけれども彼女の背後にはアシュクラフト邸がある。避けたら間違いなく大惨事は免れない。

 なので彼女は自らそれに向かって走り出した。


「逆巻け、【聖飆せいひょう】!」


 夜詩乃がそう唱えると、彼女の持つ十字杖に纏わりつくように風が逆巻き始める。

 光の中位魔法【聖飆】、本来ならば旋風を放つ魔法を十字杖に纏わせる。

 それは透明な風が灰色に色づいて見えるほどに濃く、そして激しく、まるで小さな竜巻のようだった。

 夜詩乃はそれを脇に構えると、最初に間合いに入った火炎弾へと振り抜く。

 鋼をも溶かす火炎弾は横に両断され、更に逆巻く嵐により細かく吹き乱され周囲に霧散する。

 すかさず夜詩乃は持ち手を変えて反対方向に一閃、勢いをそのままに更に一回転、次に連続で持ち手を変えることで十字杖を回転させるなど、様々な杖捌きで火炎弾を切り刻みながら突き進む。


「AAAaa……」


 火炎弾では効果がないと悟った怪物は、魔力を両腕へと集中させる。

 両腕を覆う龍鱗が血管のように脈動し、溢れ出た魔力が紅黒い炎のように立ち昇る。

 ……うん、あれは無理。杖が折れそう。そう考えた夜詩乃は聖飆を解除する。


「AAAAAAAAaaaaaaaaa!!」


 怪物がその剛腕を振るう。

 夜詩乃は怪物の右腕を跳躍してかわす。地面へと叩きつけられた右腕はその拳の何十倍ものクレーターを生み出し、地震の如き振動を生み出した。


「いい加減! 静まれっての!! 【聖雷】!」


 杖を両手天に掲げ、そのまま振り下ろす。

 すると天に暗雲が立ち込めたかと思えば、まるで天を支える柱の如き巨大な雷が怪物へ降り注いだ。

 これが本来の光魔法聖雷である。


「AAAAAAAAAAAAAAAA!?」


 全身を焼かれ、苦しみ悶える怪物。

 しかし、これが効果がないことは既に怪物を打ち出した時に知っていた。


「……ああ、やっぱそういうことよね」


 焼け爛れた皮膚がまるで液体のように蠢くと、元の傷一つない体を造り始める。

 そう、今のアームレットの体を構成しているのは彼の血液だ。彼本体が無事な限り、その体は無限に再生する。おそらく一度目の聖雷が与えたはずのダメージもこうやって回復したのだろう。夜詩乃はそう推測し、確かめるために同じ魔法を使ったのだ。

 となれば話は単純、怪物を消滅させるほどの威力の魔法を使うか、吸血鬼本体を殺せば暴走は止まる。けれど、そうなってしまっては元も子もないと夜詩乃は思った。


「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

「ん〜。内部にまで電撃が届けばちょっとは弱ってくれる、とも思ったけど……まだまだ元気そうね。君」


 再生を終えた怪物が、怨みに満ちた瞳を夜詩乃へ向ける。

 どうやらまだ戦意は衰えてはいないようだ。


「…………すごい」


 一方、テレーサは、目の前で繰り広げられている攻防戦をただ呆然と見つめていた。

 一撃一撃が即死級の威力を持つ怪物と、それに立ち向かう聖騎士の夜詩乃。彼らの戦いから目を背けれずにいた。

 そして痛感する。自身の実力では、割って入ったところで邪魔にしかならない。

 夜詩乃のように上級神聖術を連発する魔力も、あの怪物のような怪力もない。辛うじて速さだけならば追いつけそうだけれども、相手の防御を貫く力はない。朝のように龍鱗を切り裂けたとしても、すぐ様再生してしまうし、見た目からして今朝のそれと同等の硬さとも思えない。

 なら自分にできることは夜詩乃が言ったように屋敷の住人を避難させることだろう。そう考え、後ろ髪を引かれる思いでその場を後にする。

 廊下に出てすぐ、何だ何だと騒ぐ使用人やザドック氏の姿を目にする。


「おお、テレーサか。この騒ぎは何じゃ? 魔物でも侵入してきたのか?」

「ええ、それもとびっきりのが。……詳しくは後で話すから、今は避難した方がいいわ」

「了解した。だがアルバートとブライアンの姿が見えんのだ。テレーサは見かけてはいないか?」

「いいえ、私はずっと部屋にいたから見ていないわ。部屋には……いなかったのよね。当然」


 問いかけようとして、まず最初に探す場所なのだから聞いてくる時点で既に探した後に違いないと考る。


「儂が部屋に入った時には二人ともおらんかった。使用人が手分けして探してはいるのだが……一体こんな時間にどこへ行ったのだ?」

「使用人が探しても見つからないような場所……まさか!?」


 バッと後ろを振り返る。

 今まさに夜詩乃が激戦を繰り広げているあの場所。そこに二人がいるとしたら?


「私、ちょっと周囲を確認してきますので、ザドックさんはそのまま避難していてください!!」

「待つんだテレーサ! 儂も──」


 ザドック氏の静止を振り切り、彼女は元いた部屋へ戻る。

 まず最初に夜詩乃たちの現状を確認すると、彼女たちはさっきよりも奥の方、かつて幼い頃ザドック氏に連れられて見たととがあるアシュクラフト家の聖剣が奉られている場所へ近づきつつあった。


「……【探知】」


 前方に探知の魔法を放つ。

 とは言っても彼女の効果範囲はアシュクラフト邸全てを探ることはできないが、一方向にだけ集中すればあの迷路内を探ることはできた。


「いた! ……けど、結構近いわね」


 迷路内に反応が四つ。

 うち二つは夜詩乃と怪物。少し離れたところに大人らしき反応、その二箇所に中心あたりに小さな反応を探知する。おそらく離れている方がアルバート、近い方がブライアンなのだろう。


「……まずは、ブライアン君からよね」


 魔力で脚部を強化し、跳ぶ。

 先の夜詩乃よりは遅いものだったが、人間が出せる速度としては十分に脅威と言える速さで目的地へ迫る。

 近づくにつれて、夜の暗さに紛れて見えなかった小さな子供姿を視認できるようになる。間違いない、ブライアンだ。


「ブライアン君!」

「テレーサお姉さん!? 一体何処から」


 空中で身を捻り、生垣を破壊しつつ彼の前に着地。

 戸惑うブライアンに近づき、傷などはないか確かめる。


「……うん、怪我とかはしてないようね。ともかく、今ここはとても危険なの。早く逃げないと危ないわ」

「でも、父さんがまだここの中にいるんです。僕、それを追ってここに」

「わかってるわ。位置も把握できてる。だから君は一人で──」


 一人で逃げるように、そう言おうとした時だった。

 今の人生で一度も感じたことがない悍ましい気配。あの怪物から発せられたと思われる怒りの感情がこちらへ向けて放たれていたのだ。

 そして次に感じたのは今までの比ではないほどに高まる魔力の気配。

 間違いなく、大技が来る。だか、彼女は避けることはできない。


(まずいわね。この子を抱いて避けたとしても、背後方面にいるアルバートさんは避けきれない。私がここで防ぐしか……)


 無理だとはわかっている。しかし、ここで彼を見捨てることはできない。

 例え復讐のために聖騎士なったのだとしても、彼女は神に仕える聖職者には違いないのだから。


「我、神の僕、テレーサ・アーネットの全魔力を持ってここに邪悪なるものを払い消し去る護りをここに! 【聖穹せいきゅう】」


 光の上級魔法【聖穹】、本来ならば彼女に扱えるレベルの神聖術ではないのだが、今回付け加えた詠唱が補助の役割を果たすことによって自分の力量を超えた魔法、神聖術の発動が可能となっているのだ。

 【補助詠唱】と呼ばれる部類の技法であるが、これには重大な欠点が存在する。

 身に余る力の行使にはそれ相応の代償が伴う。いくら補助を重ねたところでそれは変わらない。通常ならば使用後数時間の魔法の発動が不可能になる程度だが、今回全魔力を消費すると宣言した彼女は最悪死ぬまで魔力を搾り出される可能性もある。まさに命懸けの行為といよう。


「OOOOOOOOOOOOOOOOOO‼︎」


 怪物の咆哮が空気を揺らす。

 その直後、生垣を破壊しながら彼女が感じた脅威が姿を表す。

 それは巨大な紅い光一本のだった。

 途方もない熱量を秘めた紅い光が生垣を消し去り、地面を融解させながらこちらへと迫り来る。


「うっ、なんのこれしき!!」


 光線が聖穹へ接触する。

 まるで自分よりも大きな魔物が突撃してきたような感覚に、突き出した両手が酷く痺れる。

 だけれども今発動をやめてしまえば、テレーサどころかブライアン、そして背後にいるアルバートの命はない。両腕に力を込めて、必死に耐える。

 それはほんの数秒の出来事であったが、彼女にとってはまるで何時間も耐え続けていたように思えた。


「聖なる三重の護りをここに【聖穹】」


 ふっと、彼女の両腕が軽くなる。

 力が抜け、地面へへたり込むテレーサ。


「すいません。アルバートさんを救出していたら少し遅れましたが、もう大丈夫です」


 優しい声が聞こえる。

 テレーサが顔を上げると、そこには見覚えのある修道服の少女が聖杖を構えて、彼女たちを背に立ち塞がっていた。




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【設定整理も兼ねたメルダ様の解説のコーナー!!】


「はいやってきましたここの所声だけの出演でやや暇なこの私、女神メルダがお送りするわね!」

「今回解説するのは魔法、神聖術関連の設定ね。一応初登場するたびに解説入れてるんだけど、結構量が多くなってきたからこの辺りでひとまとめしようと思ってね」

「まず、魔法の種類は基本の五種類と光闇の二つね。光と闇は相互に弱点でもあり、基本の五つに対して有利を取れる関係になってるわ」

「次に魔法の強さね。人間が使用可能なレベルになると、基礎魔法、下位魔法、中位魔法、上位魔法、極位魔法の五つになるわね」

「今まで登場したものを表にするとこんな感じになるわ」


基礎 灯火

下級 浄化、探知、風弾、聖陽、黒煙

中級 聖天、聖飆、聖剣、偽装

上級 聖穹、聖炎、聖雷、聖域


「こんな感じかしら。極位魔法はこの世界でも会得している人物はほとんどいないわね。メルダ教国以外の三国に2人ずつくらい? そしてメルダ教国の神聖騎士の上位クラスが使える程度ね。それでも10人全員が使えるわけじゃないの。これが使えるのってマジで人間やめたレベルの達人だけだからね。夜詩乃だってまだ使えないの」

「ちなみに威力を兵器に例えるとね。基礎=ライター、下位=ピストル、中位=マシンガン〜ロケットランチャー、上位=ミサイル、極位魔法=核弾頭。くらいと思ってくれればいいわ」

「じゃ、私はこの辺で。次は夜詩乃視点になるかしら。バイバ〜い」

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