第30話 夜の襲撃者
時刻は夜。陽もすっかり落ちて、雲ひとつない夜空にこの世界特有の四角い月がまるでエメラルドのように淡い緑色の光を放っている。
私とテレーサの二人はザドックさんの屋敷のとある一室にて宿泊することとなった。
ただしいつものように下着姿や寝巻き姿で過ごすのではなく、窓や扉、さらには天井や床にまで結界を張り、それが突破された際の戦闘も想定していつもの武装を手元に置いておくことにした。……私の場合は聖兜があればいいので、聖杖とポーチだけをベッドの側に揃えておいてある。
しかし、流石に寝ずの番と言うのもよろしくないので、一定時間ごとに交互に寝起きを繰り返すこととなった。
「じゃあ、私が最初に見張ってるから、ヨシノは先に寝てていいわよ」
「ではお言葉に甘えて……無理はなさらないでくださいね」
まだ自分が休む時ではないから、と鎧を着たまま警戒する彼女。対して私はいつもの修道服のみ、流石に着替えてる時間はないからね。やや違和感はあるけれど、まあ仕方がない。
なんか、こういう復讐者っていうのかな。ともかくこういう人は目的のためならどんなことでもしそうなのよね。たとえ自分の身を犠牲にして持ってやつ。
今はもう相手との力量を理解してるからそこまで無茶なことはしないと思うけど、予想外の事態が発生した場合に何をしでかすかわかったもんじゃない。
「ふふ。心配してくれてありがとう。いいから早く寝なさい」
そう笑って早く寝るように促してくる。
…………大丈夫そう? ちょっと不安だけど何言っても無駄っぽいし、先に寝た方がいいかな。
白柄に頼んだ探索もまだ終わってないし、私にできることももうないよね。
「はい、ではおやすみなさい」
そう言って目を閉じる。
その途端、あちらでは考えられない早急に、私の意識は暗転した。
……………………。
躯体
身体的疲労、なし。消費魔力、回復済み。
躯体進化に足る要因……確認されず。第一形態を維持。
規定時間まで休眠
位置測定、完了。三時の方向、上空約五百メートルから急速接近中。到着まで凡そ二十秒。
緊急覚醒、完了。
「!?」
「何よ、びっくりした。交代までまだ時間はあるわよ」
どこか見覚えのある気配を感じ、私は飛び起きた。
勢いよく上体を起こしたからか、テレーサが驚いた様子でこちらへ話しかけてくるけど、そんな余裕はない。
「来ます。戦闘準備を」
「! わかったわ」
そばに置いてあった頭巾を被り、すぐ様収納していた聖甲手と聖具足を装着する。
その様子を見た彼女も同じように剣を手に取る。
ていうかなんで来るの? よりにもよって私たちが泊まった当日に。
何が目的、何の用? できる限り穏便に済ませたいけれど、多分無理。
「この音は何!?」
この部屋全体に、いや恐らくこの屋敷中にまるで落雷のような轟音が響き始める。
これはあいつが、アームレットが結界を無理やり突破しようとしているのだろう。
「……あ、やば」
不意に音が消えたと思われたその瞬間、結界に阻まれていた彼が再び動き出すのを感じた。
なのだけれども、途中にあった障害物のせいでその軌道は歪み、そのまま行けば執務室あたりに直撃したはずのところを、
急ぎその場から飛び退き、テレーサの側へ。
「ちょっと何急に」
「【聖天】」
申し訳ないけれど、騒ぐ彼女を無視して私と彼女を覆うように聖天を張る。
一応私とテレーサで結界を張ってあるのはわかってるんだけど、なんか嫌な感じがする。
聖天を使ったその直後、部屋の結界が壁ごと突破され、室内に土煙が充満する。
「…………ああなるほど、そう言えば当然なのですが、
吸血鬼は日に当たると死ぬ。私たちの世界では有名な弱点だけれども、それは後世でつけられた創作でもある。だからともいう訳ではないし、そもそもこちらの吸血鬼は人体実験の産物な訳なのだけれども、ある種の似たような弱点が付与されている。
彼らは日の当たる場所において全力を出すことができないのだ。
悍ましい実験の果てに生まれたからかそれとも何か邪な存在と融合したからなのか、はっきりとした理由は定かではないけれど、彼らは日光が当たる場所に来ると目に見えて力が弱くなる特性を持つ。
昼間彼が逃げに徹したのは無益な争いを避けたかっただけではなく、そもそも弱っていたから。
その身に纏う血の気配こそ変わらないものの、溢れ出る魔力の量が段違いに増えている。
これが彼の、吸血鬼アームレットとしての本来の実力、ということなのだろう。
「AAAAAAAAAAaaaaaaaaaaa!!」
彼が叫ぶ。その咆哮は土煙を吹き飛ばし、彼の悍ましい姿を露わにする。
どす黒い血の鱗で覆われた体、まるでトカゲかイグアナのような爬虫類じみたその頭と腕、背中からは朝に見た漆黒の翼を生やす異形の怪物がそこにいた。
…………いや何これ怖、なんでちょっと目を話した隙に奇怪な進化を遂げてるのあなた。
「何よこいつ。あの男じゃないの!?」
「いえ、間違いなくこの怪物がアームレットさんでまちがいないでしょう。気配が同じですし、何よりも龍鱗と翼の形状が同じです」
もしかしたら人違いかもしれない、と淡い希望を抱いてそいつを観察していて気づいたけれど、頭と胴体は変貌していたものの、腕と翼だけ見れば今朝見たものと同じ物ということがはっきりとわかった。
つまりこのリザードマンもどきはあの吸血鬼さんということになる。…………なんで?
なんか知らないけど、とりあえず迎撃準備とばかりに空いた手に聖針を握る。
その時怪物がまるで眼球全体が真っ赤に染まっていると思えるほどに血走った瞳をこちらに向ける。
あ、これまずい。超まずい。
その瞳から伝わってくるのは、怒り悲しみ憎悪などの負の感情。今朝に見た静かで冷静そうだった彼の面影はどこにもない。
…………何が言いたいかと言えば、この人今、暴走状態にあるってこと。
これが例の発作のかは知らないけれど、今のこの人に手加減できるほどの理性は残っていない。
あるのは負の感情に任せて暴れ回る本能のみ。少しでも対応を誤れば、私はともかくテレーサは確実に死ぬ。
「……あー、もう一つ付け加えさせてもらうのならば、ここから先、あいつから一才目を離してはいけません。瞬きも出来る限り抑えてください」
あいつから目を離さずに、テレーサに忠告する。
多分ここから先は会話もまともにできないだろうから。
「…………もし、目を離したり、見失ったりしたら?」
彼女がそう聞いてくる。
深刻そうなその声色から、どうなるかわかってはいるのだろうけれど、あえて私から聞きたいのだろう。
「その時は死を覚悟してください。運が良ければ瀕死で済むかもしれません」
一応は希望を持たせるような言い方にしてみたものの、安心できる要素はかけらもない。それほどにあの怪物と彼女との力量がかけ離れているということなのだ。
「ああもう。本当に面倒なことになりましたね」
聖天を解き。聖針に浄化魔法を込める。
テレーサも自身の剣に聖剣を施す。
私たち二人の準備が整ったその瞬間、
その腕が赤く光り輝いたかと思ったその瞬間、私たちに向けてそれを振り下ろす。
すると、振り下ろされた剛腕の軌跡をなぞる様に弧を描き、赤い血液のような刃がこちらへ向けて放たれたのであった。
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